2章
14話
アイゼラの街を出発して4日。儂らは王都に向かう街道を歩いていた。
王都への道のりは馬車で大体8日程度。レグレイドとシェリダンが手配してくれると言っていたが、今回は断った。
彼らの手を煩わせたくないというのもあったが、大森林での道程と同じように、この世界を感じながら旅をしたかった。
徒歩なら大体半月ほどだろうか。今は春の三月の上旬だから、何とか今月中に王都に着くだろう。
ただ、少し懸念点がある。道すがら隊商の護衛の冒険者に聞いたが、これから入るクレモス伯爵領の治安が悪化しているそうだ。盗賊に襲われたりしているらしい。何もなければいいのだけれど。
そういえば、この旅を始める前にウルがとても便利な魔法を開発していた。『空間に物を収納する魔法』と名付けていた。
大森林で使っていたバックパックに使われていた魔法を応用したものだそうだ。
シャノン、サーシャが勉強に使っていた魔導書に空間魔法に関する基礎が記載されていたらしく、参考にしながら考えたらできちゃった、と言っていた。
子供達がとてもびっくりしていて、シェリダンや、執事のエドガーも信じられないものを見るような目をしていたので、なにやらとんでもない魔法ができてしまったようだ。
バックパックのように収納の限界は無く、さらに、時間が進まないので、食材が痛むこともないという。収納する旅に必要なアイテムや食材などは全てウルに任せることができるので非常に助かった。
それからさらに1日。クレモス伯爵領に入り、食料補給の為にどこか村か町があればいいなと考えていた時、少し先から爆発音が聞こえた。当たってほしくなかった展開になってきたようだ。
状況を確認するため、ウルに気配を消す魔法をかけてもらい急いで先に進む。岩陰に隠れ様子を伺うと馬車が横転しており、積み荷が散乱していた。その周辺を馬に乗る8人の盗賊と思われるならず者が取り囲んでいた。
2人の男女が馬車の陰に隠れて身を守っており、4人の冒険者が馬車と男女を守るように立ち回っている。
「戦士と、槍使い、弓使いに魔術師か…」
戦士が4人を相手に立ち回っており、槍使いが2人を相手にしている。弓使いと魔術師がそれぞれ他の2人を弓と魔法で牽制しつつ、戦士と槍使いを補助してよく戦っている。
とてもバランスの良いパーティではあるが、騎馬相手にかなり苦戦しているようだ。
「どうするのだわ?」
「ヴァウ?」
少し考える。現状はほぼ五分で少し不利な状況ではあるが、冒険者たちの狙いは分かる。おそらくだが、弓使いが相手の馬を無力化し、引きずり降ろしたいと考えているようだ。
馬から降ろせば、戦士や槍使いの技量が生きてくるだろう。魔術師は無理に魔法を連発せず、あくまで補助的な役回りで立ち回っているのも見事だ。
ただ、その狙いは盗賊たちも理解しているようで、なかなかやらせてくれない。良くも悪くも、実戦経験の差が大きいように見える。
アイゼラのギルドで他の冒険者達に話を聞いていた時に、できる限り他のパーティの依頼には手を出さないほうが良いと聞いた。現状は明確に劣勢という訳でもないので手を出しにくい。
素材採集は別だが、護衛、討伐依頼は状況によっては依頼を横取りするという状況にもなるらしい。そのために、直接助けを求められるか、明確な劣勢でない場合以外にまずは様子を見ることが必要だ。
「彼らは非常にうまく立ち回っているから、狙い通りいけば一気に形勢は変わるだろうけど。…あれ?あの人達はひょっとして?」
倒れた馬車の陰から顔を出した男女は、アイゼラの奉仕依頼で手紙のやり取りをしていた2人だった。確か名前は…ダリオとティラだったか?彼らは婚約をして、結婚の準備をしていたはずだったがなぜここに?
「リヴァナ!!」
状況の推移を見守っていると、リヴァナと呼ばれたドワーフの戦士の右肩に、盗賊の槍が突き刺さっているのが見えた。遂に均衡が崩れたようだ。この状況をきっかけとして盗賊たちの攻勢が一気に強まる。
盗賊は冷静に突破する様子を見ていたようだ。寄せ集め集団には見えない。一見無秩序だが、きちんと訓練を受けたような動きを感じる。
「状況が変わった!ルーヴァルは槍使い側の2人を、ウルは商人の2人を守ってやってくれ。儂は戦士の側へ向かう!」
「おっけーなのだわ~」
「ヴォン!」
ウルとルーヴァルに役割を指示して即座に突入する。
リヴァナは左手に斧を持ち、ギリギリのところで耐えていた。だが、2人の攻撃を受け止めていたところで残りの2人が商人の元へ向かう。
「ウル!すり抜けた2人を邪魔してくれ!飛ばしてもいい!」
「お任せあれ~なのだわ!吹き飛んじゃえなのだわ!!」
ウルは商人達の元へ飛びながら風の魔法を使う。猛烈な風が2人の盗賊を馬上から弾き飛ばし、馬はそのままどこかへ走り抜けていく。
彼女は基本的には自分から生命を奪ったり、傷つけるような魔法を使うことを好まない。力の差も分からず襲い掛かってくる魔獣や、アイゼラのギルドのように直接的な害を加えるような者に対しては容赦ないが。
今回選択した魔法も、人に使われているだけの馬を巻き込まないような魔法だった。馬に乗っていたならず者はかなりの距離吹き飛ばされているようだから、おそらく大けがはしているだろうが生命に別状はないだろう。
ルーヴァルは猛スピードで槍使いの元へ向かって、1人の腕に嚙みついた。
「…魔物!?」
槍使いは驚いているが、ルーヴァルの足にある従魔の刻印を確認すると、もう1人に向かって相対する。
儂はその様子を横目に、一直線にリヴァナの元に向かう。彼女は斧を落とし、バランスを崩して倒れており、馬上からとどめとばかりに槍が振り下ろされようとしていた。
「迅速功!」
移動速度を大幅に上げる精霊術を使い、瞬時にリヴァナとならず者の間に入り、槍を宵月の鞘で受け止める。
「誰!?」
リヴァナが肩を抑えながら誰何する。
「冒険者のシノだ!加勢する!」
彼女はこくりと頷き、「助かる」と返答する。
儂は宵月を抜き、霊迅強化・付与を行う。宵月を使っての初の実戦になるが、精霊の力の浸透は非常にスムーズだ。
対人戦闘自体は久しぶりだが…問題ないだろう。
「なんだこのガキ!邪魔すんじゃねぇ!!」
盗賊2人が同時に槍を突きだしてくるが、儂は剣を振り、槍を細断する。槍を中程まで切られて短くなったことで盗賊達はバランスを崩した。その隙を逃さずに、強烈な峰打ちを当てる。
「がっ!?」
「ぐぼぉっ!!」
そのまま馬上から叩き落して意識を刈り取り、彼らが動かないことを確認してから、振り向いてリヴァナに左手を指しだす。
「大丈夫ですか?」
「あ…あぁ…。助力に感謝する。…っ痛ぅ」
儂の手を握りながらリヴァナは立ち上がる。肩の傷はかなり深そうだ。
「肩はかなり傷が深そうですね。とりあえず応急処置をしておきましょう」
彼女の右肩に手をかざし、覚えたばかりの回復魔法っぽいものを使うことにした。シャノンが水の精霊の力をウルに教わっている際に儂も力の扱いを学んだ。あくまで『回復魔法っぽい』ものだ。
儂自体は回復魔法の適正が絶望的らしいので、治療、治癒させるまでには至らないが、傷を塞ぐくらいはできるようになった。
戦いの中の流血はかなり痛手になるので、それだけでも大きな進歩だ。リヴァナは驚いたようにその様子を見ている。
「治癒魔法を使えるのかい?」
「あぁ、いえ、これは治癒じゃないんですよ。儂には回復魔法の適正がないようで。応急的に血を止めて傷口を塞ぐくらいしかできません」
戦闘中にもし血が止まらなくなると困りますからと儂は苦笑いする。後から治療してもらいましょうと伝えると、リヴァナは眉にしわを寄せて怪訝な目でこちらを見ている。
覚えたばかりの魔法で治療なんて不安だろう。ひとまず血を止めて傷口を塞いで、あとはウルにお任せだな。
他の状況はどうなっているか見渡すと、どうやら無事撃退することができたようだ。ルーヴァルが対応した相手を見ると、ちゃんと手加減をしたようだ。
…手加減したといっても、彼らの手足にはくっきりとルーヴァルの噛み跡がついて血に塗れている。
ルーヴァルも、シャノンやサーシャとの模擬訓練で力の抜き方がうまくなり、対人の戦闘にも慣れたようだ。とはいえ、手加減をさせてばかりだと彼も消化不良になってしまう。時々息抜きの為に彼の全力での相手をしている。
リヴァナの傷を塞げたことを確認し、依頼主と仲間と状況の確認をしてはどうかと促すと、はっとして踵を返して馬車に向かう。さて…こちらはとりあえず盗賊を縛り上げますかね。
「ルーヴァル、あっちに飛んでいった2人を連れてきてくれ」
「ガゥッ」
軽く返事をして、一目散に飛んでった盗賊の元へ走っていった。
全員を縄で縛りあげた後、彼らが受けた傷は儂の回復魔法で血をとめておいた、傷口を塞いだだけで治癒したわけではないので痛みが消えることはない。お仕置きには充分だろう。
商人の2人と、リヴァナ達に魔術具の手紙を使って、クレモス領の衛兵に回収してもらう手はずを整えてもらった。
衛兵がいつ回収に来るかはわからないが、拘束で動けない彼らはこのまま野ざらしだ。ひょっとしたら魔物などに襲われてしまう可能性もあるが…そうなったら運がなかったと諦めてもらうしかない。
「シノ君、また助けてもらったね。本当にありがとう」
儂が賊縛り上げて一息ついていると、ダリオとティラが後ろから声をかけてきた。振り返ると2人は深くお辞儀をしている。
だが、2人の護衛をしていたのはリヴァネのパーティで、儂たちは状況が悪くなるまで様子を見ていた。礼は護衛という役目に真剣に取り組んでいた彼女達に伝えてあげてほしいと伝える。
「情けない話だが…あんた達が来なければ…あたしらはこの依頼を失敗していた可能性が高い。こちらこそ礼を言わせてくれ」
ダリオ達の後ろからリヴァナ達が現れた。
「あたしらはCランク冒険者パーティの『疾風と大地』だ。あたしはリヴァナ。このパーティをまとめてる」
リヴァナは4人を相手に取っていた斧使いの戦士だ。
「…グリナス」
口数が少なく寡黙で、褐色の肌に黒い鱗と尻尾を持つ男は有隣族という種族の男性だ。槍使い。
「私はリィナだよぉ~!よろしく~!貴方凄いのねぇ~」
明るくのんびりした口調の兎の耳を持つ兎人族は弓使い。戦闘中とは違う雰囲気に驚く。
「僕はアゼル。魔術師だ」
炎の術が得意で、後衛として全体的なパーティ戦術を考えているのが彼のようだ。それぞれと握手をし、こちらも自己紹介をする。
「儂はDランク冒険者のシノ。こちらはウルで、ルーヴァル」
Dランクの冒険者だと聞いて4人は目を丸くしている。
「…あの腕でDランクなのかよ。驚くぜ」
リヴァナが右手で頭を掻く。傷はどうやらウルに治療してもらったようで、綺麗に塞がっている。
「ねぇねぇ、アイゼラのギルドでマスターが直接対応した新人がいるって噂になってたよねぇ~?訓練場の傀儡人形ぶっ壊したとかって聞いた!」
「そういえば、小さな妖精と子狼の従魔がBランク冒険者をのしたって話もあったな」
「…エルフ」
「そうそう、エルフのやつらが急に、妖精がいるパーティには手をだすなって色々動いてたな?ひょっとしてあんたらか?」
アゼル、リィナ、グリナス、リヴァナがそれぞれ発言する。奉仕依頼と剣術指導でほとんどギルドにはいなかったが、妙な噂が広がっていたようだ。
「…間違ってはいないと思います」
儂は苦笑いしを浮かべつつも返事をした後、ダリオとティラにここにいる理由を聞く。
「父の指示で王都の本店へ移動する途中だったんだ。アイゼラは祖父と父が切り盛りしているからね。母が王都の本店にいて、そちらを2人で手伝うことになったんだよ。道中の村や町に立ち寄って商品の取引しながら王都に向かってたんだけどね」
「クレモス領で最近盗賊が出て、護衛がいない隊商が襲われることがあるって情報があったのよ。少し治安が乱れているらしくて護衛をお願いしたんだけど…襲われちゃったわね」
2人はお互いに目を合わせて肩を竦める。
「シノ君も王都まで行く予定なんだったら一緒にどうかな?正直、手紙を運んでもらっていた時はここまで腕が立つなんて思っていなかったよ。君達がいてくれるなら道中も安心なんだけどね。もちろん君達の分の報酬も出すよ」
ダリオから提案されているが、『疾風と大地』が受けた護衛依頼だ。彼らはどう思っているのか、まとめ役であるリヴァナに確認する。
「ギルドからの情報では盗賊は4人程度の小規模なものだったんだよ。8人で騎馬に乗って襲ってくるといった情報はなかった。ちょっと想定外でね。こちらとしてはぜひお願いしたい」
今回のような盗賊の人数だと、かなり規模が大きい盗賊団が存在する可能性があり、Bランクパーティの依頼か、Cランクパーティを複数配置する必要があるそうだ。リヴァナは依頼主が追加で報酬を出すというのであれば問題ないと言っている。他のパーティメンバーも頷いている。
「ウルちゃんとルーヴァル君にまた出会えて私も嬉しかったので、王都までの道中はぜひご一緒したいです」
ティラがウルとルーヴァルの頭をなでている。
「わかりました。では王都までご一緒させていただきます。この場合ギルドにはどう報告すれば?」
「それはあたしが教えてやるよ」
リヴァナが儂の背中を叩きながらにかっと笑う。パーティの面々と改めてよろしくと握手をする。
「では話がまとまったところで、馬車の積み荷を整理して次に向かいましょうか」
依頼主であるダリオの号令で全員が動き出した。
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