第3話 ついにやってきた恒和国で、薬師であることを疑われる!?

 入国の手続きが終わるのを待ちながらエミリーと話をしていると、呼び出しがかかった。

 艦長室に入ると、そこには鋭い目をした武士が何人もいた。入国審査をする役人たちだろう。

 

「そなたが、まぐのりあ・ぷれんてす、か?」

 

 初めて聞く恒和国の人が発した声に、胸の奥がじんっと震えた。発音の違いはあっても、私の名前が呼ばれたことくらいは分かる。

 あぁ、なんて感動だろうか。早く、通訳を介さないで会話が出来るようになりたいものね。


 はいと返事をすれば、中央にいる役人が眉をひそめて唸った。

 私は感動で胸がいっぱいだっていうのに、どうしたことだろう。彼らとは明らかな温度差を感じる。何か、入国の手続きで問題でもあったのかしら。

 首を傾げて艦長を見ると、こちらも困った顔をしている。

 

女子おなごが来るとは聞いていない」

「出港前、予定の薬師が体調を崩しましてな。その代理です。若いですが、腕は彼を凌ぎます。マグノリア、挨拶を」

 

 恰幅かっぷくの良い我らが艦長は、口ひげを撫でながら私を呼んだ。

 

「マグノリア・プレンティスと申します」

「……若い女子が、薬など作れるのか」

「作れます!」

 

 バカにしないで欲しいわ。

 にっと口角を上げた私は、携えていた厚い本を差し出した。

 役人はそれを手にとることを一瞬、躊躇する。


 そんなに恐れなくても良いのに。ちょっと分厚いけど、表紙を開いたら武器や魔物が飛び出すなんてこともないし、いたって真面目な私の研究記録書だ。

 恒和国の人は警戒心が強いと聞いていたけど、本当のようね。

 

「そちらに記していますのは、私の研究する薬のレシピになります」

「れしぴい?」

「はい。日々研究をしております」

 

 笑顔を絶やさず、役人の顔を見ると、彼は困り顔のまま横の通訳と話し始めた。

 帳面にございますとか何とか言っているのが聞き取れるけど──うん、やっぱり早口で聞き取るのが難しい。耳が慣れるまでは、専用の通訳がいてくれないと会話もままならないかも。


 役人は難しい顔をしながら私の本を捲ろうと指で触れた。その瞬間、私の目にだけ、彼の肘がぽうっと火を灯したように明るく光って映った。


 ラッキーね。これなら、彼に私が薬師であることを証明できるじゃない。


 この本から武器や魔物は飛び出さないし、魔法を唱えるための魔導書のたぐいでもない。その代わり、触れた者の病や怪我、心身に支障をきたしている箇所が分かる仕組みになっている。魔力感知の魔法を改良した魔法道具だ。

 どうやらこのお役人は、肘のあたりを打撲しているようね。この光り方は初期処置がずさんで、後遺症が残っているタイプだわ。

 

「お役人様、左の肘を怪我されていますか?」


 私の言葉を通訳が伝えると、偉そうな役人は顔を強張らせた。うまく誤魔化したって、バレバレですよ。


「む……なぜそれを?」

「はははっ! 一流の薬師にもなれば、気付くことですよ。マグノリア、薬を差し上げなさい」

 

 艦長が機嫌よく笑ったことで、役人は訝しげに私を見たまま黙った。

 どうして分かったかは説明に困るところだから、笑い飛ばしてくれた艦長に感謝しないとね。


「この傷は残ると言われておる。今更、軟膏で治るとは思えん」

「恒和国の薬も大層効くと聞いていますが、私の薬は特別製です。朝晩、丁寧に洗ったのちに塗り込んでください。三日もすれば改善がみられると思います」

「三日!?」

 

 通訳の人が私の言葉を伝えると、役人たちがざわざわとし始めた。小声で話す彼らの言葉を聞き取るのは、さすがに難しいわね。でも「信じられない」とか「嘘だ」みたいな、疑わしい反応だっていうのは分かった。


 荷物の中から出した傷薬を差し出すと、役人は懐疑的な目を向けた。

 調べたところで、何もやましいものは出ないわよ。そもそも、ここで役人に毒を盛ったって何一つメリットはない。ってことくらい、考えれば分かるでしょうに。


 胡散臭いものと思われちゃったみたい。

 さて、どうしたものか。私の作る薬は、魔法によって素材の分解と生成をしているものだから、効能は間違いないのよ。そこに、回復魔法を物質化した薬液も混ぜているから、軽いケガや炎症は短時間で回復することも出来る。

 三日で効果が出るって言ったけど、たぶん、今夜使えば朝には違いが分かると思うわ。


 エウロパでは珍しくない魔法薬だけど、恒和国では知られていないのかもしれない。もしかして、ここには魔術師がいないのかしら。

 

 さらに検分が進み、積み荷にも不審なものがないと分かるまで半日かかったが、日乃出港ほど近くにある異邦人の町──関外町での生活が無事に始まった。

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