第19話 贈り物の浮世絵と噛み合わない会話

 しばらく言葉のやり取りをしていると、エミリーがこっそり私の耳に「さっきの贈り物が気になります」と囁いた。


「こちらを見ても良いですか?」

「ぜひ。浮世絵なんです。女房が、美しいものを好きでない女子おなごはおらんと、強く言いましてな。喜んでもらえれば良いのですが……藤倉殿、通訳を頼めますかな?」

「高羽殿の奥方が、感謝の気持ちを伝えたいそうです。その贈り物の浮世絵になります。ぜひ、見てください」

「浮世絵……こちらの絵画のことですね」


 ではと呟きながら紐を解いて開くと、鮮やかな絵が目に飛び込んできた。その美しさに目を奪われていると、エミリーが私より先に感嘆の声を上げた。


「とても綺麗ですね! 恒和の女性でしょうか?」

 

 色鮮やかな装いに身を包む美しい女性の後ろ姿は、なんとも妖艶だ。豊かな黒髪には赤い花が飾られ、流すような視線が美しい。エウロパの写実的な絵画とは異なり、鮮やかな彩色と構図はとても印象的だ。


「マグノリア様、恒和の人も派手な衣装を着るじゃないですか!」

「それは絵の中だけよ」

「でもでも! マグノリア様だってきっと!」

「あ、あの、お気に召しませんでした、かね?」


 エミリーが興奮気味に話すのをどう受け取ったのか、弥吉さんはちらちらと伺いながら、ゆっくり尋ねてきた。さすがに、それだけゆっくり話してくれたら、彼が何を言ったか私にだって分かる。


 弥吉さんが急に縮こまる姿が可愛らしく見えてしまい、私は思わず、ぷっと噴き出して笑ってしまった。

 

「いいえ。気に入りました。ありがとうございます」


 精一杯、恒和の言葉で返せば、彼も安堵したようで胸を撫で下ろした。


「エミリーが、私にもこのような装いをした方が良いと言い出しまして。驚かせて申し訳ないです」

「ぷれんてす殿が……それは良い! 今の衣装も似合っておいでですがね。それよりも振袖の方が似合うでしょう! 藤倉殿も、そう思うであろう?」


 何の気なしに言った言葉を、春之信さんはどう伝えたのだろうか。大いに喜んだ様子の弥吉さんは、口早に何かを提案してきた。


 聞き取れない私が困惑していると、春之信さんは何とも言い難そうな顔で小さくはあと頷く。眉間にしわを寄せながら私を見てきたけど、視線が合った瞬間、顔をそむけてしまった。


 ちょっと気になるじゃない。

 私、そんなに失礼なこと言ったかしら。それとも、弥吉さんの言葉を訳すのが難しかったとか?

 微妙な間が生じ、エミリーと顔を見合わせた私は、勇気をもって春之信さんに声をかけた。


「春之信さん、何を話しているのですか? よく聞き取れなかったのですが」

「……高羽殿はエウロパの装束も良いと言われてます」

「この男装が? そうですか。ありがとうございます」


 私がひとまず礼を述べると、弥吉さんは尚のこと嬉しそうに話を続けた。


「興味があるのであれば、振袖をお持ちしましょう。せっかくですから、着られてはどうしょうか?」


 しかし、尋ね返された早口を聞き取るのは難しかった。分けも分からず春之信さんを見ると、彼もまた困った顔をしている。


「恒和の衣装に興味はあるかと、高羽殿が尋ねてますが──」

「恒和の衣装!? 私、実物を見てみたいです。マグノリア様!」

「……そうね。私も機会があれば、ぜひ。それに、弥吉さんの奥様にもお会いしたいですね」

 

 春之信さんの言葉をエミリーも聞き取れたようで、ぜひぜひと言うように、目をキラキラさせながら私に訴えてきた。

 そんな様子を好感的に受け止めたらしい弥吉さんは、嬉しそうに大きな声で話し始めた。


「ご興味がおありですか! 女房の言うように、国が違っても、女子は着飾るのが好きなのですな。では後日、着付けの用意をしましょう」

「後日、用意をするので是非にと申してますが──」

「そうですね。では、奥様の都合の良い日に」

 

 こうして、弥吉さんの奥様に衣装を見せてもらう約束を交わした。だけどこの時、会話が微妙に食い違っていたなんて、私は微塵も気付いていなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る