第18話 温室のお茶会へご招待

「薬師殿の薬が効いたと、蕎麦屋の娘が喜んでいるそうです」

「それは良かったです。また困ったら診療所に来てください」


 嬉しい報告に胸を撫で下ろし、精一杯、恒和の言葉を選んで答えると、どうやら弥吉さんにも伝わったらしい。彼は何度も、ありがとうございますと言って頭を下げた。全く、この人はとんだお人好しね。知り合いの娘のために、ここまでするんだもの。


 だけど、悪い気はしない。

 嬉しそうに何度も頷く弥吉さんの顔を見ていると、薬師の仕事をしていて良かったと思えてくる。


「高羽殿の奥方も、礼をしたいそうです」

「弥吉さんの奥様?」

「はい。これは二人からの感謝の気持ちです。受け取って下され」


 春之信さんに手を握られ、筒状の紙が押し付けられた。

 

「マグノリア様、頂いたらいいじゃないですか!」

「何を言ってるの、エミリー。そう簡単に受け取っては……」

「頂き物のお礼に、お茶のお誘いをすれば良いじゃないですか」


 にこりと笑って提案するエミリーは、すぐ側にあるガラス張りの小さな建物を指差した。そこは、私たち薬師や侍女が憩いの場としても使っている温室サンルームだ。


「……そうね。蕎麦屋の娘さんの話も聞きたいし」


 お礼を受け取らないと、弥吉さんは梃子てこでも動かなそうだし、エミリーの提案が妥当な気がした。お礼にお礼をするというのも、変な話だけどね。

 弥吉さんの贈り物を受け取った私は、二人を温室へと案内することにした。

 

 ガラス張りの温室に入ると、まず弥吉さんが大げさすぎるほど声を上げて驚きを見せた。


「たまげましたな! この東屋あずまやは硝子が張り巡らされているのですな。花もたくさんだ」

「えっと……あずま?」

「東屋は休憩場所という意味です。大陸では、パーゴラと言ったかと思います」

「なるほど。ここでは薬草を育ててますが、私たちの憩いの場でもあるんです」


 春之信さんの解説に頷き、私は温室の一角を指差した。そこには、白いテーブルセットが置かれている。


 植物には寒暖差に弱い植物や、乾燥に弱かったり、逆に、湿気に弱いものもある。そういった手のかかる植物をこの温室で育てているのだが、せっかくだから有効活用をして、仕事の合間にランチやお茶を楽しんでいる。

 風の魔法を組み込まれた温室内は一定温度に保たれ、息抜きの場には丁度良いのだ。


「なんとも粋ですな。うちの女房にも見せてやりたいもんだ」

「……にょうぼう?」

奥様ワイフのことです。高羽殿は夫婦仲が良いのです」

「奥様は、花が好きですか?」


 訪ねると、弥吉さんはなんとも優しい顔で笑った。だけど、すぐに頬を赤らめながら首筋を忙しなくこすって、ええまあと照れ臭そうに頷く。その姿を見て、歳の離れた兄を思い出した。

 私の兄はお嫁さんにベタ惚れで、暇さえあれば妹に惚気話をするような人だ。人が良くて、家族を大切にして──弥吉さんも、そうなのかもしれない。そう思うと、自然と私の頬が緩んだ。


「奥様を大切になさってるのですね」

「ええ、そりゃもう! うちの女房は恒和一の気立てよしですからね!」


 言ってる意味は分からなかったけど、多分、奥様を褒められているのだろう。

 微笑ましく思いながら、二人に席を勧めると、ちょうどエミリーがティーセットを運んできた。

 

 甘い湯気を立てるティーカップをしげしげと見る弥吉さんは恐る恐るといったように、カップの持ち手を摘まんだ。そういえば、恒和の茶器には持ち手がなかったわね。


「どうぞ、召し上がってください。ハーブティーです」

「はーぶてーと申すのですか。いやはや……異国の湯飲みは華奢ですな。割ってしまいそうだ」

「高羽殿、そう簡単に割れはしませんよ」

「……割れる? 何をお話ですか?」

「高羽殿は、使い慣れない茶器を壊してしまわないか心配なようです」

「恒和のものを用意すれば良かったですね」


 そこまで気が回らなかったことを申し訳なく思い、春之信さんを通して、私の言葉を弥吉さんに伝えた。すると、彼は慌てた素振りでなんのなんのと言って笑った。


「茶器も美しいですが、茶の香りも緑茶と違い、異国情緒を感じますな」


 ティーカップを摘まみ上げた弥吉さんは、じっくりと眺めながら、また早口で何かを伝えてくれる。

 気を遣って話しかけてくれているのだろうけど、彼の早口はどうも癖のようね。これは、春之信さんがいてくれなかったら、会話を諦めていたかもしれないわ。


 ちらりと春之信さんを見ると、彼も恐る恐るカップに口をつけた後に、ほっと安堵するように頬を緩めた。

 どうやら二人とも、ハーブティーを気に入ってくれたみたいね。


「これは、花を使われているのですかな? 可憐な香りだ」

「はい。育てた花を使っています。エミリー、二人ともハーブティーを気に入ってくれたみたいよ」

「良かったです! どうぞ、クッキーも食べてください」

「彼女が焼いたお菓子です。こちらもどうぞ」


 私の後ろで控えていたエミリーは安堵したようで、ほんの少し強張っていた頬を緩めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る