第2話 結婚したら幸せになれない男ランキング堂々の一位から逃げます!
「え、でも……女の私でも、良いんですか?」
「良いわよ。ランドルフ侯爵家の商船は、能力ある者なら誰でも歓迎するわ。マグノリアのハーブティーは本当によく効くもの。推薦してあげるわよ」
「ロゼリア様、ありがとうございます!」
「ただし、期限を設けます」
「……期限?」
「そうです。ランドルフ侯爵家は、貴女を恒和国に送りだし、向こうの商館で働く場所を用意することは出来ます。でも、それはいつか国に戻る前提です」
国に戻るという言葉に体が硬直する。
植物学者ストックリーも、国に戻されている。当時、戦争が危ぶまれての帰還命令だった。恒和国に残りたい思いを切々と綴った日誌も残っている。
そう、私たち貴族は国のために存在する。戻れといわれたら、戻らざるを得ない。
「……それでも行きたいです! 行かないで、何も知らないで夢を捨てるなんて出来ません!」
「分かりました。では五年、貴女を恒和国のドワイト商館へ預けるよう、推薦状を出しましょう」
ロゼリア様は静かに告げると、カップを手にする。少し冷めただろう中身を一口飲み、そうして穏やかに「本当に美味しいわ」と呟いた。
「ありがとうございます!」
咄嗟に立ち上がったことで椅子がガタっと音を立てた。だけど、そんなことが気にならないくらいには、恒和国への期待と喜びで胸がいっぱいだった。
ついに、私は憧れの恒和国へ行ける!
「落ち着きなさい、マグノリア。はしたないですよ」
「は、はい。申し訳ございません」
「ふふっ。貴女の好奇心は誰も止められそうにありませんわね」
微笑んでカップを下ろされたロゼリア様は、ほっと安堵するように肩の力を抜いた。
「これで、先方に断りを入れる理由が出来て良かったわ」
「……何の話でしょうか?」
「実は、貴女に縁談があったのよ。少し問題のあるご子息で、断った方が良いのではないかと、旦那様とも話していたの」
「お気を遣わせてしまい、申し訳ありません」
「謝ることはないわよ。学生時代も入れたら、もう五年の付き合いよ。マグノリアは私の妹も同然。幸せになれない結婚を勧めるなんて出来ないわ」
「ロゼリア様……あの、差し支えなければ、どちらからお話があったのかお聞きしてもよろしいでしょうか?」
「そうね。断る理由が出来たことですし、話しておきましょう。貴女に縁談を申し入れたのは──」
真剣な面持ちとなったロゼリア様が口を開くと、強い風が吹き抜けた。木々の葉を揺らし、美しい金の髪を乱して抜けていく。まるで、その名を口にしてはならないというかのように。
「スタンリー辺境伯家次男、ヘドリック・スタンリーよ」
その名に背筋を震わせた私は、恒和国への渡航チャンスを得られたことを、心底喜んだ。だって、スタンリー辺境伯家次男といったら、女癖が悪いで有名なお坊ちゃまだもの。恋に興味のない私にだって、その悪い噂はいくつも届いている。
婚約者がいないのをいいことに、花街に出入りしているとか、幾人もの女の子に甘ごとを囁いてるだとか。あまつさえ、庶民の娘に手を出して酷いことをしているなんて噂まである。
同世代の令嬢の間では、結婚したら幸せになれない男ランキング堂々の一位と囁かれる男だ。それでも、スタンリー辺境伯家は名家だからか、ヘドリック・スタンリーの周りには女性が絶えないのよね。
子爵家の娘たる私は、迫られたら断れないだろう。お母様が聞いたら、きっと辺境伯家と繋がりが出来ると大喜びしそうだし。
この話が、ランドルフ侯爵家を通してきたもので良かったと、私は心底、神に感謝した。
「スタンリー家と関係を悪くせず断るにはどうしたらいいかと困っていたのよ。どうにか穏便に貴女を逃がす手立てはないかって」
「……本当にありがとうございます。全力で恒和国へ逃げます!」
拳を握って決意を告げた私は、この三ヵ月後、恒和国に降り立った。その頃には、すっかりヘドリック・スタンリーのことを忘れていた。
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