第二話 ニュウガクシキ

 学校の至る所に貼られている道案内に従い歩いて行くと、大きな扉が現れた。


 見た感じ、周りには皇以外の生徒が居ないようだ。あまりに静かな校内の雰囲気。一瞬彼の脳裏に、今日は入学式ではないのではという考えがよぎった。


 だが、その考えは校門で出会った奇妙な先輩のことを考えればありえない考えだ。


 今日は新しい生活の始まりへの不安と緊張から、早めに登校。人が居ないのも当然だろうと思うことにし、重い扉を精一杯押し込む。


「あの……、誰か居ます?」


 扉の先は彼の通っていた中学の体育館よりも一回りくらい大きいホールだった。ここで入学式が行われるのだろう。


「……あなたは?」


 声のする方向を向くと、静かにこちらを眺めている女がいる。綺麗な瑠璃色の長髪を持つ整った顔の女だ。


 思わず彼が見惚れていると、女は気怠そうに立ち上がった。


「ごめんなさい、失礼だったわね。私は藤原丞春。好きに呼んで」


「あ、藤原さん……、よろしく。俺は皇竟。俺のことも好きに呼んで」


 一通り自己紹介を済ませると、どこか気まずい雰囲気が流れていた。だが、彼女は澄まし顔をしている。あまり表情に起伏がないようだ。


「ところで、すめらぎくん。すめらぎってあまり聞かないのだけれど。どうやって書くの?」


「天皇の皇ですめらぎだよ」


 彼女は相変わらずの無表情で、「そう」と言ったっきり黙ってしまった。入学式開始まであと四十五分。


 この学校は寮制で彼は寮生活が初めてだ。緊張するのも無理は無かった。


「あっと……寮、緊張するね」


 あまりの気まずさに耐えきれず、皇はそう口走っていた。彼女は彼を数秒眺める。


「私は慣れてるから」


 そう一言言うと、また黙ってしまったのだった。

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