第14話 新しい「花の露」を作ることになりました
勿論、いつかは白江城下に行きたいと思っている。
白江城下の大名屋敷にストックリーが出入りしていた記録もあるし、彼が行ったという城下の書庫へも訪れてみたい。彼と同じように恒和の文化を隅々まで見て、歩けたらどんなに幸せか。
頷くだけではこの期待に満ちた感情を表せない。
大きく息を吸った私は、精一杯、恒和の言葉を発した。
「行ってみたいです!」
藤倉様が、満足そうに笑った。
「では、一つ策を授けよう」
「……策?」
「
「あちらから? あの、どういう意味でしょうか?」
「白江城下にある大名屋敷には、栄海の奥方が住まわれている。奥方がマグノリア殿に会いたいと申せば、殿も同行を許されるであろう」
なるほどと頷いてみたものの、何をしたらいいのかさっぱり思い浮かばない。
だって、その奥方様とお会いしたことがないのよ。私のことなんて知りもしないだろうし、知っていたとして異国の薬師に会う理由なんてないだろう。
大名の奥方なら、専任の医者や薬師がいるに決まってるもの。特別な理由が必要だわ。
異国の女性を理由にするのはどうか。ううん、それも弱い気がする。私以外にもエウロパの女性はいるだろうし。
どう会いたいって思わせたら良いのか。
私は随分難しい顔をしていたんだと思う。
お茶をずずっと啜った藤倉様が、ふうっと深い息を吐いた。
「白江城下の女子の間で、花の露というものが流行っていてな」
「花の露?」
「
化粧水だろうか。
恒和国では、化粧水は自宅で作ると聞いたことがある。だからこそ、お金を出してまで入手したいとなるには、それなりの付加価値が求められる。巷で売れている
私たち薬師は軟膏を塗る前に保湿液を使って肌を潤すようにと指導するし、魔力を付加した特別な保湿液を作ることもできる。商品開発も、業務の内ではあるから、特別なものを作ることも可能ではあるけど。
「異国のものが出回れば、話題になると思わぬか、ドワイト?」
「上物ができれば面白いことになりそうですな。良い商売が出来るかと」
「うむ。極上品となれば、殿に献上する機会を設けようではないか」
「え?……それって」
もしかして、私に作れってことかしら。
目をぱちくりしていると、藤倉様はしたり顔で笑った。
「どうだ、やってみるか?」
「……はいっ!」
「恒和の植物は詳しくなかろう。必要とあらば、屋敷にある書を使うといい」
「あ、ありがとうございます!」
「案内は春之信にさせる。いつでも尋ねて参れ」
藤倉様がそう告げると、春之信さんは少し頭をたれた。
この寡黙そうな人と会話が成立するのか、少し不安に思いながら「よろしくお願いします」とぎこちない恒和の言葉で声をかけてみた。すると、彼は切れ長の瞳を見開いて、こちらこそと応えてくれた。
何とか言葉は通じるようだと胸を撫で下ろしていると、藤倉様が何か思い出したようにして私を呼んだ。
「そうそう、マグノリア殿。文庫には、わしの日誌もあってな。ストックリーと旅をした頃のも残っておるだろう」
「──っ!?」
「わしの字は読みづらかろうが、よければ貸そうではないか」
「良いんですか?」
前のめりになって尋ねると、藤倉様は上機嫌によいよいと頷かれた。
「分からないことは、春之信に尋ねればよい」
こうして、私は商館での業務から離れて、大名への献上品を作ることになった。
それだけではなく、ストックリーに関わる書物が読めるなんて、なんてラッキーなのかしら。
嬉しさのあまり春之信さんの傍によってその手を握りしめ、もう一度「よろしくお願いします」というと、彼は少し引き気味になって驚いた顔をした。それから視線を握った手に落とし、微妙な間を挟むと静かに頷いた。
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