第21話 未知との遭遇

 気がつくと、外は明るかったはずなのに、辺りはすっかり暗くなっていた。


っ……もう、最悪……」


 全身の痛みに耐えながら、うつ伏せの状態から時間をかけて四つん這いになる。

 静けさの中、もうひと頑張りして身体を起こし、なんとか正座にまではなれた。

 顔を上げる。遥か頭上に光が見えた。

 そのまま周囲を見渡せば、ざいやビニール製のシートが掛けられた大きな物が、いくつも薄闇に浮かんでいた。衝突の直前、窓から顔を出していたから、わたしだけ車外へ投げ出されたみたいだ。


「えっ、なんなの? ここって…………地下?」


 たしか、バスは建設中のか○ぱ寿司に突っ込んだはず。

 それなのに、どうしてこんな地下深くまで落っこちたのか、まるで見当もつかない。


「ジャクソン伍長ッ! 白神博士ぇッ! 変態野郎どもぉぉぉぉッ!」


 立ち上がっていくら叫んでみても、ほかのみんなの姿はおろか、路線バスすら見当たらなかった。


「もう……なにがどうなってるのよ……」


 ウィッグやサングラスはどっかに吹き飛んで無くなっていたし、息苦しくもあったので、わたしは邪魔な目出し帽を脱ぎ捨てた。


「キュピン?!」

「え?」


 すると、目出し帽がなにかに当たったようで、変な鳴き声のような音が聞えた。

 こわっ……微妙になんか、こわっ……暗さに慣れた目でうしろを振り返る。

 すぐ近くに、わたしの腰くらいの背丈の小さな子供が──ううん、緑色の生き物・・・・・・が、そこにいた。


「あれ? えっ、ウソでしょ!?」


 その姿に見覚えがある。

 お店の大きな看板にえがかれていた生き物とそっくりだったからだ。


河童カッパじゃないのよ……本当にいたんだ……って、なんかこの子、めっちゃ生臭いし!」


 目の前には、超有名な妖怪のカッパが一匹。小さいけど、子供なのか大人なのかは妖怪博士じゃないからわからない。

 とにかく、人生初カッパは、手がすぐ届く距離でつぶらな黒い瞳をわたしに向けて立っていた。


「でも、どうしてカッパがここに? 妖怪大戦争でも始まるの?」


 にっこりとほほむ愛らしい顔の首には、豆粒大の赤い光が薄闇の中で存在を際立たせていた。


「ねえ、あのさ……キミ、言葉ってわかる? できれば日本語でお願いしたいんだけど……」


 前屈みになって目線を合せる。赤く光っていたのは、機械仕掛けの首輪だとわかった。

 絶対にファッションなんかじゃない──どっかの頭がイカれたヤツが、拘束するために取り付けたんだ。


「やだ……なにこれ……」


 その首輪に触れようとした瞬間、辺りが急に明るくなる。

 周囲は鉄筋が剥き出しの、いかにも建設中って感じの工事現場だった。


「あっ、待って!」


 気がつけば、小さな深緑色の甲羅が小走りで去ってゆく。

 思わずわたしも、その後に続いて走っていた。

 今はとにかく、あのカッパを追いかけるしかない。

 そびえ立つ太い鉄骨のあいだをすり抜ける。その先は大きな広場になっていて、ほぼ中央に路線バスが停車していた。


「ねえ、みんな! そこにいる!?」


 止まらずにそのまま駆け足で近づく。

 バスの車体はボロボロで、窓ガラスもほとんど全てが割れていた。

 開け放たれている乗降口から中へ入ってみたけれど、時限式爆弾以外は誰の姿もそこには無かった。


「ハァァァ…………もう嫌っ。もう嫌だ!」


 生きることに疲れ果てたわたしは、すぐ近くの座席に腰掛ける。

 この様子じゃ、某回転寿司チェーン店爆破計画は失敗に違いない。

 それはそれで全然かまわないし、むしろウェルカムだけど……でも……。


「よっしゃああああああああああああッ!」


 突然バスの外から、ジャクソン伍長の威勢の良い大声が聞える。わたしは急いで立ち上がり、乗降口とは反対側の割れた窓から顔を出した。

 全身黒タイツの変態どもや大勢の首輪を付けたカッパたちが集まったその中央には、さっきのあの子とジャクソン伍長が相撲をとっていた。

 そしてさらに、一人と一匹を間近で見守るようにして、路線バスの運転士がからのペットボトルを片手に行司の役割をしていた。


「のーこった、のこった! のーこった、のこった!」


 そんな彼らを三メートルほど離れて取り囲んでいるのは、中途半端な変装の戦闘員が数名と大きさが異なる河童たち(ざっと見て五十匹くらいはいる)、そして、なにがどうなってそうなったのか、白神博士もなぜか下着姿でそこにいた。

 割れんばかりの大歓声で相撲観戦をしている異形の愉快な仲間たちに、わたしもバスを降りて駆け寄って加わる。


「ちょっとみんな、なにやってんのよ!? 白神博士、これって一体なんなの!?」


 きわどいデザインの、セクシーな紫色の下着だけしか身につけていない白神博士。不思議と違和感がなかったので、それについての質問はやめておく。


「あら? ごきげんよう、比乃子ちゃん。見てのとおり、わんぱく大相撲よ」


 鋭い眼差しの白神博士は、顎だけを動かしてそう言った。豊かな胸を強調するように腕を組む立ち姿と、サテン生地の光沢がなまめかしい。


「いやいやいや! だから、なんでカッパと相撲しているのよ!?」


 わたしたちのそばで、ジャクソン伍長とあの子が互角の闘いをみせていた。

 幼稚園児ほどの背丈をしたカッパを相手に、ジャクソン伍長がそのきょで包み込むように甲羅を掴んではいるけれど、あの子も必死の形相でGパンを掴んでまったくその場を動かない。

 そんな両者に、周囲の観客たちのボルテージは最高潮に達していた。


「うっちゃれ! DDッ!」


 腕を組んだままの仁王立ちで、白神博士はジャクソン伍長を叱咤激励する。

 まるで、相撲部屋の女将さんみたいだ。

 でもまあ、相撲部屋の女将さんは、下着姿で取組を観戦することは絶対にしないだろう。


「えーっと……比乃子ちゃん、なんの話だっけ?」

「だぁー、かぁー、らぁ! なんでカッパと相撲を?」


 わたしの問いかけに目を閉じてほほむ白神博士。なんかイラっとしてきて、その頬っぺたを張りたくなってきた。


「それはね……………………ただの現実逃避よ!」


 気がつくとわたしは、白神博士を電光石火で押し倒し、そのまま馬乗りになって左右の平手打ちで彼女の両頬を滅多打ちにしていた。


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