第20話 バス旅スタート

『次は坂ノ下さかのした、あけぼの肛門科前。お尻の調子に不安を感じたら、当院へお越しくださいませ。あけぼの肛門科をご利用のお客様は、お降りください』


 揺れ動く路線バス。

 窓の外には、見なれない市街地の流れる景色。


 あれからすぐ戦闘服(黒い全身タイツと目出し帽、それに革のロングブーツと手袋)に着替えさせられたわたしは、さらにその上から長い茶髪のウィッグとサングラス、トレンチコートを身につけさせられ、左側後部座席にジャクソン伍長と並んで座っていた。

 掛けるサングラスをずらして車内を見渡せば、ほかの戦闘員たちも似て異なる変装をして待機している。車内にいる乗客は、不審人物のわたしたちだけだった。

 目的地まで、あと何回停車するんだろう……被害者は少ないに越したことはない。このまま一般人が乗り込んで来なければいいのに。


「人質がいなくても突っ込むんでしょ?」


 警戒する必要はあまりないけれど、小声で隣のジャクソン伍長にたずねる。目深に被る大リーグの野球帽子が異様に似合っていた。


「イエス。建設中の店を爆破さえできれば、オレたちの面目は保たれるぜ」


 白い歯を見せつけるように笑ったジャクソン伍長は、ゆっくりと静かに、アイスカラーのGパンの股間を握り締める。その姿は、尿意を我慢している怪しい人物にしか見えない。


「ところでさぁ、爆弾って誰が持ってきてるの?」


 人質もろとも、爆弾を積んだ路線バスで建設中の回転寿司チェーン店に突っ込む──それが今回の計画。

 だけど、わたしも含めて全員が軽装で、手荷物はおろか、バッグひとつ誰も持ってきてはいなかった。しばらく間をおいてからジャクソン伍長は、鼻の下を人差し指でこすりながら、「やっべ、忘れてた」とつぶやいた。


「わす……ええっ……」


 まさかのカミングアウトに、わたしは言葉を失う。


『次は坂ノ上さかのうえ三丁目、ごし肛門クリニック前──』


 バスはゆっくりと停車し、乗車専用の扉だけが開く。

 すると、唐草模様の大きな風呂敷を背負った汗まみれの白神博士が肩で激しく息をしながら乗り込んできた。


「おま、おまえら……なっ……なにして……くれとんねん……!」


 わたしたちのそばまでやって来た白神博士は、一瞬だけめっちゃ怖い顔でにらみつけてから、両手にそれぞれつり革を掴んで項垂うなだれる。


「エクセレントッ! 爆弾を持って来てくれたんだな? さすが白神博士だぜ!」


 そう言いながら、自分の股間を満面の笑顔でガッツリと握って中腰になるジャクソン伍長。その姿は、尿意の限界値を超えた怪しい人物にしか見えない。


「あの……ご苦労様です、白神博士」


 とりあえず労いの言葉をかけてはみたけれど、これから行う悪事を考えると、なんだか複雑な気持ちになってしまう。

 これから先の人生も、こうした犯罪行為を繰り返していくのかな?

 本当はわたし、アイドルになりたいのに……怪人と兼業できるのか、あとでネット検索してみよう。

 信号待ちをする車窓の下では、学制服姿のカップルが腕を組んで楽しそうに会話をしながら歩いていた。早く死ねばいいのに。


『次は坂ノ上一丁目、スパーキング胃腸・肛門クリニック前。レーザーメスによる日帰り手術も……』


 この地域の人間は、どれだけ尻に爆弾を抱えているのだろう。

 そんなことをぼんやり考えていると、戦闘員の一人が運転士の首筋にバタフライナイフを突きつけた。


「動くなっ!」


 順調に運行していた路線バスが一瞬、激しく左右に揺れる。


「きゃああああ!?」

「ぎゃん!?」


 車内の戦闘員たちが転がり倒れ、つり革の輪の中に通していた白神博士の両手首が、あり得ない角度でひん曲がる。


「おとなしくしろ! 言うことを聞いてもらおうか、運転士さんよぉ!」

「わ、わかりましたから……その物騒なモノをしまってください……」


 ナイフを突きつけられた運転士は、怯えながらも、ステアリングをしっかりと握り直して安全運転を再開させた。


「あー、びっくりしたぁ……ねえ、目的地にそろそろ着くの?」


 づれたウィッグもそのままに、わたしは隣のジャクソン伍長に計画の確認をする。


「いや……ちょっと早いような……」


 やがて、国道へと進路を変えて走る路線バスの先には、建設中の〝なにか〟が見えてきた。その外観のつくりからして、大型の飲食店であることは間違いなさそうだ。


「ノーン! このままじゃ、寿司屋を行き過ぎちまうぜ! ヘイ、シスター! 急いで爆弾のセッティングをするんだ!」

「ええっ!? 爆弾なんて使ったこと無いわよ!」


 つり革にぶら下がったまま気絶している白神博士の背中から、唐草模様の風呂敷を剥ぎ取る。座席の上で結び目を素早くほどき、わたしとジャクソン伍長は時限式爆弾をそれぞれ手に持った。


「これから突っ込もうってのに、なんで爆弾にタイマーが付いてるのよ!? しかも、残り時間があと十九時間五十四分もあるし! 逃げるにしても、余裕を持たせすぎでしょうが!」

「ノープロブレムだぜ、シスター! どうせ刺激を加えれば、すぐに爆発しちまうんだからな、フォーッ!」


 爆弾を持つ手で、やっぱり股間に触れるジャクソン伍長。おまえの愚息ごと、すぐに吹き飛んでしまえばいいのに。


 ──ガッタァァァン!


 道路から歩道へと乗り上げて、疾走する路線バスが建設中の大型店舗へと突き進む。

 このままじゃ、わたしたちも一緒になって木っ端微塵になってしまう。衝突するまえに窓から飛び降りて逃げなきゃ!

 タイミングを計ろうと、車窓を全開にして顔を出したその時だ。

 建設中の寿司チェーン店の大きな看板に、こちらに笑いかける緑色の小さな生き物たちがえがかれていることに初めて気づいた。河童カッパの絵だ。


「ちょっとぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!? ここ違うからぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ! く○寿司じゃなくて、か○ぱ寿司じゃないのよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」


 絶叫するわたしをよそに、路線バスは全速力フルスロットルで建設中のか○ぱ寿司に激突する。


「きゃあああああああああああッ!」


 ドギギギギギギィィィィッ!

 ガゴォン!

 ひゅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ……………………………ダァァァァァン!!


 建物に衝突した直後、なぜか路線バスは落ちるようにかたむき、数秒間浮いてから地面へと着地した。


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