17話
儂らは編入について話をするため、応接室に通される。マーガレットに促され、中央にあるテーブルの向かい側のソファーに座る。
対面に彼女が座り、話始める。
「改めまして、アルヴェリア学園へようこそ。私はマーガレット・ヘンドリーと申します。この学園の総務部長を任されています」
マーガレットは優美な動作で挨拶をを行う。こちらも名乗って挨拶を返す。
「まず初めに、我が校のお見苦しい点を見せてしまい深くお詫び申し上げます。我が校は貴族、平民問わず、才能を持つ者すべてに門戸は開かれています。学外の身分を問わず、学内ではすべての生徒が平等である…という理念で運営しております。…ですが、一部の生徒にはあのような傲慢な振る舞いを行うものがいることも事実です」
儂の世界でもそうだったが、平民は貴族に逆らうことの恐ろしさを知っている。
大人の世界でも権力を持っているものが、揺るがない立場から弱いものに対して理不尽な行為を行うこともままある。
魔獣の中にも、弱い魔物や人間を甚振って殺す、ということをする獣もいるが、無抵抗のものを甚振るような行為は決して許せるものではないと、儂は強く思う。
「あの場面にいた生徒に聞いたところ、彼らは頻繁にあのような行為を行っていたようですが、把握されていますか?」
マーガレットは一瞬ため息をつき、表情を引き締めた。
「ええ。私たちも以前から彼らの行動には目を光らせておりました。しかし、巧妙に学内の規則や監視の目をかいくぐり、自らの立場を利用して行為に及んでおりました。これまでは被害者も泣き寝入りしてしまうことも多く、具体的な証拠が不足していたため、十分な処罰ができずにいました」
彼女は少し考え込むように沈黙し、続けた。
「ですが、今回は多くの生徒や、ヴィクター王子にも現場を目撃されており、彼の実家への抗議なども含めた調査、対応を進めることができるでしょう。こういった状況の発生を未然に防ぐよう、生徒の平等性を守るために尽力してまいります」
マーガレットは誠実さを感じさせる口調で、力強く言葉を続けた。
「この学園では、どの生徒も平等に学ぶ権利があります。貴族も平民も関係なく、その環境を整えることが我々職員の使命です」
彼女の眼には強い光が宿っている。彼女の言葉は信じても良いか、と思わされた。
「わかりました。今回暴行を受けていた彼のケアについてもお願いしますね」
マーガレットは神妙に頷く。話は一区切りし、編入手続きへと移る。
「それでは編入についてですが、今回はどなたかからの推薦状をお持ちでしょうか?」
学園の編入にはその才能を見初めた技術者、研究者や学園の関係者、もしくは伯爵位以上の上級貴族な推薦が必要になる。
もちろんと返事をし、レグレイド、シェリダンの署名が入った推薦状を渡す。
「なんてことでしょう…。ギレー領の領主代行と、ロヴァネ領主からの推薦状とは…。大変驚きました」
推薦状の内容を確認しながら、マーガレットはつぶやく。書状を綺麗に畳みなおし、封に収めると、咳払いし続ける。
「こちらの内容については把握いたしました。編入資格については問題がないようです。それでは、別の部屋で編入試験を受けてもらうことになります。問題ありませんか?」
「編入試験の内容をお聞きしても?」
そういえば、編入試験についてはどういったものがあるのか全く聞いていなかったな。 シェリダンは君なら大丈夫だよと言っていたが…。
「もちろんです。編入試験の内容は、学園での授業を受けるための基礎的な知識と技能を確認するものです。シノ君は剣術が得意だと推薦状にありましたが、間違いありませんか?」
「そう記載があったのであれば間違いないかと思います。それと合わせて、こちらのウルが魔法を学びたいと言っているので、並行して魔法の授業も取りたいと思っているのですが、大丈夫でしょうか?」
肩に座るウルを手で示す。
「人間の魔法を沢山見れるって聞いたからきたのだわっ!あなたたちの言う魔法を教えてほしいのだわ!」
移動中に儂とウルが話していたのには気づかなかったようだ。黙って座っていたウルが喋ったことでマーガレットが驚愕の表情をしている。
「こ…これは非常に珍しい妖精種の従魔ですね…。まさか言葉での意思疎通ができるとは思いませんでした。これはイレーネが喜びそうですね…」
マーガレットが最後にぼそっと誰かの名前をつぶやいたのが聞こえた。
「イレーネ、ですか?」
聞き返すと、彼女ははっとし、答えてくれた。
「イレーネというのは、精霊や、精霊術に関する研究をしているエルフ族です。彼女自身の種族に伝わっている妖精種の伝説などの研究も行っているんですよ。これから学園に通うことになれば、彼女に関わることもあるでしょう」
エルフか。アイゼラで出会ったエルフの冒険者の姿をつい、思い出してしまった。ウルを神のようにあがめていた姿が印象的だった。
「彼女は少し変わり者ですが、精霊術にかけては第一人者です。エルフでもなかなか使うことができない精霊術の使い手で、エルフの長寿を生かして、長い年月をかけて積み重ねてきた知識は計り知れません。彼女が興味を持つ分野は幅広く、精霊や自然に関する研究だけでなく、古代の伝承や失われた魔術にも精通しています。彼女との対話はとても良い学びになると思います」
彼女にとってもね…と最後に付け足すのを忘れなかった。
「イレーネは講義の時以外は研究所に籠っていますので、もし精霊術に興味があるなら彼女の講義に参加してみるとよいですよ」
「とてもいい情報をありがとうございます。入学が決まればぜひ講義を取ってみたいと思います。」
精霊術の研究を行っているエルフか。古代の伝承にも詳しいのであれば儂らの知りたい情報も持っているかもしれない。
「そちらの従魔の方の為に魔法の授業も受けたいとのことで承知しました。ひとまず、筆記については剣士向けの者を用意しますが、参考の為に魔法に関するものも容易致します。ウルさんに確認しながら回答して構いませんので、そちらにも対応してください。」
「お気遣いありがとうございます」
剣士用と魔法用の筆記か。魔法理論に関してはさっぱりだから非常にありがたい。マーガレットは話を続ける。
「筆記試験については、入学時のものとあまり違いはありませんが、実技試験は編入者に関しては通常のものより条件が厳しくなります。推薦者の信頼に応えるためでもありますし、学園に通うにふさわしい才能を持っているかをしっかり見極める必要があります。シェリダン様が『君なら大丈夫』とおっしゃったのなら、自信を持って臨んでくださいね。」
彼女の言葉には、微かな期待と好奇心がにじみ出ていた。
「編入試験についてですが、少々お時間をいただければこれから行うことも可能ですが、いかがいたしますか?」
なんと、編入試験のタイミングはこちらで選ばせてくれるそうだ。人によっては筆記の為に充分な時間が欲しいというものもいるらしい。
筆記についてはシャノンやサーシャが持っていた参考書の範囲で問題ないとシェリダンが言っていたので、その言葉を信じるしかない。
「分かりました。あまり時間をおいても変わらないかと思いますので、このまま受けたいと思います」
「わたしはいつでもいいのだわ!」
マーガレットはにっこりと笑い、軽く頷いた。
「承知しました。それでは編入試験の準備をしますのでしばらくお待ちください。準備が終わりましたらお呼びします」
優雅な動きで彼女は応接室を出て行った。
「楽しみね?筆記試験ってシャノンとサーシャが勉強してた感じのやつなのだわ??あのくらいなら楽勝なのだわ!」
ウルは自信満々といった表情を浮かべていた。
それから小一時間ほど待機したのち、編入試験が開始された。
筆記試験は1年生の剣士用ということで簡単な四則演算を使った文章問題が中心だった。
・剣士が1日で5回の模擬戦闘訓練を行う場合、1週間で合計何回訓練することになりますか?
・1つのポーションが10銅貨で売られています。手持ちに50銅貨所持しており、ポーションを3つ買った場合、残りの20銅貨で何を買うことができますか?
といった内容で少し安心したのは言うまでもない。
逆に、ウルに向けた魔法の問題には苦労することになった。
ウル達ピクシーは感覚で魔法を使っているため、自分達が行っていることを言語化することにまったく慣れていなかった。
指導については実際に身振り手振りや、魔力の流れを見ながら行うことができるが、紙面上に表現することにかなり頭を悩ませていた。
ちなみに、「魔法の詠唱が短いほど威力が低くなる理由を説明しなさい」という問いには「そんなことないわよ?魔力扱いがすべてよ!」と回答していた。
ウルが言うならそういうものなのかもしれない。儂は精霊術で魔法っぽいものを使うときは長い呪文は詠唱しないし、よく考えたらウルがサーシャに指導してた時も詠唱は何も教えてなかったな。
筆記試験は問題文を理解し。授業の内容を理解できるかどうかの参考にするだけと言っていたので特に問題はないとは思うが。
筆記試験が終わってマーガレットに連れられて、訓練場に移動する。
かなりの広さで、闘技場のような形だ。マーガレットに聞くと、この場所で武術や魔法大会などを開くこともあるため、このような形になっているそうだ。剣術や体術、魔法、特殊技能など専門の訓練場はまた別にあるらしい。
ここで1人の男性講師を紹介された。
「やぁ。君が編入を希望しているシノ君だね。俺はライナス・フェルステイン。現1年の総担をしている」
ライナスが差し出した手を握り返す。その手は皮がとても分厚く、剣ダコでごつごつしていた。彼は黒の眼帯に灰色の短髪、190クレートはあるだろうか?筋肉質でたくましい肉体をしている。歳は40歳前後、といったところか。
「この時期に編入生というのはかなり珍しいが、マーガレットから有望な剣士だと聞いている。あぁ、そっちの小さなお嬢様は魔法が使えるといっていたな。早速だが実力を見せてもらおうか」
ライナスは耳元に手をあて、何かを準備するようにと呟いている。すると、奥の扉から見知った人形が出てきた。
「傀儡人形ですか?まさかあれに攻撃しろ、…といった内容になりますか?」
「あぁ。なんだ、あの人形を知っているのか?」
儂は冒険者で、ギルドで同じことをし、その時はこの人形をばらばらにしてしまったと伝える。後からギルドマスターに聞いたところ、非常に高価なものだというのであれに攻撃するのは少し抵抗があるのだった。
「はっはっは!馬鹿を言え!あの人形が壊れることはまずない。冗談を言ったらいかん。その年で冒険者を名乗れるのであればそれなりの力を持っているとは思うが、あれを壊すのは無理だ」
がははと儂の言ったことをライナスは笑い飛ばす。
「冒険者ギルドにある人形もなかなか質は良いが、こいつはこの学園で最高の技術を使って作られている。それこそ、Sランク冒険者や、竜のブレスにも耐えうるものだよ。それに、ただ立っているだけでなく、攻撃をしてくるんだ。」
絶対に壊れないから安心して全力を叩きこめといってくる。
「壊れても儂らに請求しないでくださいね?」
「おう!むしろ壊せるくらいの実力者なら一発で合格だ」
どーんといけ!とライナスは儂の背中をバンバンと叩く。
「シノ、せっかくだからその装備で何か試してみるのだわっ」
ウルが頭の上から儂の顔の前に体を下ろし、声をかけてくる。
ここまでの道中でしっかりと技を試せる魔物などは出てこなかった。ウルの提案に乗ってみるか。
「…わかりました。ではやってみます」
儂が人形の前にでて構えようとしたとき、闘技場の各席に学園の生徒が40人ほどだろうか、ぞろぞろと現れた。
「あら、この時間、ここは空いていたはずなのですが…あれは1年生でしょうか?」
生徒たちの奥から教師の制服を着た若い牛人族の男性が出てくる。
「ライナス先生~。連れてきましたよ~」
「あれはロレンゾ先生?なぜ6組の子達が?どういうことですか?ライナス先生」
眉を寄せてマーガレットがライナスに聞く。
「まぁまぁ。この時期の編入で貴族の推薦があるとはいえ、彼は平民のようです。1から5のほかの組に入れるのは少々難しいでしょう?6組に加入することになると思いますので、顔見せがてらこの試験を見せてあげるもの良いかと思いまして。あの人形を壊したかどうかは別として、立ち姿はなかなかのものです。6組の生徒にもいい刺激になるかと思いますよ」
「はぁ…。まだ試験は終了してませんし…かなり先走っているかと思います。ロレンゾ先生も突然で大変だったでしょう…」
マーガレットは頭を押さえてため息をつく。
「あれ誰?」
「何してるんだろう」
「先生、急に予定の授業ぶっ飛ばしてどうしてこんなところに?」
「あれって門の前で揉めてたやつじゃない?」
生徒たちがこっちを見て騒がしくなると、ライナスが声を張りあげる。
「6組の諸君!ここにいる少年は現在編入試験を受けている最中だ。彼は現役の冒険者でもある!何か参考になる動きなどもあるかもしれないからよく見ておくように!」
「えぇ~?冒険者?本当に?」
「全然できる人に見えないんだけど…」
「従魔と一緒に戦うのか?」
ライナスの言葉から、生徒の視線が一斉に儂に届く。やりづらい、本当にやりづらい。ライナスはにやりと笑い、儂に構えるように促す。
彼の考えが見えないが、こうなった以上はやるしかない。
儂は腰を落として居合いの構えを取り、霊迅強化・纏と、付与を発動する。視線でライオスに合図を送る。
ライナスは右手を上げ、大げさな動作で振り下ろし、「はじめ!!」と号令をかけた。
ウルは遠慮せずにやっちゃうのだわ~と呑気な声援を送ってきた。
合図と同時に傀儡人形が動き出し、儂も地面を蹴って傀儡人形の目前に迫る。
「「早い!」」
観客席とライナスの言葉が重なる。
傀儡人形は攻撃してくるという言葉通り、想定より素早い動きで、腕が振り下ろされる。
儂は横に躱すと、傀儡人形の攻撃で地面がえぐれる。
(威力もなかなか…。もしガードできず受けたら重たそうだ)
「あれを避けるのか!?」
驚いているのはロレンゾ。傀儡人形は人間にはできない動きで腕を横に振り、儂の動きを追ってきた。
いい機会だ。纏の強度を確かめるために、宵月を抜き、追ってきた腕を剣で弾く。ギギイン!と鈍い音が鳴り、宵月から金色の光が散る。
その勢いに任せて儂は身を翻し、追撃をかわした隙に、振り下ろされた腕を切り落とす。
「「え!!」」
「なんだと!?」
腕が切り落とされたのをみて、生徒たちと、ライナスが驚愕の声を漏らす。
「まじか!あの人形壊せるのか!?」
「そんなわけないでしょ!?私たちの全力攻撃でも傷一つつかないのよ!?」
「おい!飛んだぞ!」
儂は高く飛び上がり、これまでに一度も試していない、精霊の力による剣の属性付与を試すことにした。この剣であれば、精霊の属性の力にも耐えられるはずだ。
「来い!炎!」
刀身に炎が広がる。かなり濃厚な炎の力だ。さすが精霊銀の刀身だけあって、精霊の力に対して何の邪魔もない。剣に纏う炎の巡りは至ってスムーズで、そのまま落下の勢いを利用して人形を斬る。
「宵月・焔!」
その瞬間、人形の体が2つに割れたかと思うと、闘技場の高さを軽く超える激しい火柱が立った。
「ばか…な…」
この試験を提案したライナスは絶句している。それ以外の、その会場にいる誰しもがその光景を信じられないような目で見つめていた。
火柱が消えると、人形はものの見事に灰になっていた。
(うむ。これだけの力を使っても剣や装備には何の問題もない。ドルグに感謝しないと)
濃紺の刀身を見つめながら、すっと鞘に収める。
「なかなかいい精霊術だったのだわ?宵月との相性が抜群なのだわ」
「ワウ!」
ルーヴァルとウルがこっちに来て声をかけてくる。
「今回は纏まで使ってみたんだけど、体の痛みもない。鍛えたのもあるとは思うけど、剣や装備にロスなく力が伝わっている感じがするよ」
「やるじゃない!」「ガウ!」と検証と確認をしていると、あたりが静寂に包まれていることに気づく。
見渡すと、儂ら以外のその場にいる誰もが目を丸くして儂を見ていることに気づいた。
「え…えっと…?」
ひょっとして…やりすぎた?
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