10話

「なんだって?ミスリルが欲しい?」


 シェリダンが目を見開く。


 ロヴァネ家との食事会はあくまで私的な交流になので、とても和やかな雰囲気で進んでいた。


 冒険者ギルドでの出来事や、ドルグの店、肉屋の話しなどをシャノンとサーシャが興味津々といった様子で聞いてくれた。


 ウルは肉屋の店主が良い人間だったとか、とても肉串が美味しかったと熱く語っている。


 食事も一通り落ち着いたタイミングでシェリダンにミスリルについて質問をした。


 儂の使う技には通常の鉄や鋼、魔獣の素材とかなり相性が悪く、最低でもミスリルの素材が必要だということを伝える。


「ロヴァネ領にはミスリルの鉱山があると聞きました。もし可能なら、個人的に採掘をさせていただくか、できうる限りお安く譲っていただけないかと」


 シェリダンは食後に出された紅茶を口にしながら、思案しているような表情になる。聞いた内容を吟味しているようだ。


「そうか。しかしミスリルの加工にはかなりの技量が必要になる。なかなか良い職人と出会えたようで何よりだよ。ドルグか…そんな名工がこの街に埋もれていたなんてね」


 にこりとシェリダンは微笑む。


 ミスリルは特殊金属であり、加工がかなり難しいそうだ。鉱石を精錬するのもかなりの技術が必要で、並みの職人ではインゴットから形を変えることもできないという。


 ドルグは事も無げにミスリルで武器を作ると言っていた。シェリダンの話しが本当なら、相当に高い技術を持った職人だ。


 シェリダンはトントンとテーブルの端を叩き、ちらりと子供達に視線を送る。その様子をシャノンとサーシャが何やら期待の籠った目で見ている。


「よし、そのミスリルについては私から君達に無償で提供しよう。もちろん、武器のみならず、君自身の装備を整えることができる充分な量を用意する」


「え!?」


 ミスリル自体は儂が居た世界にもあり、そんなに簡単に手に入れることができるものではないことは知っている。過分に見える提案に驚き、言葉が出なかった。


「実は、君達にどういったお礼をすればいいか迷っていたんだ。正直なところ、私達から見て”死の森”と言っても過言でない最果ての大森林から2人を救ってくれたことに対して、生半可なものは出せないからね」


 シェリダンはシャノンとサーシャを救ったお礼として提供するという。


 この街への入場や、冒険者ギルドでの口利き、この領主邸の離れでの宿泊などを手配してもらっているのに過剰すぎないだろうか?


「あれは当然のものだよ。むしろ最低限といっていい。それに、そのほとんどがギレーからの謝礼という側面が多くて、ロヴァネからはまだ何もできていないようなものだからね。

 あわせて、父として、一人の親としての感謝の気持ちとして受け取ってほしい。君が言っている"できうる限り安く"の要望にも沿っているだろう?」


 これでもまだ足りないとは思うけどねと笑う。ここまで言われてしまうと、変に断るのも失礼にあたりそうだ。


「承知しました。それではそのお気持ちに甘えて、受け取らせていただきますね」


「よろしい」


 ミスリルの話が一段落した後、続けて子供達が話があるようだから聞いてくれないかとお願いされる。


 儂にできることならと返すと、シャノンとサーシャが立ち上がる。


「シノさん、よろしければ、僕達に剣の指導を行っていただけないでしょうか」


「わたくし、シノお兄様の剣を学びたいと思っているんです」


 2人は双子で、現在8歳。6歳から魔法の教育を受け始め、7歳から剣の基礎訓練を受けているそうだ。


 現在の剣の指導者はロヴァネ領の騎士団長で、魔法を活用した基礎訓練を行っている状況とのこと。


 シェリダンによると、彼らの上に男子がおり、そちらがロヴァネ領を継ぐことになるため、2人は領主補佐、もしくは騎士団への入団なども視野に入れて教育が行われているようだ。


 現時点ではどのような道に進むかは本人達次第だが、様々な経験をさせてやりたいという。


「儂自身、前の世界で生きた経験があるとはいえ、この世界に来てからの剣は修めたと言えるほどのものではないよ。まだまだ改善しなければいけない部分も多い未熟者だ。それでもよいのかな?」


 こちらで使っている武器も慣れ親しんだ刀、月華ではない。慣れない武器で騙し騙しやっている状況だ。それに、対魔獣に特化しているためか癖が強いと思う。


「それでも!です!不得手な武器を手に取りながらもロヴァネの騎士団長に勝るとも劣らないその技を学びたく思います!」


「シノお兄様の美しい剣筋に魅了されてしまいました。わたくしはその技を、わたくしの指針としたいのです」


「「どうかよろしく願いします」」


 それぞれの思いとあわせ、子供たちは頭を下げる。


「面白そうなのだわ?わたしも2人の魔法も見てみたいのだわっ!」


 人間が使う魔法を間近で見る機会は少ないからいい機会だとウルが言う。


「…わかった。すでに一角ひとかどの人物に指導を受けているようだし、その指導方針などもあるだろう?あまり邪魔にならないようにできる限りのことはするよ」


 シャノンとサーシャは顔をあげ、パァッと明るい顔になり、依頼が受け入れられたことに喜びを隠せなかった。2人には期待に満ちた笑みがその顔に広がっていた。


「シノ君が受け入れてくれてよかったよ。こちらについても私から提案なんだが、この件で冒険者ギルドに指名依頼を出そうと思っている。

 今は春の一月の下旬だから、期間は春の二月の末まで。そして、その際の報酬は大銀貨5枚だ」


 君の装備をそろえる値段としては充分な報酬だろう?とウィンクする。


「とても助かりますが、そこまでしていただいて良いのですか?」


「あぁ。何も問題ないよ。私達家族の英雄に対しての餞別と捉えてもらって構わない」


 こちらについても受け入れることにした。どうやって装備の費用を稼ぐかは課題だったのだから。


 シェリダンはお礼だと言っているが、大分借りを作ってしまった気もしないでもない。


 シャノンとサーシャの稽古を見るのは2日後から始めることで話がまとまった。




 次の日、三の鐘以降に、ということだったので、よさそうなタイミングで冒険者ギルドを訪ねた。相変わらず沢山の冒険者がいて賑やかだ。


 休憩をしている冒険者も多いようで、奥のバーカウンター周辺でもこの時間から酒を飲んでいる者もいる。すでに依頼が終わった冒険者か、休日の冒険者か。


 儂はカウンターに向かい、受付嬢にサラがいるか聞く。受付嬢は「少々お待ちください」と椅子をすすめ、奥へ早歩きで向かった


「お待たせいたしました。シノ様、ウル様」


 サラがカウンターの奥から書類をもって現れた。彼女の振る舞いや所作には受付係をまとめる長としての美しさが感じられる。


 そういえば、エリオスがサラは受付の女の子に非常に人気が高いと言っていた。サラに憧れて受付を志望する冒険者や、平民の女性もいるとかいないとか。


「あらためて、こちらが冒険者として登録が完了した方に発行されるブレスレットです。まずこちらを腕に着けてください」


 ブレスレットを受け取り、左手につける。

 すると、ウルやルーヴァルの従魔契約で使用したリングのように、金属部分が消え、魔術刻印が手首に刻まれた。何度見ても興味深い現象だ。


「それと、こちらはタグになります。この紋章の裏に血判をお願いいたします」


 コインの形をしているペンダントを渡される。表に冒険者ギルドの紋章が入っていて、裏にも何らかの魔法陣が刻まれている。言われた通りに血判を押す。


 その様子を見たサラは説明を続ける。


 ペンダントはブレスレットの魔術刻印と連動しており、ペンダントに血判を登録した上で、ブレスレット側の魔術刻印に指をあてると、現在の自分の冒険者としての情報などを表示することができるとのことだ。


 言われた通り魔術刻印に指をあてると、四角い青い光の幕のが浮かびあがる。そこには儂の名前や、現在の冒険者ランクが表示されていた。


 とても驚いた。このような技術は儂の元の世界にはなく、冒険者は確かカードか何かで自分の情報を管理していたはずだ。

 こちらの世界では魔術具と呼ばれる道具の研究がかなり進んでいるようだ。ウルも興味深く見ている。


 何らかの理由で魔術刻印が刻まれた場所を失ったり、命を落としてしまった場合は、コイン型ペンダントが認識票の代わりを果たすので常に身に着けておくか、所持しておいてほしいとのこと。


 儂は了承の頷きを返す。


 また、商人ギルドに資金管理部があるそうで、そこに口座を作ると、報酬がそちらに自動的に追加される仕組みもあるようだ。


 商人ギルドに寄って口座を作ることを勧められる。これが終わった寄ってみようか。


 冒険者はランクが上がれば上がるほど報酬の額も上がるため、資産管理の安全性から最近導入された仕組みのようだ。


 年齢も表示されるのだが、こちらは11歳で登録している。前の世界では82歳まで生きていたが、正直、今の年齢をどうすればいいのかわからない。


 この姿で80歳超えていますなんて言っても信じられるわけがない。


 なので、ロヴァネ家の長子より少し下に見えるというのを参考に設定した。また、王都の学園に11歳から通うようになるとのことで、歳の頃としては丁度いいかと思ったからだ。


 この年齢表示は誕生した日が基準になるのではなく、冬が終わり、春の暦になると自動的に加算されるそうだ。


「それでは、冒険者の階級や依頼についてお話しますね。シノ様は現在、Eのランクに設定されています。こちらはノービスを明けた冒険者、一定年齢を超えて登録した冒険者全員が配置されるランクになっています」


 Eランクから1つずつ上がっていき、冒険者で指定できる最高のランクがSランクだそうだ。

 非常に珍しいが、ランクにおさまらない活躍をした冒険者は超級、スペシャルとして設定されるという。


「ランクの上昇の為には依頼をこなしていただき、昇級のための点数を満たしていただく必要があります。なお、この昇級点については一般依頼よりも奉仕依頼のほうが高く設定されております」


 ギルドの一般依頼は貴族や商人、特別団体や研究者など、資産を持っている方からの依頼が多く報酬も銀貨からとなっており、比較的高い。冒険者が多く受ける依頼はこちらだ。


 しかし、奉仕依頼は地域社会への貢献の意味を込めて、個人からの依頼を格安で請け負っているもの。そのため報酬も銅貨での支払いしかない。


 奉仕依頼はその労力の割に報酬が少なく、避けられることも多いため、昇級点がかなり優遇されているそうだ。


 ランクを上げるためには、規定回数の奉仕依頼を受ける必要があり、ランクが上がっても、定期的に奉仕依頼を受ける必要がある。


 エリオスはCランクに位置していて、このギルドでも有望株の冒険者だそうだ。もうすぐBランクに上がる可能性もありますね、とサラは言う。


「一般依頼は基本的にDランク以上の冒険者が受注できるものです。ノービスやEランクの方は奉仕依頼のみの受注となっております。

 Dへの昇格のためには1ヶ月で30点の昇格点を取得していただく必要があり、そのうえで、試験に合格する必要があります。

 シノ様の実力は承知しておりますが、まずはしっかりと冒険者としての任務に慣れていただいたほうが良いでしょう」


「は~。人間は結構面倒なことしているのだわ?」


 ウルはカウンターの上で横になり肘をついて、書類を眺めている。


「どうしても冒険者は死と隣り合わせになりますからね。できる限り、無駄に命を散らなさないよう、ギルドでサポートを行っています」


 サラはウルに向けてにこりと微笑む。「普通の人間はひ弱だからしかたないのだわ~。シノは特別なのだわ」とウルは納得したようだ。


「では、しばらくは奉仕依頼を受けつつ次のランクを目指していくという形になりますね。儂としては次の目標ができて安心しました」


 子供たちの剣を見ながら、自身の技を見つめるにはちょうどよさそうに思う。…あれ?あぁ、だからシェリダンの依頼は次の月末までだったのか?


「最後になりますが、今朝、シノ様に対して指名依頼が入ってきました。先ほどもお伝えしましたが、Eランクは一般依頼は受注できません。しかし、指名依頼についてはギルドマスターの許可があれば受注は可能です。確認は完了しておりますのでこちらにも署名をお願いします」


 サラが差し出してきた書類にサインをする。サインを確認し、サラは手元のファイルに収納する。こちらは特例での受注になるので昇格点には影響しないようだ。


「…本日も驚かされました。まさかシノ様がロヴァネ家とも繋がりがあったとは思っていませんでした。ギルドマスターがこの指名依頼の内容を見て固まっていましたよ。彼は普段冷静で落ち着いた方なのですが、昨日今日はさすがに大きく感情が揺らいだようでした」


 くすくすと口元に手を当ててサラが笑う。ギルドは基本的には中立で、領主や国王であってもギルドの運営に関与してくることは殆どない。


 それなのに、ギレー領のみならず、他領の領主までもができる限りのことをしてほしいと連絡してきた。訓練場の出来事もあり、「あの少年は一体なんなんだ…」としばらく抜け殻のようになってしまったそうだ。


「これからシノ様は私が担当して対応させていただきます。何かあればいつでもお声がけください」


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