第11話 ドワイト商館長のご友人と初対面
約束の日。
ドワイト商館長の古いご友人に合うというだけで、すんなりと関外町から出るための手形が手に入った。それだけ、重鎮ということだろうか。はたまた、商館長が凄い人なのか。もしかしたら両方なのかもしれない。
外関町からほどなく離れたところに、その御仁は住んでいた。
お屋敷は周辺の建物と明らかに作りが違った。立派な門に白塗りの壁。いくら恒和の建築に疎い私だって、この屋敷に住むのが庶民でないことくらい分かる住まいだった。
中に通され、広い庭を横目にしながら板張りの床を進んだ。
なんて美しい庭だろうか。
整えられた庭園は、季節の花木がただ美しいだけではない。池まで丁寧に作られている様がなんとも贅沢だわ。
池の中央にある小島へとかかる石橋も洗練された形をしているし、水面に映る青々とした葉の美しさがとても心地よく目に映る。きっと、秋になれば葉が赤く色づく。その移り変わる姿をぜひとも見てみたい。出来れば、散策してあの橋を渡ってもみたい。
案内してくれる武士の後ろで、感嘆の息をついていると、奥の部屋に通された。
何もかもが初めてで感動が尽きない。
畳だったかしら。歩いてきたヒヤリとする板貼りの床と違い、これはカーペットがなくてもぬくもりを感じる。ほんのりと草の香りがするのも心地良いわ。この床なら直に座ることが出来るのも納得だ。
腰を下ろして横をふと見れば、そこ美しい庭園を臨むことができる。
その姿は、立って眺めるのとまた違う。四角い枠にはまっているようにも見えて、まるで絵画のようでもある。寝そべったら、また違う姿を見せてくれるのかもしれないわね。
庭や畳、初めての感覚に驚きつつ、恒和国では椅子に座る文化のない理由を、なんとなく知れた気がした。
物思いに耽っていると、深緑の着物に袴姿で黒い羽織をかける武士が現れた。見たところ、五十歳を超えたくらいのようだけど、まさか、この人がご隠居様じゃないわよね。
どなたかしらと思っていると、横に腰を下ろしていたドワイト商館長が「久しぶりですな」と言って立ち上がろうとした。私も慌ててそれに従おうとしたけど、武士はよいよいと言って向かいに腰を下ろす。
「わしとお主の仲ではないか。堅苦しい挨拶はいらぬ。楽にしてくれ」
私を見た武士は、にこりと微笑んだ。
「そちらが
もしかしなくても、二人の会話から察するに、この人がドワイト商館長のご友人のようだ。隠居されてるって商館長はいっていたと思うんだけど、そんな歳には見えないわ。──私がぽかんとしていると、横で商館長はわざとらしく咳払いをした。
「マグノリア、こちらが藤倉兼明様だ。ご挨拶を」
「は、はい! マグノリア・プレンティスです。この度は、通行手当の交付をありがとうございました」
「はははっ、手形がなければ、こうして会うのも難しいからな。会えて嬉しいぞ」
使い慣れない恒和の言葉で挨拶をすると、藤倉様は嬉しそうに言葉を返して下さった。ゆっくり話して下さるし、何とか聞き取れるわ。
言葉が通じた感動に胸を震わせていると、目の前に茶器が差し出された。
こちらでは、茶室という場所でお茶を楽しむと聞いたことがあるけど、これがそうなのかしら。
持ち手のないカップの横には、花をかたどったお菓子が添えられていた。何もかもが物珍しくて、まじまじと眺めていると、藤倉様は喉の奥で笑いを堪えて私を呼んだ。
「マグノリア殿、煎茶は初めてかな?」
「え? あの、これが……茶の湯というものかと」
「茶の湯に興味がおありだったか! 次は茶室に案内せねばならんな」
「……これは、違うのですか?」
「うむ。茶の湯は少し
「私は
「商館長……あれ、とは?」
「はははっ! マグノリア殿は何にでも興味がおありだな。まぁ、今日はこれで勘弁願おう。ゆっくり飲んでいって下され」
楽しそうに笑った藤倉様は、自分の湯飲みに口をつけてずずずっと啜った。その様子に驚ろかされ、再びぽかんと見ていれば、横で商館長もふーふーと息を吹きかけた後、ずぞぞっと啜り出したではないか。
何てことだろうか。私たちの国では、紅茶を頂くときに音を立てたら
文化の違いに目を白黒させていると、藤倉様は穏やかに話しかけてきた。
「
「予定していた薬師が体調を崩しまして。うちの船に出資をして下さってる侯爵様の紹介で決まりました」
「長い船旅で病になっては大変だ。若く健康であることは、何よりも大切な才であろう」
「ごもっとも。それに、マグノリアは研究熱心な薬師です。ストックリーにも負けないでしょうな」
「ストックリーに負けないとは、なかなか大きく出たな! これからは女子も活躍する世になるのやもしれん。マグノリア殿はその先駆者といったところか」
大口を開けて笑う藤倉様はとてもお元気そうで、隠居をされているとは思えない。後で聞いたのだけど、六十歳を迎えているらしく、すでにお孫さんが七人もいるらしい。恒和国の人たちは童顔だと聞いていたけど、本当のようね。
でもこの時は、藤倉様の若さよりも、植物学者ストックリーが話題に上がったことの方が衝撃だった。
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