11話

 書類関係が終わった後は、サラが依頼掲示板の前で各種依頼について説明する。


「掲示板のこちら側が一般依頼になります。右に行くにつれて上位向けの依頼になっています。そして下にあるほど難易度が低く、上に行くほど依頼の難易度が高くなっていきます。しばらくはこちらは気にせず、こちらにある奉仕依頼から依頼をお探しください」


 サラの説明を受けながら奉仕依頼について確認をする。


 内容はかなり多岐に渡る。簡単なもので一人暮らしの老人の買い物の手伝いや、排水溝の溝攫い、街中の手紙の配達などがあり、難易度が高いものとしては、孤児院で子供の相手や、近くの村の魔物対策など様々だ。


「沢山ありすぎてわからないのだわ?」


 ウルが依頼を見ながら首をかしげている。ウルは湖にいたときは全く文字が読めなかったが、サーシャから教えてもらったことで文字を読むことはできるようになっている。たった数日で習得できるたのだから、ピクシーという存在が凄いのか、ウルの好奇心の賜物なのか。


「確かに。何を選んでいいのか迷うね」


 非常に幅広い依頼があるため、正直どれを受注しようか迷ってしまう。ロヴァネからの依頼もあるので、どの依頼が最適か判断がつかない。迷っていると、サラが声をかけてくる。


「もし受注の依頼について迷ってしまうようでしたら、私がシノ様たちに最適そうな依頼を見繕いますがよろしいでしょうか?」


 この提案はとても助かる。儂は頷き、ぜひお願いしたいと返事をする。


「かしこまりました。それでは明日までに良い依頼を…」


「おいおいおい~!アイゼラの冒険者ギルドは精鋭揃いと聞いていたがぁ…なんだなんだぁ!小便クセェガキでも冒険者ができんのかよぉ!」


 サラの言葉を遮るように、がらがらと下品な笑い声をあげてこちらに向かってくる3人組がいた。丸坊主で鋭い目つき、短髪で細身、もじゃもじゃの頭で無精ひげと、それぞれ特徴がある男達だ。


「初めての方々ですね。他の街からいらっしゃった冒険者の方でしょうか?あちらのカウンターで受付をしておりますのでそちらへお声がけくださいますか?」


 3人組にサラは案内を行う。男たちは一瞬、面食らったように顔を見合わせた。しかし、次の瞬間にはまた不快な笑い声が響いた。


「へっ!なんだぁ、冷てぇ嬢ちゃんだなぁ!ガキのお守りはできても俺達の相手はできねぇってか?俺たちはBランク冒険者だぞ!」


「なぁ、そんなガキのお守りなんかやめてよ?俺達の案内してくれや。そんな美人なのに勿体ないぜ?一日じっくり大人の案内してくれると嬉しいんだがなぁ」


 短髪と、もじゃ頭の男の下品な笑いがギルド内に響く。


 丸坊主の男のが自分の股間をまさぐりながらぐいっとサラの方に歩み寄り、無造作に手を伸ばして彼女の肩を掴もうとした。しかし、その手は一瞬で動きが止まる。儂が男の手首を掴んだからだ。


「彼女とは儂が話しています。大事な案内をしてもらっているので、遠慮していただけますか?」


 にっこりと儂は丸坊主の男に笑いかける。この男は周りから冷めた視線が届いているのには気づいていないようだ。


 もしくは、気づかぬふりをしているのか?しかしこれでBランクか。エリオスとは比べ物にならないほど動きが悪いように見えるが、本当か?


 丸坊主の男は儂が掴んだ手を振りほどき、のぞき込むように顔を寄せる。


「あぁ?ここはガキのお遊びでくるようなとこじゃねぇぞ?それに爺みたいな話し方しやがって。気持ち悪いやつだな…っておい!お前、城門の時のクソガキじゃねぇか!!」


 何かを気づいたように叫ぶ。その瞳には怒りが宿っているように見える。彼は丸坊主で顔が傷だらけでかなり特徴がある。会っていれば覚えいないなはずはないのだが…。


「…あなたとはどこかで会ったことが?」


 問いかけると、丸坊主の男はふざけんな!と怒り出す。


「おまっ!!!忘れたとかマジむかつくガキだぜ!!そこに飛んでる妖精もどきと、くそ犬!!貴様らのせいで警備隊に丸1日監禁されてたんだからな!!」


 どうやら入り口で儂らをみて騒いでいた冒険者パーティのメンバーだったらしい。


「あーあの時の変な人間なのだわ??」


「ワウ~??」


 ウルとルーヴァルはコテンと頭を倒し、不思議そうに冒険者たちを見る。その様子をみて馬鹿にされていると感じたのか、3人は顔を真っ赤にしている。


「お前達のせいで依頼の期日を達成できなかったんだ!!絶対許さねぇ」


「そこの妖精もどきと子犬をよこせ。そいつらは金になりそうだから売って今回の損失の補填に充てる。それで許してやる」


 短髪の男がキッとにらみ、もじゃ頭がなかなか無茶な要求をしてくる。


「待ちなさい。期日を守れなかったのは貴方達の計画が良くなかったのではないですか?第三者に責任を転嫁するのは良くありません。それに冒険者ギルド内で暴力行為は禁止されています。落ち着いてください」


 サラが間に入って気ぜんとした態度で男たちを止めようとする。


「うるせぇ!」


「キャッ」


 丸坊主が腕を払い、横殴りでサラを吹き飛ばす。吹き飛ばされたサラは掲示板にたたきつけられて崩れ落ちた。


「サラさん!!」

「サラ!!」


 ギルド職員が駆け付け、ギルドマスターを呼ぶように叫ぶ。


 …なんだこいつらは?本当に冒険者なのか?なぜこんな奴らがBランクに上がることができた?儂もさすがに我慢ができなくなってきた…のだが、儂以上に怒っているものがいた。


「あんた達、さすがに調子に乗ってるのだわ」

「ガゥ~…」


 ウルとルーヴァルが静かに3人の前に進み出る。その後ろ姿からはものすごい怒りの波動を感じる。


「なんだなんだ、やけに素直に前に出てくるじゃねぇか?俺達との力の差にビビったか?それともお坊ちゃんには手をださないでぇ~か?ぎゃはははは」


「お前みたいな空飛ぶ女型の魔物をよぉ…ペットとして楽しんでる変態爺もいるからなぁ…そこの犬は闘犬としてよさそうだからよぉ…ヒヒヒヒ」


「よ~しよし、じゃぁ遠慮なくお前達は売りさばいてやんよぉ!」


 丸坊主がウルの体を掴む。その瞬間…バリバリバリ!!!と轟音がギルド内に響く。続けてバババババ!!!という炸裂音がもう1つ発生した。


「がぁぁぁ!!!が…は…」


 ウルを掴んだ丸坊主が目を見開き、体が光っている。何らかの衝撃が体中を伝わっているようで、全身をガクガクと震わせたかと思うと動かなくなる。ウルは固まった指の隙間からするっと抜けだした。


「なん…じゃばばばばばば!!!」


 ルーヴァルの足がもじゃ頭の足に添えられ、彼の体に電撃が走る。体中が痙攣しながら、一瞬で髪の毛が獅子のたてがみのように逆立つ。


 2人同時にドサッと床に崩れ落ち、丸坊主は口から泡を、もじゃ頭は薄い煙を吐き出しながら白目を剥いて気絶している。


「え?」


 一歩後ろでその様子を見た短髪の男は腰を抜かしたようにその場にしゃがみこみ、失禁して呆然としている。外から見れば数秒の一瞬のように見えたが、本人達にはとても長い時間に感じたのかもしれない。


 ウルがその透き通るような黒の瞳に冷ややかな光を放って3人を見下ろす。


「殺さなかっただけ感謝するのだわ」


 この言葉には底冷えするほどの恐ろしさを感じた。ウルとルーヴァルがとても満足したようなすっきりした顔をしていて、ギルド内には妙な静けさが漂う。


「あー、なんだか凄いことになっているね。とりあえずその冒険者達は束縛しておいて。それから警備隊に連絡して引き渡す準備を。続けて問題起こしてるみたいだからね。アレン、申し訳ないが手伝ってくれないか?」


 静けさを打ち破るように、2階からギルドマスターが居りてきて指示を出すと、にわかに騒がしくなる。


「いいっすよ~」


 バーカウンターにいるアレンという冒険者が手を挙げると、そのほか数人が自主的に丸坊主たちの束縛を始める。


「すまないね、シノ君。もう少し早く降りてこれたら良かったんだけど…サラにも悪いことをした」


 額に手を当て、サラのほうを心配そうに見やる。まだ意識は戻っていないようだ。


「ウル、サラを手当してあげてくれないか?」


「もちろんなのだわ~」


 ひゅ~と飛んでいき、サラに回復の魔法をかけると、彼女は意識を戻した。特に大きな怪我はないようで安心した。


「すみません、サラさん。まさか彼らが暴力的な手段に出るとは思わず…サラさんを危険に晒してしまいました」


 儂は深くお辞儀をして謝罪する。サラはハッとしたように周りを見渡し、同僚から眼鏡を渡されかけ直すと立ち上がる。


「いえ、これは私の最初の対応が誤っていたかと思います。不審な発言をしている時点でマスターを呼ぶべきだったかと。こうして回復をしていただきましたことも感謝いたします。シノ様はお気になさらず」


 私もまだまだ未熟ですね、と対応の甘さを反省している。ウルの魔法で冒険者から受けたダメージは回復しただろうが、殴られた恐怖はあるだろう。


 それでも、報告書に書かないといけないから、この冒険者たちはどうなったのですか?と状況を聞いてくる。なんともプロ意識の高い女性だろうと感心してしまった。


 ギルドで暴れた冒険者たちについてはギルドマスター・エルドリックが対処をしてくれることになった。


 血の気の多い冒険者たちもいるため、冒険者ギルドで騒ぎが起こるのは日常茶飯事。だが、職員を巻き込んだ問題になることは殆どなかったため、エルドリックは非常に胃が痛そうに笑っていた。


「それにしても失礼なやつだったのだわ~!わたしを何度も妖精もどきとか言って我慢できなかったのだわ!!」


「ワウ!!」


 ウルはほほを膨らませていて、ルーヴァルも犬と呼ばれたことが逆鱗に触れたようだ。


「妖精って言われるのはまだいいのだわ!でもなによ『もどき』って!!!わたしはピクシーなのだわ!!!」


 ウルが大きな声で不満を口にした瞬間、ガタガタガタ!とまだまだ落ち着かないギルド内で何かが複数倒れる音が聞こえてきた。


「な…なになに??なんなのだわ?」


「わう~?」


「…なんだろう?」


 音が聞こえたほうを見ると、数人の男女のエルフが立ち上がって目を見開いてこちらを見ていたり、椅子から転げ落ちているのが見えた。




 エルフの冒険者たちは儂らを…というより、ウルを取り囲む。彼らが突然立ち上がったり、驚いたりして椅子から転げ落ちていたのは、ウルの存在があったからだった。


 エルフもドワーフと同じく精霊から産み落とされた存在で、ドワーフと異なり、こちらはより精霊に近い存在だそうだ。


 ある時期を境に肉体の成長が止まり、人間の年齢で言うと20~25歳くらいの姿で、その生が終わる時まで固定される。彼らの寿命は平均で1000年くらい。


 その生を全うした後、生命の海に還り、再び地上にエルフとして産み落とされることを待つそうだ。


 より精霊に近い存在にまで昇華したエルフはハイエルフと呼ばれ、その寿命は3000年ほどになり、肉体的な死を迎えた後は、精霊として存在することになる者もいるとウルは言っていた。


 何人かエルフ出身の精霊も知っているとかなんとか?ハイエルフ自体はかなり人数が少ないそう。


 その人の生き方によっては精神生命体に限りなく近づき、永遠を生きると言われるほど長寿命のエルフもいるようだが、それはかなり特殊な個体になるようだ。


 エルフの冒険者達には種族としての伝承で、精霊種の頂点にいるピクシーの存在は伝わっており、昨日からギルドで強い精霊の存在を感じて落ち着かなかったらしい。


 今日、ウルがピクシーであると名乗ったことで、エルフ族としての神に近い崇拝対象が目の前にいることに大変な衝撃を受けたそうだ。


 この場には6人のエルフの冒険者が居るが、急にウルに祈りを捧げ始めたり、今のパーティをすぐに抜けて儂たちの旅に同行したいなどと言い始めて、エルフ達が所属しているパーティ含めて大騒ぎになってしまった。


「わたしにはシノがいるのだわ?アナタたちはいらないのだわ?」


 ウルがそう言ったことで、崇拝対象を困らせたくないエルフもなんとか引き下がってくれた。


 その代わり、いつか里に来て祝福をお願いしたいと言われたが、そちらについてはウルも知らない土地を見るのを楽しみにしているので受け入れることになった。


 いつかエルフの里を訪ねるのも予定に入れておこう。なんというか、昨日に引き続き今日も何とも波乱に満ちた一日になってしまったような気がする。


 なお、彼ら達が陰で動いてくれたのか、この日以降、ギルドで変に絡んでくる冒険者はいなくなった。

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