第5話 侍女エミリーはマグノリアを着飾らせたい!

「せめて、もっと華やかな色のものをお召しになってください。紺は地味すぎます!」

「エミリーの服だって紺じゃない。それに、恒和国は質素倹約こそが美徳とされてるって聞いたわ。地味で良いのよ」

「ぐぬぬっ……それなら、髪を編み上げて飾りましょう!」

「飾り立てたら邪魔でしょ」

「髪を飾るのがお好きでないのも存じ上げてますが、無造作に結ぶのは、よろしくないです!」


 失礼しますといって、私の髪に触れたエミリーは結び紐を私の手から取り上げた。

 鏡の中で艶やかな赤毛がふわりと広がる。

 幼い頃から、まるで薔薇の花のようだと褒め称えられてきた赤毛だけど、私にはその価値がよく分からない。そもそも、長い髪なんて邪魔でしかないもの。


「マグノリア様、あまり引きつめて結ぶと、禿げますよ」

「それはさすがに嫌ね。結ぶのも面倒だし切ってしまいたいぐらいよ」

「駄目です! こんなに豊かで美しい髪を切るだなんて!」

「……皆そういうけど、そんなにいいものじゃないと思うけど」


 鏡に映るブラシで梳かれる姿を眺めながら、ふと幼い頃を思い出した。

 自ら髪をはさみで切り落として、母を泣かせたのは十歳の頃だったか。その時、勉学に邁進しても良いから髪を切ってはならないと叱られた。


 今思い出してもよく分からない交換条件を飲まされてからは、渋々伸ばしている。おかげで、好きな勉強を経て研究の道に進めたのだけど。


「もしも私一人になったら、この髪には困るわ」

「一生お仕えいたします!」

「エミリーはランドルフ侯爵家の侍女でしょ。国に帰ったらそういうわけには」

「でも、マグノリア様はこちらに残ろうとしているんですよね?」

「まあ、そうだけど……え?」

「一生お仕えする覚悟で参りました」

 

 白いリボンが、薔薇色の髪に編み込まれていく様子を見ながら、思わず後ろを振り返りそうになった。エミリーが静かに「動かないで下さい」というから思いとどまりつつ、私は彼女の思いを思案して黙り込む。


 だって、ここは武士の国よ。


 商館に勤める多くの者は、定められた勤務期間を終えると本国に帰ることが出来る。その大半は、帰国を心待ちにしているという。特に、エミリーのように侍女として派遣されたものは嫌々来ているケースもあるって聞いた。言葉が通じないのだから、それも仕方ない。


「……どうして?」

「お忘れですか。私の弟は、マグノリア様の薬に救われました。ですから、今度は私がマグノリア様をお助けする番です」

「助けたって。そんな大げさな」

「大げさではありません! 体の弱かった弟が外に出られるようになったのは、間違いなく、マグノリア様の薬のおかげです」

「エミリーは弟さん思いね。それならなおさら、ついて来てもらったのは申し訳ないわね」

「病弱だったのが嘘のように、今は畑を耕してますよ」


 リボンをきゅっと結んだエミリーの嬉しそうな顔が鏡に映った。本当に、弟さんが大好きなんだな。その顔を見ていると、出航の前日まで心配してくれた母や兄の顔が思い出された。


「でも、弟さんだってエミリーに会いたいんじゃない?」

「どうでしょうね。お嫁さんが来てからはすっかり姉離れしちゃいましたし」

「それと家族は違うんじゃない?」

「そうかもしれませんが……マグノリア様を助けて世界を見てくるっていったら、応援してくれたんです」


 鏡越しだったけど、揺らがない瞳と視線が合った。


「そう……ありがとう。心強いわ。でも、国が恋しくなった時はいってね。その時は、商館長に帰国の相談をするから」

「そんな必要ないですよ。さぁ、出来ましたよ!」


 さあと促され、視線を自分の髪形へと移す。

 編み込まれた白いリボンはさりげなく、ボリュームのあった髪は綺麗にまとまっている。だけど、キリキリと結んでいないからとても楽だった。これはどんなに頑張っても、自分では出来そうにもない。エミリーがいなくなったら、髪を切るしかないわね。


「私がいなくなったら、この髪を切っちゃうおつもりですよね。そんなこと、させませんからね!」

「……エミリー。これからよろしくね。ところで、その手に持っているものは何かしら?」


 仕上がったといいながら、エミリーは小さな箱を手にしている。あれは間違いなく、母が持たせたアクセサリーケースだ。仕事をするのにアクセサリーはいらないと突き返したのに、どうやら、エミリーに持たせていたようだ。


「あ……バレちゃいました?」

「リボンだけで十分よ」


 髪に宝石を飾ろうとしていたエミリーは渋々といった様子で、それをドレッサーの引き出しに戻した。

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