第4話 男装は、動きやすさ重視の仕事着です
船の上ですごした時間は約三ヵ月。
魔法で制御されて揺れも少ない高速船だったといっても、やっぱり地に足をつけ、揺れない寝床で横になるのは良いものだわ。
私たちが生活をする商館の調度品は、ありがたいことにエウロパ仕様で、慣れたベッド生活を送るに十分なものだった。畳と布団というのを体験してみたい気持ちもあるけれど、しばらくは、航海の疲れを癒したいもの。
背伸びをしながら体を起こし、ベッド横の窓へと歩み寄った。
まだ朝日が昇って早いからか、外は静かなものね。
物思いに耽った私の口から、小さな吐息がこぼれた。
恒和国で後ろ盾を得るといっても、何をしたらいいのやら。
私が身を置くことになる商館は、恒和国と国外交易を行う大きな商会の拠点だ。ここで働けるだけでも、おそらく、恒和国の人と交流を持つことが出来る。ただ、私が求めているのは武士、それもエウロパでいうところの侯爵家以上の上級クラスとの繋がりだ。
ただ働いているだけでは無理なのは一目瞭然。
窓の外、中庭に広がるハーブ畑を見ながら、ふと昨日出会ったお堅そうな役人たちを思い出した。彼らも刀を持っていたし、武士なのかしら。彼らのように、こちらの言葉も分かってくれる人と、まずは繋がりを持てたらいいのだけど。
「私の言語能力じゃ、心もとないし……」
ドワイト商館長に頼んで紹介してもらおうかと考えていた時、ドアがノックされた。どうぞと入室を促すと、メイド姿のエミリーが元気に入ってきた。
「マグノリア様、おはようございます! お着替えを手伝いに参りました」
「おはよう。今日はお休みでしょ?」
「商館のお仕事はお休みをいただきましたが、マグノリア様のお手伝いは別でございます!」
「気にしなくていいのに。自分で着替えも出来るわよ」
クローゼットに歩み寄りながら笑うと、エミリーはぷうっと頬を膨らませ、小走りで側に寄ってきた。
「その件について、申したいことがございます」
「何かしら?」
「マグノリア様……どうしてドレスをほとんどお持ちにならなかったのですか!」
涙目になったエミリーは、勢いよくクローゼットを開け放った。そこに並んでいるのは、紺や茶色のパンツとシンプルなブラウスばかり。派手なドレスは一枚もなく、深緑と臙脂色のドレスが一着ずつ下がっているだけだ。
「しかも、このように地味な色のものがたったの二着!」
「公式の場ではドレスを着ないといけないといわれたから、一応ね」
「一応ね、ではありません! せっかくの美貌が台無しではありませんか」
「美貌って……でも、男装の方が動きやすいわよ」
「そういうことではございません!」
文句をいいながらブラウスからハンガーを外したエミリーは、私の着替えを手伝い始めた。
「着飾るのは好きじゃないの」
着替えを終え、鏡の中に映しだされた自分の姿を見る。
紺のパンツに白のブラウス。それに合わせた紺のベストという格好は、まるで執事のようだと母が嘆いた姿だ。お洒落と言えるような装飾品は、首元を彩る紺のスカーフを留めているエメラルドくらいだけど、これくらいの方が仕事をするのに丁度良いのよね。当然、男受けも良くないから、邪魔もされない。
「それに、恒和国は
「ドレスを着なくていい口実ばかり並べないで下さい!」
嘆くエミリーに、私はごめんねといって笑顔で誤魔化した。
ドレッサーの前に座り、置いてあった髪の結い紐を手に取る。それを使って、さっとまとめた髪を一本に結ぼうとした時だった。
鏡に、不満そうなエミリーの顔が映り込んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます