第6話 通行手形が発行されないってどういうこと!?
商館での生活にだいぶ慣れてきたある日のことだ。
「どういうことですか、ドワイト商館長!」
私の金切り声が商館中に響き渡ったかもしれない。
開け放たれた窓の向こうでは、羽根を休めていた小鳥たちが一斉に飛んでいき、ついてきたエミリーはおろおろとするばかりだ。
私の前で執務机に向かうドワイト商館長は、渋い顔で「困ったな」と呟く。
「私とエミリーの通行手形が発行されないって、それじゃ、商館から出られないじゃないですか!」
「今すぐに発行できないというだけだ。交渉はしている」
「期限が分からなければ発行されないも同然ですよね!?」
困ったな、じゃないわ。大問題よ!
恒和国は交通網がしっかりと整備されている。古い時代で内戦が続き、軍事的、経済的にも整備は重要だったのだろう。要所で厳しくなった監視は、平和となった今でも続いているそうだ。そんな人の往来を取り締まる場所を関所と言うらしいけど、恒和国の外から来た私たちも、そこを通るのには身分証の提示が必要になる。それが通行手形だ。
ドワイト商館長の執務机を、バンッと両手で叩いて身を乗り出すように詰め寄る。
商館長と私は親子よりも年が離れている。つまり、こんな強気に詰め寄るのは失礼に値すると思われる。でも、この時の私は焦りで頭がいっぱいだった。だって、今すぐにでも外に出て町の様子を見たいのに。いつ商館を出られるか分からないだなんて酷い話だわ。
「通行手形がないと、仕事にならないです!」
「……分かっている」
「私は恒和で後ろ盾を手に入れないと──」
「分かっている。侯爵夫人からの手紙で仔細を承知している」
立派な髭を撫でたドワイト商館長は、執務机に一通の手紙を出した。そこには、見慣れたロゼリア様の美しい字が綴られている。
お優しいロゼリア様の微笑みを思い出し、私は鼻の奥がツンと痛くなった。
「でしたら、どうにかして下さい!」
「分かっていると言ってるだろう。話は最後まで聞け!」
「そもそも、どうして手形が必要か分かっているか?」
「身分証のようなものと認識しています」
「そうだ。私たちは恒和国と交易を重ねてきたから信用も厚い。だから、今週中には新しく迎えた商人たちへの手形が交付される手筈になっている」
「……交付されないのは、私だけってことですか?」
「あぁ、お前とエミリーだけだ」
「どうしてですか!? まさか、女だから──」
いいながら、悔しさに胸の奥が締め付けられるようだった。
どこにいっても同じなのか。
女だからという理由で、学がない、仕事なんて出来ないと思われる。子どもを産んで着飾って男の華になれば良いとさえいわれる。それが、女の仕事だと。
女としての自分を磨かず勉学に勤しむ私を嘲っていた、学園の貴族子女たちの歪んだ顔が脳裏をかすめた。
私がギリッと奥歯を鳴らすと、ドワイト商館長は静かに息を吐いた。
「この国は女性の数が少ないから、基本的には女性に対しての待遇が手厚い」
「……塀の中で安全に過ごせってことですか?」
「まぁ、そんなとこだ。どこの国も同じで、子を成す女は高く売れる。それを恒和国の政府は厳しく取り締まっている」
つまり、平和に見える恒和国でも人身売買はあって、そのターゲットとなる女性を守るためにも、女性が気安く移動できないようにしているってことね。
「私はこの国の女じゃないです」
「だが、他国の女性に何かあれば国家間での問題になる」
「薬師である前に、私は魔術師です。自分の身くらい、自分で守ります!」
「マグノリア……攻撃魔法適正マイナスだったろう?」
深々とため息をついたドワイト商館長は厳しい眼差しを向けてきた。それに思わずたじろぎ、私は口籠った。
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