7話

 それから応接室にいたメンバーで会食が開かれた。


 ウルは初めて、儂以外の人が調理した食事を食べて一口食べるごとに「美味しいのだわ~!!」と飛び上がっていた。


 バルフォードとウルが想像以上に意気投合していて、サーシャがウルを取られたような目でバルフォードを睨んでいたり、ルーヴァルが肉を食べている様子を見て酔ったシェリダンが絡んでルーヴァルにそっぽ向かれ、シャノンに慰められていたりとなかなか賑やかな宴だった。


 いつ振りだろうか?ここに来る前、年老いてから体が満足に動かなくなってからはこうした賑やかな会に縁がなかったので、儂自身も自然と笑みが出て楽しさを感じる時間だった。


 次の日の朝。ソットリス関門駐屯地からアイゼラへ出発した。レグレイドは今回の事件のことも踏まえて襲撃を警戒していたが、例の傭兵団に襲われるようなことはなかった。


 森の中で巨猿鬼にやられていたのが20人程度居たようなので、かなり大きく戦力が低下している状態なのではないかとも思う。早々新たな一手を打ってくるのは難しいのではないだろうか。


 道程の中程迄きたころ、昆虫型の魔物の襲撃があったが、最果ての大森林の魔獣ほどの脅威を感じなかったため、ルーヴァルに任せることにした。


 前人未踏の地と言われているだけあって、ソットリス関門の向こう側とこちら側では魔物の存在感は格段に違う。まだまだ小さいルーヴァルでもこのあたりの魔物なら自由にやらせてよさそうだった。


 ルーヴァルと魔物との闘いをみていたレグレイドが呆れたように「子犬のような姿をしているが、さすが雷牙狼の子ですね」とつぶやいていた。


 道中、儂は馬車は遠慮して、馬を用意してもらった。こうして風を感じながら移動するのはとても気持ちが良い。大森林とはまた違った感覚があってワクワクしてしまう。


「あー!なにか見えてきたのだわ!!あれが街なのだわ??」


 ウルが指さすた先に城壁が見えてきた。ソットリス関門ほどの重厚感はないものの、肉厚な石の城壁のように見え、外部からの侵入は絶対防ぐという意思を感じさせる作りをしている。


「ソットリス関門に近いこともあって、かなり防備を重視した作りなっているみたいですね」


「そうですね。関門には我が領の精鋭が詰めておりますが、万が一に備えての対策を怠ることはできません。実は100年ほど前に大森林から魔獣たちが多数あふれ出す『大侵攻』という状況が発生し、多くの魔獣がこの領内を荒らしました」


非常に大きな被害が出たのです、とレグレイド。


「それをきっかけにソットリス関門が築かれたのですが、この街もその時の教訓をもとに設計されています。この街に暮らす領民、そして周辺の町や村の避難場所としても運用ができるよう考えられています」


 隣で馬に乗っているレグレイドが答えてくれた。100年ほど前といえば、ウルが森に人間が来ることが少なくなったと言っていた時期と一致する。


 大侵攻の状況がどういったものだったかはわからないが、大森林の魔獣は手ごわいものが多い。あの関門を魔獣が絶対に乗り越えてこないとは限らない。備えをするのは必要だろう。


 道の先には門が見え、外套を羽織った商人や馬に荷を積んだ隊商の行列が見えてきた。


「すごいのだわすごいのだわ!!どうしてあんなに並んでるのだわ?」


 様子を見ていたウルが興奮して言う。


「あれは旅人さんや商人さん、冒険者さんといった方々が街に入る際に身元の確認をしている列です。不審な人が街に入るのを防いでるんです」


 ウルの質問に馬車の窓から顔を出しているサーシャが答える。サーシャはウルの質問にいつも丁寧に回答してくれる。

 おかげで、この世界のいろんな知識を知ることができている。彼女はウルに色々と頼られていることが非常に嬉しいようだとシャノンが言っていた。


 徐々に門が近づき、列の後ろに到着することになった。馬から降り、お疲れ様と道中運んでくれたことをねぎらうように撫でてあげる。


 馬は護衛の兵士が厩に連れ言ってくれるそうなのでお任せする。


「私は後ろの御者と少し話をしてきます。衛兵が確認に来ると思いますので今しばらくお待ちください」


 レグレイドはそういって後ろの馬車に向かったので、少しルーヴァルと遊ぶか…と思ったところ、前にいる集団がこちらを見て何か会話をしている。


「おい、あれ見てみろ」


「なんだ?妖精?それに…おい!あれは狼の魔物じゃないか?!」


「なんだって!?魔物だって!?子供だが…あれは確かにそうだ!」


「おい!衛兵を呼んでこい!!!!俺たちは警戒態勢を取るぞ!」


 周囲が途端に騒がしくなる。魔物だと聞いた商人や旅人たちがパニックになりかかっており、少し騒がしくなってきた。前の集団は明確な敵意を見せている。


「なんなのだわ?」


「ワウ?」


 ウルとルーヴァルはきょとんとしている。レグレイドやロヴァネ一家が受け入れてくれていたから失念していたが、ウルの存在は特殊のようだし、ルーヴァルに至っては魔獣なのは間違いない。


 何も知らなければ今回のような反応になるのは当たり前だった。


「この子たちは従魔なので皆さんに危害を及ぼすことはありません!落ち着いてください!」


 ウルとルーヴァルはきちんと契約をしているから問題ないとアピールをする。

 ウルが「何を言っているのだわ」と目を三角にしてこっちを睨んでいる。苦情はここを無事に切り抜けてからで頼む。


「本当に従魔か?」


「従魔だと!?嘘をつくな小僧!お前のような年齢で従魔契約などできるわけないだろう!それに従魔の環もないではないか!」


「俺は知っているぞ!そいつは雷牙狼の子狼だろう?大森林の奥に生息する魔獣だ。そんな危険な魔獣を従魔になどできん!」


 男たちが嘲るように大声で自分たちの見解を述べる。


「お…おい…大森林の魔獣だってよ…これはまずいんじゃないか?」


「に…逃げろ…!!」


 大森林に住む魔獣という言葉を聞いて、周辺の旅人や商人が叫び声をあげて門の方へ逃げ出す。この者たちも話を聞いてくれないか…。どうすれば落ち着いてくれる?


「おや、何か騒がしいようですが」


 レグレイドが後ろから戻ってきた。


「申し訳ありません、レグレイド殿。儂たちのせいで混乱が発生してしまいました」


 経緯を述べ、レグレイドに謝罪をすると「問題はありません」と返事が返ってくる。


 これだから質の低い冒険者は…とこめかみをトントンと叩きながら何とかギルドと連携して対策を…とぶつぶつ言っている。彼らはどうやら冒険者らしい。


 冒険者の男たちは「レグレイド…?どこかで聞いたような」と頭をひねっている。そこに門から兵士が十数人現れた。「魔獣はここか!?」と儂たちを取り囲む。


「あら、また囲まれちゃったのだわ?」


「ワウー!」


「そうだなぁ。つい先日見たことがある光景だね」


「この子達、吹き飛ばしちゃっていいのだわ??」


 物騒なことを言うウルと目を合わせ、儂は肩をすくめ「ちょっと様子を見よう」と伝える。

 

 すると、門の方から人の流れに逆らって大急ぎで2人、こちらに向かって馬に乗って駆けてくる。


「待て待て待て!!!警備隊!冒険者!武器を引け!」


 冒険者や兵士が馬にのった兵士を見る。兵士が儂たちの前に馬を止め、勢いよく下馬し、2人はその場に跪く。


「大変なお騒がせをしてしまい申し訳ございません!レグレイド・ギレー閣下御一行とお見受けしましたが相違ございませんか!!!」


「あぁ。間違いない」


 レグレイドが一歩前に出て答えると取り囲んでいた兵士達が顔色を変え、敬礼の姿勢を取る。「レグレイド・ギレー」と聞いた冒険者たちも「おい…まさか…」と呟きながら真っ青な顔をしている。


「皆様の特徴などはバルフォード様より連絡が届いておりましたが、警備隊への共有に入れ違いがあり、深くお詫び申し上げます。馬車にはロヴァネ公爵家の皆様で…そちらの方々が連絡のあったご来賓で間違いございませんか?」


「そうだ。こちらは私たちの大事な客人だ。身元は私と父上が保証しよう」


「私も彼らの身元を保証すると約束しよう。大丈夫、何の危害も加えることはないから。安心していいよ」


 シェリダンも馬車から顔を軽く見せて手をひらひらと振って兵士に伝える。


「かしこまりました!重ね重ねご来賓に対する不手際、深くお詫びもうしあげます。では急ぎ場内へご案内いたします」


 2人の兵士は立ち上がり、敬礼する。


「ケイル、案内は任せる。俺は警備隊の連中と冒険者に話がある」


「承知しました!隊長!」


 隊長と呼ばれた男はこくりと頷き、大声で城門に向かって声を上げる。


「安心しろ!!!問題は解決した!!ここにいたのは魔獣などではない!!冒険者の誤った情報で混乱させてしまった事を詫びる!!入場検査を再開するので、落ち着いてゆっくりと、元いた場所に戻るように!」


「お…おい…マジかよ…ここの領主様の息子さんじゃねぇか…」


「来賓って言ってるぞ…?これやばいんじゃないか…?」


「あの小僧…なにもんだ?」


 隊長は真っ青になっている冒険者と警備隊の面々元へ向かった。この雰囲気はこってりと絞られるのであろう。もしくは何らかの罰が課せられるのかもしれない。


 儂たちはケイルと呼ばれた兵士の案内で、専用の通用口へと案内される。まだ少し騒然としており、隊列に並んでいたものたちから奇異の視線が届いて少し落ち着かないが、ウルとルーヴァルは気楽なものだ。


「なんだか…人間って本当不思議なのだわ??わたし、なんだか楽しくなってきたのだわ」


「次の街に入る時は勘弁してほしいけどね。何か対策しておかないといけないか」


「ワウ!」


 ちょっと予定外の出来事もあったが、ようやくアイゼラの門をくぐることができた。アイゼラに入場した後は、レグレイドとロヴァネ家の面々と共に一旦領主の館へまで連れて行ってもらった。


「改めて、大変申し訳ありません。シノ殿。冒険者は魔獣や魔物とみると見境いがなくなってしまうこともありまして…」


 頭が痛いといった様子でレグレイドは額に手を当てている。


「憶測ではなく、もう少ししっかりと確認を行って冷静に判断してもらいたいものですが、ご不快に感じさせてしまったこと、お詫び申し上げます。あの冒険者については、私どもからギルドに対して正式に抗議を行いますのでご安心ください。」


 領主の館の敷地内に入り、馬車から降りたタイミングでレグレイドから謝罪を受ける。


「気にしないでください。儂も失念していましたし、いずれこういった場面に遭遇したのではと思いますよ」


 レグレイドが居たからこそ穏便に済んだと思うのだから、感謝をするのはこちらだった。

 ただ、今後も似たようなことが起こるかもしれないと考えると、何か対策はしておいたほうが良いかもしれない。


「そうですね。できれば、急いで冒険者登録をするべきでしょう。そして、シノ殿の従魔としてウル殿とルーヴァル殿を登録しておくのが最善かと」


 従魔として登録した後は、その証として魔術具が発行されるらしい。


 それがあれば、基本的には登録した冒険者が管理している保証のある魔物、として見られるそうだ。時折、貴族の中にも小さな魔物をペットとして飼う者がいるらしく、その時も必ずギルドを通して登録すると教えてくれた。


 ウルが少し不満そうな顔をしていたが、人間が困るなら仕方ないのだわ!としぶしぶ了承してくれた。


「では少し慌ただしいですが、これから早速冒険者ギルドに向かいます。馬車まで手配いただき感謝いたします」


「あぁ。私達もついていければよかったのだが、さすがにあの事件の後ではね、気軽に出歩くのも良くない。ここで君達の言っていたことなど、整理しておくよ」


 シェリダンは私も街中を楽しみたかったのだがと悔しそうな表情をしている。


 話を聞いていると、領主という割には自領でよく街に出て領民との交流を楽しんでいるそうだ。「僕もご一緒したかったです」とは、シャノン。


「今回の滞在中は、離れにシノ様たちのための部屋を用意しております。夕食なども呼んでいただければ準備いたしますのでご活用ください」


「そんなに過分な配慮をしていただいてとても恐縮してしまいますね」


「貴方達はそうするに値するほどの恩人ということですので、お気にならないでください」


 レグレイドはにっこりと笑いかける。隣にいるシェリダンがレグレイドの肩に乗せてなにやらニヤニヤしている。


「シノお兄様!また夜にこちらにお戻りになれたときには食事をご一緒してもよいですか?わたくし、お願いしたいことがあるのです!」


「あ!ずるいぞ!サーシャ!あの!僕もご一緒させてください!!」


「ははは。だったら私もご相伴に預かりたいのだが、構わないかね?」


 シャノンに続き、シェリダンも共にと手を挙げてきた。これは断れるはずもない。勢いに押され、5の鐘で始めようと約束する。


「話が落ち着いたところで、こちらを渡しておきます」


 レグレイドから封蝋が押された封筒を差し出す。


「こちらは冒険者ギルドにあてたシノ殿に関する身元を保証する旨を書いた紹介状です。こちらを見せれば無碍にはされることはないでしょう」


 差し出された封筒を受け取り、感謝の言葉を伝える。ウルとルーヴァルに声をかけ馬車に乗り込み、領主の館を後にする。

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