12話

 翌朝からシャノンとサーシャへの剣の指導が始まった。


 まず、10本の素振りをさせる。2人の剣の振りを見ていると、さすが騎士団長からの指導を受けているだけあって、良い剣筋を持っている。


 魔法をうまく活用し、少年少女であるがゆえの、体の弱い部分を補っているようだ。これまでにも真剣に取り組んでいた様子が見て取れる。


(剣の才…だけでいえばサーシャは飛びぬけているように見えるな)


 儂はもともとも剣の才自体はなかったといえる。前世界での長い修練によって磨かれた、いわば凡人の剣。しかし、サーシャの剣にはそのすべてを吹き飛ばしてしまうかのような輝きを感じる。8歳とは思えない。


 シェリダンが言っていたが、彼女たちの母は昔、ソットリス関門で名を轟かせた女騎士だったらしい。サーシャは母の血が大きく影響を与えているようだ。


 一方、シャノンはどちらかと言えば儂に近いようにも見える。筋はいいと思うが、剣だけを考えると一流に届くかどうか、だろうか。本人の努力次第ではあるが。


 素振りの状況を確認し、気になった点をいくつか伝える。2人は真剣な表情で聞いてくれているので、素振りの心構えのようなものを伝える。


「どのような事でも基礎は大事。まず、できる限り毎日剣を振ること。これは騎士団長も言っていたかもしれない」


 2人は頷いて肯定したので続ける。


「そして、木剣を振る際に"振ること"が目的にならないようにしよう。今の君達は体が成長している途中だ。身体強化で補助しているとはいえ、木剣を振る行為自体が体の大きな負担になる」


 幼いころの鍛練は難しい。むやみに剣を振ったところで、怪我にもつながりかねないし、非常に効率も悪い。


 しかし、人によっては小さいころから大岩を担いでいたという強者もいるし、ひたすら武器を振り続ける、拳を打ち続けることで大成したという者も居る。


 場合によっては鍛錬なんて必要ない、という者も居るのは面白いものだなと思う。


 ただそれは、ごくごくわずかな神の寵愛を受けたものみだ。才能ではなく、神の愛に包まれているからこそできるものだ。


 才溢れる者であっても、奢り高ぶり、基礎を蔑ろにして大成したものを儂は知らない。どんなものも、土台があるからこそ、その上に新しいものを組み立てていくことができるのだ。


「まずは1本1本の振りに集中し、その際に正しいフォームで、かつ体がどう動いているのか、どのような剣筋を描くのか、なども意識しながら振るようにしていこう」


 8割程度の力でできる、ギリギリの回数まで木剣を振るように伝える。


 2人の表情はとても真剣だ。この素直さをもって成長してほしい。


 型が崩れているタイミングなどを指摘しながら素振りの様子を見守る。


 2人がもうこれ以上振れない…といった状況になったタイミングで、同じ回数、利き手とは逆に構え直して木剣を振るようにと伝える。


「はぁ…はぁ…もう一度同じことをするんですか?」


 シャノンが汗を拭いながら首をかしげる。


「人の体の構造として、利き手ばかりを使っていると体の筋肉がそちらに偏ってしまうんだ。それでは体のバランスが崩れやすくなる。

 バランスが崩れるとスムーズな動きの妨げとなり、それが致命的な隙となることもある。それに、左右バランス良く鍛えることで、魔法で行う身体強化の負荷分散が効率的になり、柔軟性のある動きにもつながるんだ」


 儂は魔法が使えなかったので、魔獣との闘いの際の少しのバランスの崩れが致命傷になる危険性もあった。


 死に物狂いで鍛えた結果、どんなに態勢を崩したとしても右も左も同じように振れるようになったし、桜吹雪のような技も編み出すことができた。


 2人は納得したように頷く。


「わかりました。やっぱりシノさんの指導はとても為になります」


「シノお兄様の指導はとても分かりやすいです。わたくし自身、1つ1つの振りの質が上がっていくのを感じます!」


 子供達にはとても充実した表情が顔に広がっている。さすがに利き手と反対での振りはぎこちないが、少しずつ慣れていくだろう。


 この子たちのこれからの成長が楽しみになってきた。


「シノ、なかなかやるのだわ」


 なんと、ウルが感心した様子で褒めてくれる。少しのアドバイスだったが、子供たちの体に流れる身体強化の魔力の流れが劇的に変わったそうだ。


 儂には分からないが、いい方向に向かってくれているようで嬉しい限りだ。


 今日の訓練は思いのほか負荷が大きかったようで、2人とも肩で大きく息をしている。初めて剣を振り始めた時と同じような感覚で、これまで全く体を使えていなかったんだと肩を落としていた。


 模擬訓練もやっていこうかと思ったが、1週間程度は基礎訓練のみにあてたほうが良いかもしれない。様子を見ながら考えていかないと潰してしまうことにもつながる。


 きちんと体を休めながら、じっくりやろうと肩を叩きながら励ます。


 

 小一時間ほど栄養補給と休憩を行った後、魔法の訓練に移る。こちらは専門外なので、ウルが見ることになる。


 まずはサーシャが魔法を使う。サーシャは風の加護があるようで、風魔法の扱いがかなり上手だ。これは剣術と合わせるとかなり有益なのではないだろうか。


 続いてシャノン。彼には魔導の加護というものがあり、自身の魔力を効率良く活用でき、少ない消費量で魔法を使うことができるそうだ。ただ、各属性に対しての適正があるわけではないため、基礎的な炎魔法を使っている。


(サーシャは風の魔法をうまく活用すれば、相当な魔法剣の使い手になりそうだ。シャノンの魔力効率を考えると、身体強化にはかなり有効だが、現時点ではあまり目立つ力じゃないから、少し気にしているようにも見えるな)


 ふとウルを見ると、なんだか難しい顔をしてうーんと唸っていた。


「ウル、どうしたんだ?何か気づいたことでも?」


「サーシャの風の魔法は面白いのだわ!うまく使えば、剣の動きを助けながら体の動きをもっともっと早くしたり、剣に纏わせたりといったこともできるかもしれないのだわ!」


 もっと精進しなさいなのだわ!とサーシャの頭をなでる。


 サーシャは嬉しそうに笑みを浮かべる。ウルはくるりと振り返り、シャノンを見る。


 その眼差しが少し真剣なもので、シャノンは緊張しているようだ。


「シャノンはね~、残念だけど、魔法は諦めたほうがいいかもだわ?」


「…やっぱり…そうですよね…」


 シャノンは少し逡巡して口に出す。


「魔法はサーシャみたいに加護での適正がなくて…。うまく扱えないんです。魔力が効率的に使える加護を持っていても活用は難しいだろうって先生にも言われていました。ようやく初歩の魔法を扱えるくらいで…」


「シャノンの加護の特性と身体強化はかなり相性がいい。剣についてはこれからもっと鍛えてく必要もあるけど、組み合わせるとうまく活用できると思う。そのあたりどうなんだ?」


「そうなのよねぇ~。加護の影響で少し魔法が使えちゃうからこそ、なのだわ?身体強化はシノも似たようなの使ってるから、剣を扱うなら必要だわ?でも属性魔法は先がないのっ」


 サーシャのように属性の適正がないと、そこそこの魔法は使えるようになるが、それ以上の成長を見込めない。いくら魔力があっても、魔力効率が良くても、使用できる魔法が限られてくるそうだ。


 生活に使うだけの魔法であれば問題はないけど、戦いを視野に入れた魔法は難しいという。初歩の魔法を極め、威力を高めたとしても、上級の魔法には届かない。魔法の構成によって上限があるだとウルは解説した。


 例えば、火炎球ファイアボールを鍛えたと言っても、それはあくまで火炎球に留まる。速射できるようになったり、炎の密度が上がって、下手な上位魔法より強い炎を出せることもあるが、火炎獄ヘルファイアにはならない。


 シャノンは下を向いて肩を落としている。その肩は小刻みに震えているように見える。


「でもでも、安心なさいな!シャノンはすっごく精霊に好かれているのだわ?」


 ウルは下を向いたシャノンの顔を下から覗き込んでいる。シャノンは目に涙をためていたが、驚いたように顔を上げて、溜まった涙をタオルでふき取る。


「僕が、精霊に…ですか?」


「そうなのだわ!今魔法を使ったときに火の精霊たちが騒いでたから間違いないのだわ!でもシャノンは火の精霊より、水に呼ばれてるみたいなのだわ~」


 ふんふんふーんとご機嫌に飛びながら庭の中央にある噴水にウルが近づいていき、「ウンディーネ、いらっしゃいなのだわ~」と噴水でひらひらと舞う。


 すると、噴水の水がザザーっとせり上がり、水が羽の生えた小さな人型を取った。


「この子はウンディーネ。きっとシャノンの力になってくれるのだわ!」


 ウンディーネがシャノンの顔の前に移動し、興味深そうに顔を覗き込んでいる。


「え?え?ど、どうすれば」


 慌てているシャノンの額にウンディーネが口づけををすると、紋が浮かびあがる。あれはルーヴァルに名前を付けた時と同じものでは?


「それで大丈夫なのだわ!これでウンディーネはいつでもシャノンに力を貸してくれるのだわ」


 いまだに信じられないといった表情でシャノンは言葉を発せない。その肩にはウンディーネが楽しそうに座っている。


「お…お…お兄様…シャノンお兄様ぁぁぁ」


 シャノンの後ろから、サーシャが妙な威圧感を持って現れる。


「なんて羨ましいんですのー!!!!!なんて素敵な妖精さんー!!!わたくしにも見せてくださーい!!!」


「わぁぁぁぁ!!サーシャぁぁぁぁ!」


 サーシャに追い掛け回されるシャノン。追いかけるサーシャの笑顔には、妖精と契約した兄への羨望ではなく、どこか安心したような雰囲気があった。




 それからウルは精霊の力の扱い方をシャノンに教えながら、サーシャの風魔法についても色々とアドバイスを行っていた。


 儂も精霊の力の体の中での動き、微妙な扱いなどを見直すため、瞑想に取り組む。あまりに熱中してしまっていたせいか、終了時刻の三の鐘に気づかず、ウルに叱られてしまった。


 今日の訓練にかなり手ごたえがあったのか、子供たちは非常に充実した顔をしていた。

 前の世界の道場の門下生も、自分の成長に喜びを感じていたなと思いだす。


 この世界に来てから習得した技術は足りないことばかりだ。儂もまだまだ未熟者。この子達と一緒に成長をしていこうと強く決心したのであった。




 その後、子供達と昼の食事を行った後は冒険者ギルドに向かい、サラが選んでくれた奉仕依頼に向かった。

 儂たちの冒険者としての初仕事は、腰を痛めて動けないおばあさんに代わっての買い出しと、家の前にある排水溝の溝攫いである。


 華々しい討伐任務での冒険者デビューという訳でもないが、彼女の選んでくれた依頼に間違いはないと思う。人と関わり、困った人を助けることも、冒険者の仕事だと誰かが言っていた。


 依頼主のおばあさんはウルにびっくりしていたが、依頼が終わった頃にはすっかり意気投合していた。ウルのコミュニケーション能力は素晴らしいものがある。


「せっかくだから治してあげるのだわ!」と帰り際にウルが腰の治療をしてあげると、泣くほど喜んでくれた。腰の痛みで長時間動けず、また、治療を受ける費用もないため、友人の力を借りて依頼をしたり、ご飯を食べさせてもらったりしていたそうだ。

 治療が効きすぎたのか、体中の痛みがなくなったそうでとても元気になった。


 また顔出しに来ることをおばあさんと約束し、ギルドへ報告に向かった。

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