幕間:バルフォード・ギレー
シノたちがアイゼラの街に到着したころ、ソットリス関門の執務室。
バルフォード・ギレーは報告書を読みながらため息をつき、眉間にしわを寄せながら目頭を指で押さえる。届いた報告書の内容は非常に頭の痛いものだった。
「『黒手の亡者』め…やってくれたものだ」
『黒手の亡者』はそこまで力を持った傭兵団ではない。規模も30人程度で盗賊まがいのことをしながら、汚れ仕事を進んで受ける傭兵。
過去にギレー領を荒らした彼らを蹴散らし、その時に見た団長はいかにも小物…という人物だった。
それがどうして、このギレー騎士団の隊長クラス、そしてソットリス関門をまとめるオズヴィンまで懐柔できたのか。『黒手の亡者』はどのようにしてオズヴィンと繋がりを持ったのか。
孫にも等しいロヴァネの子供達が攫われたことは非常に大きな問題だった。充分な護衛もつけ、なにが起きても対処できるように影も配置していた。
なのに防ぐことができなかった。明らかにギレーの動きが読まれていて、用意周到に組まれた計画だった。
…まさか儂がつけた護衛の中にも内通者がいたとは想像もできなかった。
ギレー騎士団はバルフォード、もしくはレグレイドの面談を通しての入団となる。不穏分子や、思想に問題があるものが登用されることはない。
また、領の運営を行う人物もレグレイドによって選抜された人物で構成されている。
シノと一戦交えたオズヴィンはソットリス関門を長く任せており、若いころからバルフォードと共に戦ってきた非常に信頼厚い戦士だった。
彼は決して金銭などで懐柔されることはない。独身のため、家族を盾に取られているということもないため、要因を探るのが非常にが難しい。
全てが後手後手に回り、ようやく足取りが確認できた時には、黒手の亡者たちはオズヴィンの手引きの元、ソットリス関門を抜けて、すでに大森林に足を踏みいれていた。
シノが子供たちを救ってここまで連れて来なければ、ギレーとロヴァネには修復できぬ亀裂が入り、ここ、オーラリオン王国に騒乱の種が蒔かれてしまうことになっただろう。
ギレーは大森林を要するオーラリオン最大の戦力を持つ領。ロヴァネはミスリルを産出する王国四公のうちの1つ。ここの連携が崩れれば、王国が揺らぐ可能性は充分にある。
「…オズヴィンは狂っていた」
報告書によると、尋問中、オズヴィンは暗い目をし、意味不明の言葉をぶつぶつと呟いているそうだ。呪いか何かを受けたのかと思い神官の解呪を試してみたが意味はなかった。
治癒魔法を使っても体の傷は回復するが、意識は戻らない。従軍医によると、精神に異常をきたしているためもとに戻すのは難しいだろうと言っている。
何があったのかを聞き出すのは非常に難しい。
また、内通していたとみられる兵たちもオズヴィンが捕らえられた後に次々と自死をするという不可解さ。
影からの情報によれば、計画決行の1週間ほど前からソットリス関門とアイゼラの街に、普段は取引が少ないタリシア公国の商人の姿が多くみられたという。
「タリシア公国…か。あそこは芸術を愛する中立国で、儂らとはあまり縁がない場所だが…。どう思うね、ダリオン副騎士団長」
報告書を提出してきたギレー騎士団副団長に考えを聞く。ダリオンと呼ばれた騎士は、狼の獣人族だ。
バルフォードはバサッと机に報告書を置き、葉巻を口にくわえ火をつける。考えを整理するようにゆっくりと吸っては吐きながら、ダリオンに発言を促す。
「私としてはやはり、何らかの外交的な工作が仕掛けられていると思います。商人たちの行動に大きく不審な点は感じられませんが、内通していたとみられる兵に多く接していた状況は確認できております。オズヴィンについても、実行日の2週間ほど前に何らかの商品を購入していたとの報告があります」
普段見ない商人たちが活発に取引を行っていたという情報は引っかかる。現在のタリシア公国の状況なども含め、調査する必要があるか。こちらはレグレイドに任せよう。
「こちらの報告書と共にレグレイドに伝え、調査を行うように伝えよ」
「は!畏まりました」
政治や統治の面においては息子のレグレイドが優秀だ。普段はここ、ソットリス関門での魔獣に対しての対策をに集中できるのが非常に助かっている。
ダリオンは執務室の扉を開け、待機している兵に指示を出して再び元居た場所に戻る。その様子をみながら関門や、ギレー領の戦力の補充もしなければならないか…と考えたところで気づく。
「まさか、これが狙いか?」
子供たちを使ってギレーとロヴァネの関係を壊す。成功すればそのままギレーの内部に侵入したまま、オーラリオンに大きなダメージを与えることができる。
もし失敗しても、ギレーの戦力低下を齎すという二重の策。ギレーの戦力を低下させることで魔獣の対処が厳しくなり、何らかのも問題が国内で発生したとしても、手を出しにくい状況になる。
「確かに、今回自死した者、処罰対象となる者はオズヴィンを頂点として、部隊長クラスに多くいました。ロヴァネの皆様の護衛に着いていた者もすでに自死しておりますが、かなり有望な戦士であったため、今後については非常に頭が痛い問題です。できれば早急な人員補充が必要かと思います」
ダリオンは頭が痛そうに俯いて頭を振る。
「そうだな。だが、あまりに慌てて対応をしても向こうの思う壺だろう。策を仕掛けられたが問題なく対処できた、という姿勢を見せることが大事だ。そのために儂がここにおるのだからな」
何かが動き始めているのは間違いない。しかし、ダリオンが言う通り、現状を整えることも必要だ。
しばらくは内部からの昇格と、秘密裏に募兵し、どうしても手が回らない部分は傭兵、もしくは冒険者の手を借りるしかないか。
どんなに秘密裏に行ったとしても、募兵をしたり、傭兵や冒険者の手を借りることでなにかあったということは察せられるが、いたずらに動揺を広げないよう、最小限に収める必要がある。
ふ~と煙を吐きながら、執務室の椅子に深く腰掛けて、窓が見える位置へ回転させる。
「それにしても、あのシノという少年の存在はとても興味深い。お前はどう思った?」
一旦頭を切り替え、子供たちを救った森から現れた少年と、小さな妖精種についてもダリオンに聞く。
「はっ。このソットリス関門を通過した記録のない人物です。なぜ森にいたのかは正直疑問に思います。城壁からオズヴィンとのやり取りを確認しておりましたが、彼が言っていたこともあながち嘘ではないかもしれない、とは感じています。人語を解する妖精についても今まで見たことはありませんし、雷牙狼の子狼については、幼いながらも冷や汗を覚えました」
ダリオンは感じたことを伝えてくる。あの子狼については狼人族である彼にしか感じれない何かがあったのかもしれないな。
儂から見ると、生まれたばかりの子犬と変わらないようにも見えたのだがな。
「お前の立場から見ればそう感じるのも無理はない。儂も知る中で、あの森から中に入って逃げ帰ったものは幾人かはいるが、森の中から記録にない人物が出てきたなんてことは200年の王国史の中でもないのだからな」
前人未踏、帰らずの死の森と言われる最果ての大森林は強大な魔獣が多数存在している。大侵攻以前、何人もの冒険者が森の調査に向かい、何人が無事戻ってこれたのか。
大侵攻以降はソットリス関門を建設し、向こう側へ好んで行くものはいなくなった。4人のSランク冒険者パーティが調査に向かったが、十数年戻ってこない。すでに森に喰われたと判断されている。
比較的浅い場所にはまだ対応可能な魔獣もいるが、少し深くまで入り込むと帰っては来れない。結局、大森林についての情報は、森の浅い部分のものしかない。
子供たちがどれほど奥まで連れてかれたのか、調査を行おうにも安全が確保できる場所までしか確認できなかった。
その結果を聞いたときは儂も、レグレイドも、シェリダンも諦観の念が強くなった。もう生きてはいないだろう…と。
そんな時、影たちから新しい情報が入る。なんと、森の奥から散歩でもするかのように、雷牙狼の子狼を先頭に、少年と妖精種が関門に向かってくると。
しかも、ゴーレムに引かれた荷車の上にはシャノンとサーシャが乗っている、というではないか。
それにしても、あの少年が大森林で生まれ、生きていたなど考えられない。また、少年が言っていたような、『森に流れついた』というのもあり得ないといえよう。
なぜなら、最果ての大森林の周辺の海域には、人類の侵入を拒むかのように。非常に強力な海の魔獣が住み着いているからだ。
流れているうちに、人なんて海獣の餌になるだろう。大森林周辺の海域は人が乗る船舶自体、通ることがない、いや、
「あのような少年の見た目ながら、まるで剣術をを修めたかのような技の冴え。私でさえ数号打ち合うのがやっとというところでしょう。悪魔が化けているのではないかと疑ってしまいます」
悪魔ね…。有史依頼、悪魔と呼ばれる魔の存在が歴史上に登場する。人に化け、唆し、世界に騒乱を招くという。王国史にも度々登場する災厄を呼ぶ存在。
儂は彼の話を聞いておるから、どういった状況だったかについては多少理解はできる。
あの内容を全ての人が信じれるかどうかは難しいだろう。その証拠に、儂自身も信じきれてないのだから、他の者には不審人物であることに変わりはない。
オズヴィンが言っていたように自作自演の可能性も捨てきれない。しかし。
「儂にとっては、大事な子供たちを救ってくれただけで充分に信用に値するが…それだけでは納得できんだろう。一緒にいたあの妖精種、あれは分かるか?」
「いいえ…見たこともない妖精種であります。お伝えしましたとおり、まさか言葉を解するとは思いませんでした」
「そうだろうな。あれは伝説や伝承、神話に出てくる存在だ。おそらく、女神の眷属…ピクシーだな」
驚きがダリオンの顔に広がる。
「女神の眷属ですって!?神話の存在ではありませんか!?閣下はなぜそれをご存じで?」
「儂の若いころに出会ったエルフに聞いたのだよ。この世界には精霊の祖となる創世の女神の眷属がいると。妖精とよく似ており言葉を交わすことができると聞いていてな。最果ての大森林にも住んでいると教えられたのだ」
とはいえ、この話は現在の人類に伝わる女神の伝承とは異なっている。エルフのみに伝わっているもので、他種族との摩擦を避けるために話すことはないと言っていた。
儂はどうしても聞きたいとごねたわけだが。あの時の困ったようなエルフの顔は忘れない。彼は今どうしているのか。
「なるほど…。女神の眷属と共に出てきた人間なのであれば、邪な存在ではないと判断できる…と?」
ダリオンは眉間にしわを寄せ、難しい顔をしている。
「無条件に大丈夫だとは言わないが、少なくとも、我々に危害を加えるような様子もなく、儂たちを救ってくれたという事実は消えまい」
シャノン、サーシャの命が消えていれば、血縁もあり、良好な関係だったとはいえ、ロヴァネは完全にギレーの敵となっただろう。
シェリダンは優秀な政治家だ。ギレー領が地図上から消えてしまうことはあり得た。
子供達も懐いているようだから、それだけで儂は充分だ、とダリオンには伝える。彼はまだ充分に納得していないようだが、飲み込んだようだ。
「承知しました。彼については引き続き状況を見ながら判断することにいたします。監視を付けても?」
ダリオンからシノたちの様子を計るために監視を付けることを提案される。
「いや、それはやめておいたほうが良いだろう。あのピクシーと雷牙狼の気配察知はとんでもない。戻った影によると、かなり離れた距離からでも認識されていたと言っていた。変につついてこちらから関係を拗らせるようなことはしなくても良いだろう。しばらくは冒険者ギルドからの情報や、レグレイドからの報告を待て」
「はっ!仰せのままに」
「本件については緘口令を出しておけ。魔術での縛りも行っておくように」
ダリオンは騎士団式の敬礼をし、退出していく。彼が扉を閉めたを確認し、葉巻を加えなおす。儂の頭の中には、報告書に記載されていたオズヴィンがつぶやき続ける言葉が浮かぶ。
"女神に報いを…世界に絶望を…"
「さて…女神の使徒の訪れは、この世界に何を齎すのか。動向を注視しておかねばなるまい」
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