第12話 恒和国の言葉を試すチャンス到来!?
「ストックリーをご存じなのですか!?」
「若い頃、少しだけ交流があったのだよ」
思わず前のめりになって尋ねると、藤倉様は懐かしそうに目を細めた。
「わしは五男だったおかげで、時間が大いにあったからの。少しばかりだが、こうして言葉も話せるようになった」
「はははっ、こんな無茶苦茶な会話は、我らの間でしか通用しませんけどね」
「むむっ。やはりエウロパでは通用せぬか?」
「私と藤倉様の間だけですよ。まぁ、マグノリアも多少は聞き取れているようですが」
笑い合う二人を見て、何だか違和感を感じた。
何がそう感じさせているのか、少し首を捻って二人の会話に耳を傾けてみる。そうして二人を見ていると、はたと気付いた。通訳の姿がないんだわ。
「恒和の言葉が分かるのは、交流のある商人だけですからね。ほとんどの者は恒和国をお伽噺の国だと思ってますよ」
「なんと。実存すら認められてないのか」
「それどころか、一部ではハラキリ民族は野蛮だと、真しやかに語られてますからな」
「聞き捨てならぬぞ」
「我々の文化に、切腹なる処罰はないので、衝撃が大きいのでしょうな」
「ふむ……やはり、もっと交流を進めるべきだな」
もう一つの違和感にも気づいた。
二人の会話は、エウロパと恒和国の言葉が上手いこと織り交ぜられている。そのおかげで、私もなんとなく会話が分かるんだ。でも、これって誰もが出来ることじゃないわよ。二人が長いこと交流を続けた賜物だろう。
「お互いの国で言葉を教え合えば、交流も進むでしょう。しかし通訳たちが、仕事がなくなると言って渋るんですよ」
「こちらも同じようなものだ。大陸への警戒心が強い分、余計に厄介だな」
困ったものだと言って顔を見合う二人だけど、悲壮感はない。むしろ、楽しそうだわ。
「彼女のように異文化に興味を示し、学びたいと強く思う若者がいるのは救いですな」
「うむ。マグノリア殿は、どのくらい恒和の言葉が分かる?」
「はい……先日、恒和の方と話をする機会がありましたが……藤倉様のようにゆっくり話して頂けず、聞きとるのは難しかったです」
「ふむ。やはり
「……え?」
今、藤倉様は何と言っただろうか。
聞き間違えでなければ、
言葉に違和感を感じて首を傾げた時だった。
「お
聞き覚えのある声が後ろからかかる。
振り返ると、そこには見覚えのある若い武士が立っていた。目が合ったけど、彼はにこりとも笑わずに少し頭をたれる。
彼を視線で追いながら、私は数日前を思い出した。間違いない。彼は商館で出会った二人連れの武士、その片割れだわ。
どう言葉をかけたらいいか分からず、私が相槌を打つように頭を下げると、彼は座敷に上がって藤倉様の傍に腰を下ろした。
優しい衣擦れの音が響いた。
少しくすんだ薄緑色の小袖に、袴と羽織の藍色が彼の落ち着いた雰囲気にとても合っている。
恒和国の色というのは、自然の植物にとても近い。少しくすんでいるようだけど、それがある種の味わいになるのね。藤倉様をお祖父様と呼ぶ彼の黒い瞳やその艶やかな黒髪も相まって、まるで静かな夜のように見えた。
「薬師殿。先日はお世話になりました」
耳触りの良い少し低めの声が、私に向けられた。それは恒和の言葉ではなく、エウロパの共通語だ。それもとっても綺麗な発音だわ。
彼は少し困った顔で首筋をこするけど、突然の言葉にただただ驚いた私は言葉を返せずにいた。ほどなくして、ドワイト商館長がわざとらしく咳払いをしたことで我に返った。
横を見れば、にやりと笑う商館長がいる。もしかして、この若い武士がここに来ることを知っていたのかしら。だったら、どうして教えてくれないのよ。
驚きの再会は、否応なしに私の鼓動を速めていった。耳まで熱くなってきたし、きっと頬は赤く染まっているだろう。
「伝わらないようですね。やはり、話すのは──」
「いいえ! 伝わっています!」
彼の申し訳なさそうな様子に慌てて返せば、切れ長の瞳が少し見開かれた。
だが、返事はない。そのせいで、今度は私が不安に思う番となったけど、視線を逸らした彼から「よかった」という呟きが聞こえてきた。
思わず安堵の息をついたけど、私たちの会話が続くことはなかった。
これは、私から何か話しかけた方が良いのだろうか。恒和の言葉を試すチャンスよね。ここは勇気を出して──あれ、と疑問が浮かぶ。
彼はあの日、私たちの言葉を話してなかったわよ。なのに、さっきは確かに綺麗な発音で礼を言っていた。えっ、話せたの? あの時、話してくれても良かったのに!
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