第13話 無口な彼の名は藤倉春之信
突如、藤倉様が大きな口で笑い声をあげたことで、私の思考は止められた。横を見れば、ドワイト商館長も笑いを必死に堪えている。
「……商館長、これは、どういうことですか?」
「お前が言ったのだろう。協力者が欲しいと」
「状況が理解できません」
「ドワイト、マグノリア殿に説明をしておらなかったのか?」
「その方が面白い……いや、事前に知っていたら
今、面白いって言いかけたわね。
疑いの眼差しをドワイト商館長に向けてみたけど、彼はすっとぼけて視線を逸らした。
つまり、ドワイト商館長は私と彼が以前会っているのを知っていたのに、今日、彼が顔を出すことを黙っていたのね。私を驚かせて、話題にしようだなんて、ずいぶんと子どもじみた悪戯ね。
「そう
「何ですかそれ!? 教えてくれても良いのに……よそよそしくなんてなりませんよ!」
「さて、どうだかな」
「ドワイトは昔から、そういう悪戯が好きだな。配下は苦労するの」
「えぇ、本当に!」
私に気を遣ってくれる藤倉様だけど、商館長の悪戯は気に入ったようで、ずいぶん愉快そうだ。この二人、もしかして似た者同士なのかも。
商館長に困りつつも、不思議と緊張が解けてほっと吐息が零れた。
「マグノリア殿、これは孫の春之信だ。わしの影響もあってエウロパに興味を持っている」
藤倉様は
「まだまだ話すのは難しいと言うのだが、わしから見れば、これに勇気がないだけのように思えての」
「……勇気、ですか?」
「そうだ。わしより言葉を知っておる」
「春之信殿は幼き頃より、私にも言葉を教えて欲しいと言ってましたな」
懐かしむように、ドワイト商館長は春之信さんを見て「大きくなられましたな」と頷く。そんなに長い付き合いなのね。
「そのおかげか春之信は、わしより話すのも上手い。わしらが初めて話した時は、全く会話にならなかったというに」
「時間を重ね、こうして話が出来るようになりましたな」
「うむ。だからこそ、春之信にも交友の喜びを知ってもらいたいと思うてな」
「そこで、お前の散策の供を春之信殿に頼んではどうかと、私から提案したのだ。お前は、度胸だけはあるからな。良い影響を与えるだろう」
度胸だけって、それ、褒めてませんよね。
ドワイト商館長に一言物申したくなりながら、私はぐっと口を引き結んだ。
遊ばれているような気もするんだけど、悪い話ではない。
多少とはいえ、言葉が通じる。しかも、名門と思われる武家のご子息なら、そうそう変な輩に絡まれることもなさそうだ。それに、言葉を教わるチャンスでもあるわね。
「いかがかな、マグノリア殿。孫をそなたの恒和散策の供にしていただけるかな?」
「こちらこそ、よろしくお願いします! あの……春之信さんは、私に恒和の言葉を教えてくださいますか?」
尋ねると、彼は静かに「相わかった」と返してくれた。なんだか憮然としてるけど、怒ってる訳じゃないわよね。
それっきり、私たちだけでは会話が続かず、見かねた藤倉様が小さなため息をついた。
「春之信、お前もマグノリア殿にエウロパの言葉を教わると良い。良いかな、マグノリア殿?」
「はい。お互いに学べていければ良いと思います」
「うむ。まことに賢い
藤倉様はご機嫌な様子で頷くと、ところでと話題を変えてきた。
「マグノリア殿は、ストックリーに興味をもっておると聞いたが」
「はい。ストックリーが旅をした恒和国を訪れるのが、長年の夢でした!」
「であれば、白江城下へも行ってみたいのではないか?」
突然の問いかけに、私の心臓がどきんと跳ね上がった。
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