第21話 親愛なるマグノリア、彼に気を付けて
『マグノリア、恒和国の生活はどうですか。貴女が私に恒和国やストックリーのことを語ってくれていた日々を、懐かしく思い出します。エウロパでは女が学ぶことをよく思わない男たちが多く、辛い思いをしたこともあったでしょう。そんな貴女が伸び伸びと生きていける場所を見つけたこと、心から喜んでいます。海を隔てた恒和国であったとしても、私は今までと同じように応援しますよ。』
優しい夫人の文字を追うごとに、目頭が熱くなる。
『そちらでは素敵な殿方と出逢えたのかしら。ロマンスの報告も楽しみにしていますからね。それと、エミリーは貴女に憧れています。どうか、こちらに送り返すことなどせず、側に仕えさせてやって下さい。』
紅茶を飲みながら微笑んでいるだろう夫人の姿を思い浮かべ、私は釣られるように笑う。
春之信さんとの出逢いはロマンスと程遠いけど、私にとっては大切な出逢いだ。それをお返事に書いたら喜んでくださるかしら。
思いを巡らせながら、私は顔をあげてエミリーに視線を送った。
「エミリーのことも心配してくださってるわよ。私の側で頑張りなさいって」
「本当ですか!?」
「一緒に、お手紙を出しましょう」
再び便箋を捲って読み進めたけど、しばらく続いた楽しい気分が一瞬にして凪ぎ、まるで冷や水を浴びたように体が震えた。
『ところで、貴女に求婚をしてきたヘドリック・スタンリーですが、こちらで少々動きがありました。ヘドリックは若い娘を軟禁し、手荒いことをしていたことが発覚しました。娘たちは解放され、ランドルフ家で預かることになりましたが、こちらは大騒ぎです。』
手荒いこととはどの程度を言っているのだろうか。想像するも恐ろしい内容に、息がつまった。
「マグノリア様?」
心配そうなエミリーの声にこたえる余裕もなく、私は手紙を読み進める。
貫通は極刑だ。ヘドリック・スタンリーはまだ未婚ではあったけれど、私に求婚しておきながら数多くの女性を囲っていた事実が明るみになったとすれば、相応の処罰が与えられるだろう。彼はどうなったのか。
『ヘドリック・スタンリーの処遇が気になるところでしょう。結論からいいます。ヘドリックは国外追放となりました。』
その一文が、私の背筋を凍らせた。
「マグノリア様、大丈夫ですか? お顔の色が優れませんが」
「……ヘドリック・スタンリーが……国外追放されたそうよ」
「その方って、マグノリア様に求婚されてたご子息ですよね?」
「スタンリー家といえば名家じゃないか。国外追放とは穏やかじゃないな」
驚きの色を隠せないエミリーとドワイト商館長に頷きつつ、私は手紙を読み進めた。
「娘たちを軟禁して酷いことをしていたみたい……」
「それで追放とは、ずいぶんと甘い裁きだな」
「……スタンリー家が仕えるバレンティン公爵家から、救いの手がさしのばされたようです」
「公爵家が口を挟んだのか」
「スタンリー家は北の地で土地開発を担っています。そこを他の貴族に取って代わられたら、バレンティン公爵としては都合が悪かったのでしょう」
「息子を切り捨てることで家にはお咎めなしとしたか」
ランドルフ侯爵様をはじめ、多くの諸侯がスタンリー家から称号のはく奪を唱えたらしい。でも、どの家が代わりに魔獣の多く生息する北の地を治めるのかという話になったそうだ。
ランドルフ侯爵家がこれ以上、力をつけるのを良しとしないバレンティン公爵様としては、問題を起こしたとしてもスタンリー家を切り離さない方が、都合がよかったのだろう。幸いにも、ヘドリック・スタンリーは末の息子だ。
「国外追放って……どこに行ったかとか分かるんですか?」
「えっと待って、書いてあるわ……ええっ!?」
「マグノリア様?」
読み進んだ先に書かれていた事実に、手が震えた。
「……ヘドリック・スタンリーは船に乗った、と書いてあるわ」
「船? それって、まさか」
嫌な予感がしたのだろう。エミリーの唇の端がひくひくと痙攣する。
私の声も震えていた。
『気をつけて、マグノリア。ヘドリック・スタンリーは恒和国へ向かう船に乗ったそうよ。』
何度読み返しても、そこには恒和国と書かれていた。
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