第22話 藤倉家の奥様からおもてなしをされる①

 リンデンの収穫もだいぶ進み、薬の在庫が減るのもずいぶん緩やかになった頃。


 藤倉家当主の奥様──春之信さんのお母様に、私はお茶へと招待された。エミリーもぜひといわれ、ドワイト商館長と女性の通訳も伴って藤倉家を訪ねた。

 久々の藤倉家は変わらずに賑やかで、庭木が青々と茂って美しい花々で彩られていた。


 私とエミリー、それに通訳の女性はドワイト商館長と別の部屋に通された。そこで待ち構えていた女性たちの中で、ひときわ気品を漂わせる女性が私たちに微笑んだ。

 ロゼリア様とは違うけど、何か通じるものを感じる。きっと彼女が、春之信さんのお母様だろうとすぐに察しがついた。


「お初にお目にかかります、薬師様。春之信の母、銀と申します」

「初めまして、マグノリア・プレンティスです。この子は私の手伝いをしてくれているエミリーです」

「いつも春之信がお世話になっております。とても美味しいお茶をいただいたと聞きました」


 たおやかに微笑むお銀様は、さあこちらにと私を手招く。その先に進むと、襖が静かに開けられた。

 目に飛び込んできたのは、何とも美しい装束だった。白地の生地に艶やかな牡丹が刺繍されている。蝶や文様の彩りがまた艶やかで、一つの美術品のようだった。


「あの、これはいったい……」


 不思議に思い尋ねると、一人の女性が前に出て頭を下げた。


「はじめまして。高羽弥吉の家内、菊にございます」

「え? 高羽弥吉……って、あの、軟膏を買いに来た?」

「その節は、大変お世話になりました。高羽から、薬師様が振袖に興味をもっているとお聞きしまして、お銀様にご相談したところ、こうしてご挨拶をさせて頂く場を設けて頂ける運びとなりました」

「春之信も世話になっているようですし、ここはぜひ、心ゆくまで振袖を楽しんでもらおうと思いましてね。お着替えを手伝わせていただきます」


 にこにこと笑うお銀様は、さあさあといって私を手招く。

 どうしたらいいのか分からず、通訳の女性に視線を送ると、二人の話を要約してくれた。つまり、私が振袖に興味があと知ったから、ぜひ着てほしいということらしい。


 いや、確かに見てみたいとはいったけど、着たいと言った覚えはないんですけど。

 着飾るのは苦手だし、お断りしたい。だけど、横で話を聞いていたエミリーは黄色い声をあげてはしゃぎ始めてしまった。着方を学びたいとまで言い出しているわ。


 私が愛想笑いで必死に言葉を探していると、お菊さんが始めさせていただきますねと言って、近づいてきた。そうして、エミリーまで当然のように私のシャツに手を伸ばす。手伝う気満々だわ。


 どうしてこうなったの!?──気付けば叫ばずにはいられない状況に追いやられ、私は精一杯口角を引き上げた。

 結局、私は微動だにすることを許されず、豪勢な花柄の衣装に身を包むことになった。


「マグノリア様は、何でもお似合いになりますね!」

「えぇ、本当に。私も今日、ご一緒できて本当に良かったですわ」


 私の横でキラキラと目を輝かせるのはエミリーと通訳の女性だ。うんうんと頷き合う二人に反して私は、解放してと心で叫びながらも、声一つ上げることが出来ずにいた。


 きゅうきゅうに締め上げられた胸元あたりに触れ、深く息を吸う。

 あぁ、恒和の女性はなんて辛抱強いのかしら。こんなに胸を締め付けて歩いているなんて、信じられないわ。


 コルセットほど締め付けられてはいないけど、日頃、身軽な格好をしている私にとって、このだってなかなかの拷問だ。苦しくて笑顔を維持するのも忘れてしまいそうだ。


「私が若い頃に着ていた振袖ですが、丈があってようございました」


 満足そうに微笑むお銀様は、お菊さんと頷き合っている。

 そんなお二人の着物もまた上品だった。お銀様は夏の山を思わせる深い緑の着物だし、お菊さんはシックな鳶色の小袖姿だ。それぞれ着ている打掛と呼ばれる上着のような着物も、華やかではないけど小花や蔦の柄で、大人の色香を感じさせてくれる。落ち着いた風合いが、二人の美しさを引き立たせている。


 やっぱり見る分には、ため息が出るほど素敵な衣装だし、恒和の女性は本当に美しいわ。でも、こんなに苦しい衣装だったとは思いもしなかった。


「恒和の女性は、こんなに苦しい格好をしているのですか? 眺めるにはとても綺麗な衣装ですが、これでは仕事になりません」


 通訳を介して尋ねると、お菊さんは目を丸くした。


「薬師様は、本当に仕事熱心だこと。振袖は若い娘が着飾るためのものでしてね。少しでも殿方によく見てもらおうとするためのものですから、これで働いたりはしませんよ」

「夜会のドレスと一緒ということですか。……私は遠慮願います」

「あら。弥吉さんから、薬師様が振袖を着たがってると聞いたのですが、お気に召しませんでしたか?」


 思わず苦笑を見せてしまった私に、お菊さんは残念そうな顔をした。慌てていいえと答えた私は、通訳に視線を送った。


「恒和の衣装にはとても興味があったんです! でも、着なれないので……」

「マグノリア様は、日頃からドレスも嫌がるくらい、地味なのが好きなんですよ。こんなにお似合いなのに、もったいないですよね」

「……エミリー」


 あながち間違ってはいないけど、それって、ちょっと酷い言い草じゃないかしら。

 少しだけ傷ついて眉をひそめると、通訳の人が可笑しそうに笑いを堪えながら、感謝はしているけど、着なれないため戸惑っているだけだと、やんわり伝えてくれた。さらに、エミリーの喜びようまで伝えたことで、お銀様とお菊さんはほっと安堵したようだった。

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