16話

 王都入場時は、冒険者登録をしているおかげで。特にトラブルなく入ることができた。


 さすがにルーヴァルの体が大きくなったことでびっくりする人もいるにはいるが、ギルドで登録済みの従魔だと分かれば安心してもらえるのが助かる。


 ダリオとティラを彼らのお店の前まで送り、依頼を達成を確認して別れた後、儂らと『疾風と大地』で冒険者ギルドへ向かう。護衛完了報告と、協力したことに対しての申告が必要なのだ。


 手続きはリヴァナが任せてくれといっていたが、状況の説明などは必要らしい。


 流石というべきか、王都の冒険者ギルドはこの国で最大の規模。アイゼラのギルドとは一回りも二回りも大きい。

 ギルド職員の数も、依頼の数も段違いだ。


 掲示板に掲載されている依頼は王都周辺のものもあれば、全国、全地域のものが張り出されている。


 人波をかき分けて、『疾風と大地』と共に依頼いついての報告を行う。


「護衛依頼の完了報告ですね。Cランクで構成される『疾風と大地』のみなさんと…協力者の…えっと…Dランクのシノさん?」


 受付の男性が眉をひそめながら儂をちらりと一瞥し、話を続ける。


「おう。先に手紙で報告していたんだが、少々厄介な盗賊連中に襲われちまって危なくてな。シノ達が助けてくれたんだよ。偶然、依頼人と面識があるということもあって、そのまま協力依頼をしたのさ」


 状況をリヴァナが説明し、依頼人からはこちらを預かってるとダリオからの封書を受付に渡す。封を切り受付の男性が確認する。


「確かに、状況としては間違いがないようです。基本的な規則として、Cランクの依頼をDランクの方が受注できないことはご存じですよね?」


「あぁ、それは知ってるよ。だけど、シノとその従魔たちは相当腕が立つ。正直、彼らがいないとあたしらも依頼主も危なかった。今回は指名依頼として追加の依頼がされていると思うんだけど?」


「…そうですね、指名依頼として追加依頼が届いています。大規模な盗賊団がいる可能性もご報告いただいておりすので、そのことも考慮はできますが…。なかなかないケースですので確認してまいります。少々お待ちください」


 そういって、受付の男性はカウンターの奥へと消え、しばらくして戻ると、依頼完了として受理をしてもらえた。


 儂が冒険者としてDになったばかりだった状況も憂慮されてしまったようだが、アイゼラギルドから何かしらの情報の共有があったようだ。


 今回はCランク相当の依頼であったことから昇格点には加算されないが、Dランク冒険者になって初の依頼達成になった。


 報告完了の手続きが終わった後は、ギルド経由でレグレイドに手紙を送ってもらうように伝える。


 内容はクレモス領での盗賊に関する内容だ。何かしらの政治的な動きを感じるが、この情報が彼の力になれればいいのだが。




 ひとます、必要な用事を済ませ、ギルドを後にする。ギルドから出ると、アゼルは儂らの今後の予定を聞いてきた。


「今日はダリオから紹介された宿を使うんだろう?」


「そうですね。もう四の鐘もなりましたし、これから学園の手続きは厳しいと思いますから」


「あたしたちも今日はそっちを使う予定だからよ、一緒に晩飯でも食おうぜ。ウルとルーヴァルもいいだろ?」


 ウルとルーヴァルも肯定の返事をする。ダリオから紹介された宿は王都でも指折りの宿らしい。食事券ももらってるしな!とにっかりと笑い、宿屋に併設されている酒場で賑やかな夜を過ごした。


 こうして王都の初日はあっという間に過ぎていった。




 次の日、宿屋の前で『疾風と大地』と分かれた。


 彼女たちは今日から王都のギルドの依頼をこなしてBランクを目指すらしい。

 状況によっては王都をしばらく離れる可能性もあるかもしれないが、落ち着いたら約束のご飯会をやるぜと言葉を交わし、彼女たちを見送る。


「さて、学園に手続きしにいこうか」


 宿屋においてあった王都の案内地図を広げてみる。


 王都はかなり広大だ。中央に堀に囲まれた王宮存在しており、そこを中心に東西南北の門に向かって真っすぐに大通りが通っている。


 学園は街の北西、北側の大通りに面しているようだった。この北西の区画には一般的な住居はなく、学園や研究所、訓練施設などが集中していると宿屋の人が言っていた。


 他には北東に貴族街、南東は貴族や富豪向けの商店、宿、富裕層向けの邸宅、南西に平民向けの酒場や住居、雑貨店、職人街などがあるそうだ。


 今回宿泊した宿は南の大通りから南西側に入った所に位置しているようで、なかなかの格のある宿だったようだ。

 ベッドもとても柔らかく、野宿が続いていた体にはとても心地よかった。ダリオがだいぶ奮発してくれたようで、今度会ったとき感謝を伝えねば。


 ゆっくりと南の大通りを街並みを眺めながら、学園に向かう。大通り沿いの建物は商会や煉瓦づくりや石造りの見栄えのいい建物が多い。


 特に南の大通りは南東の貴族や富裕層向けの店が多い影響からか、洋服を取り扱っている店だったり、高級そうな食事店が並んでいる。


「シノ!あれがお城なのかしら?」


「そうみたいだね。王城だけあってなかなか豪奢な作りだね」


 南の大通りから中央広場に出た。目の前には堀に囲まれた城のような王宮が聳え立っている。かなり広い桟橋の先にある門は今は固く閉ざされている。


 手入れされている城壁、門番の様子をみても、オーラリオン王国の国力が安定しているのだということが良く分かる。


 王宮まで立ち入ることはできないが、普段は月に1度、休息日の2日間に場内が一般市民に公開されているらしい。手順を踏めば自由に入場できるそうだ。


 王城を右手に通りすぎ、西の大通りを横切り北の大通りに出る。


 南側の通りは多くの商人や旅人、貴族風の人々でにぎわっていたが、こちらはかなり静かだ。だが、2の鐘が鳴る前に、制服を着た少年少女たちを多く見かける。


 おそらく学園の生徒だろう。貴族が乗っているのか、一際大きな門の前で馬車が止まっては降り、止まっては降りといった様子が見える。


 今は二の鐘が鳴る前くらいなので通学している子達が多いのだろう。


「ねぇ、何?あれ」


「おい、魔物がいるぞ?従魔か?」


「雰囲気は平民っぽいけど…剣を持ってるよな?まさか冒険者?」


「うわ…学園に向かってる気がしない?」


 儂が学園の門に近づくにつれて周りの視線がこちらに向くことが増えた。ひそひそとした話し声が聞こえてくる。


 制服をきていなくて、ウル、ルーヴァルを連れている状況はさすがに目立つようだ。ルーヴァルもだいぶ大きくなったからな。


 こちらに向く視線と声はそのまま流しつつ門に近づくと、門の手前に人だかりができていた。このまま気にせず通り過ぎることもできるのだけれど…


「おい!お前!何のつもりだ!」


「ぐぁ!」


 ドカッ!と何かがぶつかったような音が聞こえ、怒鳴り声と、うめき声が聞こえてくる。


 人だかりの隙間から覗くと、黒い髪の少年が壁際にうずくまっており、3人の少年が威圧しているように見える。


 真ん中の少年は腕を組み、黒髪の少年のを足蹴にしている。


 人だかりになっている中の男子生徒の一人にどういった状況なのか聞く。彼は学生の制服を着ていない儂と、肩のウルに少し驚いた様子だったが、状況をひそひそと教えてくれた。


「うずくまってる男の子は今年の新入生で、平民の子なんだ。3人組の真ん中にいるのはクレモス伯爵家のマルヴェックだよ。気に入らない下級貴族や、目を付けた平民の生徒をああやって取り巻きと嫌がらせしてるんだよ。この学校の上層部にクレモス伯爵家の縁戚の先生もいて、彼は去年入学してからやりたい放題してるんだよね」


 弱い立場の平民や下級貴族を苛めつづけ、学校に来なくなった子が何人もいるらしい。


「そうか…。それで、君達は見てるだけなのかい?」


 儂は状況を教えてくれた男子生徒に質問すると、彼はふっと目をそらしてそそくさと門の中に入っていった。


(なるほど…。学校の上層部に彼を特別扱いする先生がいて、このいじめの矛先が自分たちに来ないようにしたい…と。なかなかだね)


 どこの世界でも権力を笠に着るものはいる…か。このまま見過ごすことは難しいな。


「おら!何とかいえよ!俺の服を汚してくれやがってよぉ!」


 二度、三度、マルヴェックの蹴りが黒髪の少年の体を揺らす。


「はぁ…はぁ…このっ舐めやがって」


 マルヴェックは制服の内に手を入れると、小さなスティックを取り出して詠唱し始めた。


「へへ…平民のゴミが!お前らみたいなのがいると栄えあるアルヴェリア学園の価値が下がるんだよ。二度と学校に通えなくしてやる!」


 スティックの先には炎の力が集まっている。


「シノ、あの炎はちょっと良くないのだわ?あの黒髪の子、燃えちゃうのだわ?」


ウルの言葉に儂も頷く。


「あぁ。行こう」


 次の瞬間、マルヴェックが炎の魔法を行使する。


「死ねやぁぁぁぁ!!」


 儂は人垣を飛び超え、マルヴェックの手元に出現した炎を宵月で散らし、彼の前に立つ。ルーヴァルも飛び降りたらすぐに黒髪の少年の前3人を牽制するように立った。

 マルヴェックは突然現れた儂らの姿と、かき消された炎に驚いて後ずさる。


 周りの生徒たちも突然現れた儂らに驚いて騒がしくなる。あれは誰なんだ、命知らずだと言い合っている。


「な、なんだてめぇら!!邪魔すん…ぶっ!!!」


 マルヴェックが殴りかかってこようとしたので、反射的に鞘で彼の顎を打ち抜くと、意識を失いそのまま沈む。


「「マルヴェック様!!」」


 取り巻きの2人が彼に駆け寄ってこちらを睨んできた。


「貴様、この方をクレモス伯爵家の後継者と知ってやっているのか!?」


「こんなことをしたらお前ら、ただじゃすまないぞ!」


 悪漢としては定番のセリフだ。


「あーすまない。知らない。無抵抗の者に集団で暴行を加えようとする者の名前なんぞ興味ないし、覚える必要もない」


 なにやら取り巻きが吠えているが相手にせず黒髪の少年の様子を確かめる。どうやら気を失っている様だ。


 顔や、袖をまくって見える腕には多くの痣がある。今回ついたものだけでなく、時間が経過した痣もあり、日常的に暴行を受けている状況が見て取れた。


「これは酷い…」


「シノ、この子に治療してあげたいのだわ」


 ウルの声は穏やかに感じるが、明らかな怒りが含まれている。儂は頷き返す。


 儂も以前の世界では幼いころ、拾い子、捨て子だと周りの子たちから石を投げられたり、殴る蹴るの暴行を受けることもあった。


 こういう事をするやつらはよほどきついお灸をすえてやらないと繰り返す。


(さて、このたわけ者たちにどう仕置きするか…)


腰の宵月に手を添えながら立ち上がった時、人垣の外から大きな声が聞こえる。


「何をしている!」


 声の元からは人垣をかけ分けるように、銀髪の少年が現れた。学園の制服を着ている青髪の少女と壮年の執事を伴っている。


「おい、王子だ」


「第四王子じゃないか」


「この時間にいるなんて珍しいじゃないか」


 突然現れた人物に集まっていた生徒たちは驚き、ざわめきが広がる。シェリダンから長男の同級生に王族がいると聞いていたが…彼だろうか?


「ここは私、ヴィクター・グリム・オーラリオンが収める。もうすぐ授業が始まるから皆は早く教室へ向かえ」


 ヴィクターと名乗る少年は周りに早く学園に入れと、野次馬達に解散を命じた。このいじめの様子を見守っていた生徒たちは指示を受けて一斉に学園内に散っていった。


 彼は気を失っているマルヴェックを見て額に手を当てて首を振る


「またお前達か。マルヴィックにはこのようなことはしないように、と厳しく伝えているはずだが…?」


 気を失っているマルヴィックにちらりと見やり、取り巻きの2人に対して厳しい視線を浴びせる。


「お騒がせしております。マルヴィック様がこのような状況ですのでまた別の機会に」


 取り巻きの1人が王子の視線を意に介さず、やや侮るような視線を向けながら返答をし、もう1人と共にマルヴィックを肩に担いで学園内に入っていく。


 王族相手としてはやや不躾な対応のように見えるが不敬には当たらないのだろうか?


 マルヴィックの取り巻き2人が儂の横を通るさいには「その顔、覚えたぞ」と憎しみに満ちた目を向けていた。今後の学園生活は多難に満ちたものになるかもしれない。


 ヴィクターはマルヴィックたちが学園内に入っていくのを見て、黒髪の少年を救護室へ連れて行くように少女に指示を出す。そしてこちらに声をかけてきた。


「勇気をもってマルヴィックの暴挙を止めてくれて感謝する。私はヴィクターだ。君は?」


「儂はシノ。こちらは従魔のウルとルーヴァル」


「ふむ、シノ…か。だいぶ変わった従魔と契約をしているのだな。それに先ほどの動きは見事だった。しかし、君の名前は学園では初めて聞くな。知っているか?」


 ヴィクターは後ろに立っている執事に対して話を振る。


「いえ、私も聞いたことがありませんね。学園の名簿は把握しておりますが、彼の出で立ちから生徒ではないように見受けられます」


 執事から指摘され、ヴィクターは顎に手を当てながら儂を下から上に見る。


「あぁ、何か違和感があると思ったら制服を着ていないな。その変わった剣と服装は冒険者か?新入生と変わらぬ歳の頃に見えるが大したものだ。冒険者ギルドは西通りだが、学園に何か用か?」


「実は色々と事情がありまして、この学園に編入させていただこうと手続きに来たんです。昨日王都に来たばかりで。学園に来るのも初めてなのですが、どこで手続きをすれば良いですか?」


「ほう。ここに通うつもりなのか。すでに入学式が終わってからの編入とは…なかなか興味深い。あぁ、ちょうどこの学園の教師が来たようだ」


 彼が門の中を指さすと、校舎のほうから教師と見られる男女が走ってきた。


「ヴィクター様、事情は他の生徒よりお聞きしました」


「遅いぞ。教師である其方たちがそのような体たらくでどうする」


「面目ありません…。後ほど詳細をお聞かせください。ところで、こちらの少年と…その従魔は?」


 2人の教師は儂らを見て怪訝な顔をしている。


「あぁ、彼はマルヴィックの横暴を阻止しようと動いてくれていたのだ。彼らは学園への編入を希望しているようだから、対応をお願いできるか?」


 教師達にヴィクターが簡単に儂の紹介をし、編入についても伝えてくれた。


「編入希望者ですか?この時期とは非常に珍しいですね。マーガレット、対応をお願いしても?」


 マーガレットと呼ばれた教師は頷く。歳の頃は50代くらいでとても落ち着いた雰囲気だ。


「承知しました。それでは編入についての説明をいたしますので、私についてきてください。あぁ、そちらの従魔も一緒で問題ありませんよ。」


 彼女はくるっと踵を返して校舎へ向かう。儂は慌てて彼女の後を追い、学校の門をくぐる。


「編入試験は厳しいと思うが、健闘を祈る」


 ヴィクターは右拳を左胸にトントンと2回当てた。儂は手を軽く上げて答える。

 無事編入できた後は取り次いでくれたお礼を言うとしよう。


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