15話

 クレモス伯爵領を抜けるまでは気が抜けない日々が続いた。


 前回のような盗賊の襲撃はなかったにせよ、ダリオとティラからすれば、これまでに王都への往復に比べると比較にならないほど魔物との遭遇が多いと言っていた。


 護衛を付けた隊商とすれ違う際には盗賊の襲撃の情報交換などを行っていたが、どうやらギレー方面に向かう、もしくはギレーから王都に向かう隊商が狙われている可能性があるようだ。


 この隊商は急ぎの納品があるため、最短距離で行けるクレモスを通過する経路で向かっているとのことだった。規模の大きな盗賊に襲われたと伝えると、非常に驚いた様子で、急ぎ護衛の冒険者と打ち合わせしていた。


 彼らはダリオ達と同じようにCランクの冒険者パーティを護衛につけていたが、隊商の人数も多く5組程度つけていたのでおそらく大丈夫だろう。


 途中、村や町に立ち寄ると特に盗賊などが現れるといった状況がないため、領内の治安が大きく荒れているということはなく、明確に隊商のみが狙われている様子。

 ダリオはクレモス領内でギレー方面に向かう隊商がかなり少ないことに気づいていた。


「クレモス伯爵は代替わりしてからギレー辺境伯との関係があまり良くないようなんだよね」


 ひょっとしたら、何か関係があるかもしれないね、と呟いていた。




 この旅の中で、『疾風と大地』とはだいぶ距離が縮まった。


 彼らはどうやらギレー領のイシュオリア山脈沿いの村の出身で同級生らしい。アイゼラの厳しいノービスの試練を受けて15の時に冒険者になったそうだ。既に成人していて、みな17歳だと言っていた。


 道中は彼らから、儂らのことも聞かれることになった。そこではレグレイドとシェリダンと出発前に相談して決めた設定が役に立った。

 ギレーやロヴァネ家、ギルドで話した内容はあまりにもおとぎ話のように非現実的すぎて、不審な人物にしか見られない。


 これから先、他の人に説明するのにも困るだろうからと、この世界に沿った、儂らの身の上話などを考えてくれたのがありがたい。




 レグレイドとシェリダンはあーでもない、こーでもないと打ち合わせをしていたが、最終的に、儂は十数年前にベルキア大陸にその名を轟かせた剣聖、カゼル・ヴォルク・オルダインに育てられたということになった。

 このカゼルという剣士は、元々大陸の北、Sランクパーティのメンバーとして最果ての大森林に挑戦する予定だった。


 だが、アイゼラの街に到着し、大森林を目前にして病を発症してしまったそうだ。


 病の回復は思わしくなく、旅に耐えられない状況であることが分かったため、他のメンバーの足を引っ張るならと、大森林挑戦を断念し、ロヴァネ領イシュオリア山脈沿いの村のはずれに素性を隠して隠居することになったのだった。


 素性を明かしていると、腕試しの冒険者や、暗殺者などが訪れて困るということで極秘とされていたらしいので、このことを知る者は殆どいない。ギレーの領主親子、シェリダンくらいだそうだ。


 儂は彼がいた村に捨てられていた子供で、カゼルに拾われ、幼いころにカゼルから剣を学んだ、ということになった。そのため、剣聖仕込みの剣技を持ち、周りにはカゼルしかいなかったため、少し大人びた考え方や喋り方になっている、というものだ。


 あくまでこの世界の設定ではあるが、前の世界でも儂は拾い子だったからあながち間違ってはいないのである。


 ウルは幼いルーヴァルが襲われているのを助け、共に大森林からイシュトリア山脈を越えて逃げてきたところを、儂と出会った設定になっている。


 この設定にウルは「大森林はわたしの庭なのに!逃げたりしないのだわ!」と膨れていたが、従魔登録と同じように人をいたずらに心配させないためと伝え、美味しいものを沢山食べさせることを約束してようやく納得してもらった。


 カゼルはベルキア大陸の北の果てノーザリスの出身で、身分は当代限りの騎士爵相当。それに、書類上の養子手続きも行っておらず、育てられただけなので彼の過去に縛られることもないだろうとのこと。


 シェリダンが「私の親族として認定しても良いよ?」と言っていたが、貴族の身分は色々と身動きも取りづらくなりそうなので丁重にお断りさせていただいた。



 そんなこんなで、『疾風と大地』のメンバーに儂やウル、ルーヴァルのことを話した。


 捨てられていた子だったという所が、リヴァナの琴線に触れたようで、キャンプ中に酒を飲んで泣きながら「あたしを姉ちゃんと呼んでいいぞ!!」と絡まれてしまった。


 兎人族のリィナは動物が好きなのか、ルーヴァルにべったりだったのが印象的だった。

 移動中、ルーヴァルの背中に抱きつこうとして振り落とされていたが、めげずに何度も何度も挑戦してついにルーヴァルが折れた。


 その時の彼の表情は忘れない。



それ以外にも、儂とルーヴァルの毎朝の鍛錬に興味を持ったリヴァナとグリナスが加わることになり、模擬戦をすることにもなった。

リヴァナもグリナスも本当にいい腕をしている。


ウルとリィナとアゼルも、魔法の扱いについて様々な情報交換をしていた。

 

 『疾風と大地』はこれまでギレー領内の討伐任務、護衛依頼を中心に受けていたが、今回初めて他領へ移動する護衛任務に挑戦したらしい。

 他の同時期にデビューした冒険者に比べて昇格は遅めだが、自分達の身の丈にあった任務をギルドと相談しながら慎重に選んでいるとはアゼル。

 

 リヴァナには、Cランクに上がった後は一緒にパーティを組まないかと誘われるようになったが、しばらく学園に行くつもりなのでと断った。学園に行きながら冒険者として活動するつもりなので、今回みたいに依頼で一緒することがあればよろしくお願いしますと返事しておいた。




 ダリオ達に合流してから6日。ようやくクレモス領を抜け、ベルナード子爵領に入った。この領での道程はクレモス領ほどの緊張感はなく、順調に道程を消化していく。


 ベルナード領は小領地だが、王都も近く、ここからギレーやロヴァネ、オストヴァンなど、オーラリオン王国南部の領への中継地点として重要な役割を担っている。


 クレモス領を抜け、ベルナードの中心に近づくにつれて多くの隊商、冒険者とすれ違う。


 継続して情報を交換していると、ダリオ達が大規模な盗賊団に襲われたという情報が冒険者ギルドを通じて広まっており、ギレーへ向かう隊商はクレモスを通らず、他の領を経由して向かうように商人ギルドから告知されているそうだ。


 ギレーまでの移動距離が長くなることで経費もかさむし、向こうでの取引に大きな影響が出ると嘆いていた。


(クレモス領の動きは明らかな不自然さを感じるな。王都の冒険者ギルドに着いたらレグレイドに状況を伝えておくか)


 ギレーではとても良くしてもらったので、彼らが困るような状況にはしたくない。




 やがてベルナード領を抜け、王国直轄領に入るとそれまでとは雰囲気が変わる。遠くに城壁に囲まれた都市が見え、王城の尖塔が高くそびえているのが分かる。

 都市へと続く道は綺麗に整えられ、非常に歩きやすい。ダリオとティラが乗っている馬車も揺れが少なくなっている。


「あれが王都なのね~!アイゼラとはなんだか雰囲気が違うのだわ?ここまでの村や街とも全然違う!アイゼラよりもっと大きくて…なんて言ったらいいのだわ!?」


 ウルがその違いに驚くのはよくわかる。アイゼラも大きく活気のある街だったが、もしもの時に魔物に囲まれても戦い抜けるよう、重厚な作りだった。街並みもどことなく無骨さを感じるものだった。


 しかし、王都も城壁などもあるが、戦いのためのものではなく、壮大さや威厳を誇示しており、芸術的な作りになっていた。

 おそらく、この王国の最高の技術が使われて建設、改修されているのだろう。


「アイゼラとはまた違った意味で壮観だね。アイゼラは戦うために作られた街だけど、王都は国の象徴…といったらいいのかな。作りも豪華だ」


 王都に向かう街道を歩きながらウルと話をする。王都が王都に向かっているのであろう冒険者や旅人、商人が増えている。


「あたしたちも王都は初めてだからな。なんだかんだ緊張するぜ」


「みんなオシャレねぇ~。私やっていけるかしらぁ??」


 リィナは装備に可愛さなども求めているらしい。実用的なものだけじゃだめなの!とこだわった一品を身に着けていて、他の3人とは確かに雰囲気が違うのだ。

リヴァナ曰く、そのせいで装備揃えるお金が高くて金欠なんだけどな、と笑っていた。


「はは。もしよければ是非私達の店にお立ち寄りください。洋服なども取り扱っていますよ」


「本当!?かわいい普段切れる洋服が欲しいのよぉ!」


「あたいは…まぁいいかな?柄じゃねぇ」


 リヴァナは洋服の選び方なんてわからないと頭を掻きながら言っているが、リィナが教えてあげるから一緒に行こうと熱烈に誘っている。装備にもこだわりを持っているリィナの目が輝いている。


「王都の美味しいものはなんなのだわ??」


 食いしん坊のウルはやっぱり食べ物が気になるようだ。ティラがにやりと意味深な顔でウルに答える


「王都にはね…とーっても美味しいパイがあるのよ!」


「パイ?それはどんなものなのだわ?」


「甘いキッシュみたいなものよっ!ウルちゃん。王都の近くでとれるルポの実で作られてるの!美味しいわよ~!」


「それはいいのだわ!甘いものもわたしは大好きなのだわっ」


 甘いお菓子と聞いて女性陣が食いつく。いいタイミングがあれば一緒に食べに行きましょうと話している。リヴァナだけは「あたいは酒がいい」と言っている。


「シノ、わたしもみんなと食べにいっていいのだわ?」


 ウルが大丈夫か聞いてくる。よく考えたらこれまでずっと一緒だったな。フォレのピクシー以外の友人と一緒にご飯を食べに行くなんて経験はこれまでになかったはずだ。「もちろん」と返事する。


 やったのだわー!と満面の笑みで女性陣とタッチしている。


「ダリオさん、甘いもの以外には何かないんですか?」


 甘いものは儂も嫌いではないが、他に何かあるか聞いてみる。


「うーん、そうだね~。王都で飼育されている火羽鳥で作った香草焼きも名物だね。とてもスパイシーで酒に合うんだよ!これが」


「…酒」


「いいですね。それは僕も食べてみたいです」


 グリナスとアゼルが話に加わってくる。酒か…。久しぶりに飲みたいが…11歳の体ではちょっと難しいか?ギレーやロヴァネとの食事会でも、キャンプ中でも勧められなかったが…。


「ちょっと気になったんですが、お酒は儂も飲んでいいんでしょうか?」


 ダリオが思い出したように指でほほを掻く。


「あ~シノ君は大人びているから忘れてたけど、まだ11歳だっけ?さすがに無理かなぁ…」


 ごめんね、とダリオは言う。最低でも13歳にならないと飲ませてはいけないようだ。


 ただ、これはあくまで国ごとに決められているもので、地域のよっては年齢が定められていない国もあるらしい。北方の地域では冬の季節に暖を取る手段にもなっているようで、よほど幼くない限りは飲めるとも言っていた。


 この国ではあと2年は飲めないか。残念だ。


 まぁ、2年くらいはすぐだろう。ひょっとしたらその間に飲める地域に行くかもしれない。それまで楽しみに待つとしよう。


「女性陣も王都で食事会をするようなので、儂らもどうですか?」


「いいね!せっかくできた縁だから是非!いいお店を知ってるんだよ」


「…問題ない」


「僕もご一緒しますよ」


「ヴァウ」


 ルーヴァルは肉が食べられるこっちに来たいようだ。男性陣は快く了承してくれた。女性陣のほうから「あたしもそっちで酒…」という声が聞こえたが「リヴァナはこっち」とリィナに止められている声が聞こえた。




 遠くに見えていた王都が徐々に近づく。


 王都では学園に通う事なる。これからどのような人に出会い、どのようなことが起こるのか。

 創世の女神に関することも分からないことだらけだ。


 新たな冒険が始まる期待感を感じつつ、王都に足を踏みいれるのであった。

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