6話

 門を通りぬけた先は大規模な駐屯地…というより、要塞都市というほうがしっくりくる様相を呈している。


 訓練をするもの、見回りをするもの、武具の点検をするものなど、せわしなく人が動いていた。


「は~!すごいのだわ!!門も大きかったけど、中も大きいのね!!これが人間が住んでる街っていうのだわ!?」


 ウルは初めて見る建物に興味深々という様子で大騒ぎしながらきょろきょろしている。


「ここの建物の並びも凄いとは思うけど、住居という風には見えないな。街と違って、魔獣と戦う兵士達のための宿舎なんじゃないかな?」


「はっはっは。そうだな。ここは関門を挟んだ場所。いつ魔獣の襲撃があって、魔獣が門を乗り越えてくるかもしれんところだ。だから一般の住民を住まわせることはできん。あくまで兵士達が息を抜ける場所を作ってあるだけだ。戦うにも体と心を休める場所が必要だからな」


 儂たちの疑問にバルフォードが答える。ここはあくまで駐屯地的な位置づけだが、魔獣に対抗するためにここに配属された兵は長く駐屯することになる。


 戦い続けるだけでは疲弊して満足な力が出せない。だからこそ、兵たちがゆっくりと休めるくつろげる環境が必要だという。


 街とは比べ物にはならないが、物資の補給の為に行商が定期的に訪れたり、慰問の為に派遣された旅の一座が訪れることもあるという。


 最も、そのような人たちはソットリス関門の近くではなく、関門から離れた駐屯地の入り口付近に配置されているそうだ。


「へぇ~!ふっしぎなのだわ~!!じゃぁ街はどんなのだわ??」


「ここはどうしても戦う人の場所だからね。緊張感が満ちているし、殺伐としてる。街はもっと人がいて、もっと賑やかで、おいしい匂いが沢山してるよ」


 ウルに街についてざっくり教える。「美味しいのだわ!?」と目を輝かせている。これから人の食事が食べられる機会が増えることを本当に喜んでいる様だ。


「おや、ウル殿は食に興味がおありか?」


「もっちろんなのだわ~!!!人間はおいしいもの沢山食べてるって聞いたのだわ!人の食べ物を楽しみたいのだわ!」


 満面の笑みでバルフォードの目の前で踊るウル。


「良きかな良きかな!食べることとは生きることだ。では後ほど、食事を準備させよう。街ほど良いものは出せぬが、うまい魔獣の肉がまだ余っておったはずだ」


「アナタ、なかなかやるわね!!!気に入ったのだわ!!」


「ワウ!!!」


 ルーヴァルもテンションが上がっている。肉に反応したのだろうか?ルーヴァルは少しずつ人の言葉を理解しつつあるようだ。


 ウルとバルフォードがおいしい魔獣について熱の入った話をしつつ、レグレイドやシェリダン一家とは他愛のない話をしながら歩く。


 一際大きな建物の前に到着し中へ案内されると、儂たちだけは一度、別の控室のような場所で待機することになった。 小一時間ほど待つと、応接室のような部屋へと通される。


 中央のテーブルを囲むように椅子が配置されており、奥にバルフォード、その後ろにレグレイドが控える。


 シェルダンと子供たちは窓側の椅子に座り、儂たちはバルフォードと対面のソファーへ座るよう勧められる。


 シェリダンとサーシャはボロボロになっていた服を着替え、貴族の子息に相応しい服へと着替えている。それでも比較的動きやすそうな服ではある。それはバルフォード達も例外はないようだ。


 儂はソファーの中央に座り、ウルは肩に。ルーヴァルは儂の右側に飛び乗った。ソファーが居心地よかったのか丸くなって眠り始めた。


 周囲にいる使用人がテキパキとお茶を用意し、退室していく。部屋に残ったのは、バルフォード、レグレイド、ロヴァネ一家と儂たちのみだ。


「さて、始めようか。レグレイド、あれを使ってくれ」


「はい」


 レグレイドがテーブルの中心に宝石のようなものがついた小物を置き、宝石を押すと、結界のようなものが広がった。バルフォードが説明をする。


「これは一定の範囲を指定して、外に音が漏れないようにすることができる魔術具だ。いまこの場にいるもの以外には話を聞かれることはない。安心してくれ。そのために人払いもしてある」


 盗聴を防ぐためのものか。これからの話を聞かれて困るような存在がこの駐屯地にいる可能性があるということか。


「では、シノ君。あらためて子供たちを救ってくれたことに礼を言う。今回の問題は我がギレー領の落ち度としか言いようがない。領内にロヴァネ領との不和を画策しているものが侵入しており、また、深くまで入り込んでいたことに気づけなかったことに起因している。君が争うことになったオズヴィンもその一人で、『黒手の亡者』という傭兵団と内通していたうちの一人だった」


 バルフォードの話によると、『黒手の亡者』という傭兵団が子供達を攫い、オズヴィンの手引きにより関門を抜け、最果ての大森林に連れて行ったそうだ。やはり、オズヴィンは犯人と繋がっていたのか。


様々な情報を集め、大森林への捜索隊を編成していたところで、子供たちを連れた不思議な少年達の情報を斥候から確認。


 本来であればバルフォード達が出迎えるつもりだったが、オズヴィンが待機の指示を無視し、行動に出てしまったという。


「君たちの人となりは子供達から聞いた。だが、ソットリス関門を通過した人物について儂たちも管理しているが、君のような存在に繋がる情報は何もない。門の前で言っていた内容は把握しているが、本当の話ではないだろう?悪いようにはしない。森にいた理由を教えてくれないか?」


 バルフォード含め、彼らは誠実に対応してくれている。きちんと話を聞いてくれるのであれば隠す必要もない。


 儂はこの世界に来た経緯を話す。話を聞いた3人は非常に難しい顔をし、室内には沈黙が漂った。


「人生を一度終えた上で、この世界に落とされたと?」


 沈黙をは破るようにバルフォードが発言する。


「しかもそのきっかけが邪悪なる神との闘いとは…にわかに信じがたいですね」


 背もたれに身を預け、バルフォードが腕を組み眉間にしわを寄せ、レグレイドは情報を吟味するように取ったメモを見返している


「少年にしか見えない君が子供たちを救い。そしてオズヴィンに打ち勝ったところを見たが、その卓越した技量をどうして習得できたのか不思議だった。だが今の話で納得いったよ。しかし女神さまの導きによるもの…ね」


 シェリダンはそう言うとゆっくりとお茶を口に含む。


「自分の記憶だと女神様なのではないか、という推測ができるだけなので、まだ確信でもありません。シャノンとサーシャからは、シェリダン殿であれば何かわかるかもしれないとアドバイスをもらいました。もしなにか気になることがあれば教えていただけないですか」


 3人は考え込むように沈黙する。そしてゆっくりとレグレイドが口を開く。


「公にはされていませんが、確か異なる世界からこの世界に迷い込んだと思われる人物が保護された記録があります。そうですね?シェリダン。こういったものにはあなたが詳しいのでは?」


「そうだね。確かに、この世界には”迷い人”と呼ばれる者が保護されたという記録がある。私達と異なる言語体系を持ち、不思議な力を持ち、世界の発展に寄与した人と資料には残っていた。だが、シノ君は私達と普通に意思疎通ができる。これは迷い人の条件に当てはまらない」


 確かに。儂はこちらに来た時からウルと会話もできたし、シャノンやサーシャとも問題なく話ができる。不思議だ。


「シノ殿は私達との会話を苦にしませんね。文字についても同じでしょうか?」


 レグレイドが自分が持っているメモを見せてくれる。「わかりますか?」と書いてある。


 その内容は儂が元居た世界の言語体系と一緒、というより、かなり似ている、といったほうが良いか。そういえば、マッピングされていた地図の文字を読み取っていたことを思い出した。


 見せてくれた文字は共通語と呼ばれるこの大陸のどの国、どの地域でも使用できる言語らしい。文字を理解できることを確認したレグレイドは続ける。


「神話の体系や、神代の時代の調査を行っている研究者はおりますが、実は現在も、創世の女神が何に起因した女神なのかが分かっていないのです」


 資料も少なく、研究者の調査が難航している部分でもあるという。


「我が国が存在する場所、ベルキア大陸と言いますが、太陽の女神アリステラが創世の女神として信仰されています。そして、その女神から私達は加護を得て、日々の暮らしに生かしています」


 レグレイドは眼鏡の位置を戻しながら続ける。


「シノ殿の世界との共通点はあるようですが、月の女神との関連性については意図的に情報が削られているのか、何らかの要因で私たちの記憶から消えてしまったのか…それはわかりません。貴方の話はとても研究のし甲斐がありそうですね」


 彼の瞳の奥ががギラッと光ったように見えた。


「現状分かることとして、君は使命を帯びてこの世界に落とされた、というのは間違いがないと思う。邪な神を撃退したという力を女神様が見込んだのだろう。となると、近い将来、この国のみならず、この世界全土に何らかの大きな動きがあるかもしれないね。現時点では期待に添える返答はできないが、詳しく調べてみるよ」


 これから色々と資料を確認したり、詳しい研究者などと情報を集めてみるとシェリダンは約束してくれた。


「がっはっはは。大森林の使者かと思ったら女神の使者であったか。君は本当に驚かせてくれる。正直に言えば、どこまで信じてよいかはわからん。だが、子供達は君を慕っているし儂にとっても孫同然の兄妹を救ってくれたのだから、できる限りの力添えをしよう」


 バルフォードはできる限りの手助けをすると約束してくれる。


「ところで、今後はどうするつもりかね。君が自身の力を磨くつもりなのであれば、このソットリス関門以上の場所はあるまい。魔獣討伐に協力してくれるとありがたいのだが、どうだろうか?」


 オズヴィンの穴も埋めないといけないのでな、と笑いながらバルフォードは言う。確かに、魔獣を相手にするのはこの上ない訓練になるだろう。だが、ウルとの約束もあるし、儂自身も世界を見たい。


「非常にありがたいお言葉ですが、しばらくは旅をするつもりです。ウルとの約束もありますし、儂も前の世界では旅というものに縁がありませんでしたから。せっかくなので、この世界を良く見てみたいと思っているのです」


「そうなのだわ~!せっかく森から出てきたのにここだけしか知らないのはもったいないのだわ!」


 ウルも儂の意見に合わせて返答をする。


「それなら仕方がない。だが、旅と言えど、ただ放浪するだけでは困るのではないか?」


「それはごもっともかと。そのため、考えていることがあります。確認したいのですが、この世界にギルドは存在していますか?」


 儂は以前の世界に存在していた、各種職業を統括する団体、ギルドがあるのではないかと考えていた。


 特に冒険者ギルドと商業ギルドは世界中に支部を構えており、故郷の国にも当然拠点がおかれていた。よく酒場で冒険者や傭兵、商人などと酒を酌み交わしたものだ。これについてレグレイドが答える。


「ございます。確ギルドを活用するのはいい案かと。特に冒険者ギルドや商業ギルドの登録証は身分証明に使えますので、私どもで手回しができない場所に行かれる際にも役に立つでしょう。それに、ギルド経由で連絡などを行うこともできます。ここギレー領にも支部がありますから、そちらで登録されてはどうでしょうか」


「それは助かりますね。どこまで行けば?」


「はい。ここから馬車で半日ほどのアイゼラの街にございます。こちらは領主の館をおいている最大の街ですのでお連れ様のご要望にも応えられるかもしれません。私も今回の件の処理に戻らないといけませんので、街までご一緒いたしましょう」


 ウルが期待に目を輝かせて「すぐに行きましょ!!!」と興奮し始める。街に行きたいのは分かったから少し落ち着きなさいと彼女の頭をポンと叩く。


「ちょっといいかな?」


シェリダンが手を上げて発言する。


「私達もアイゼラまで同行しよう。せっかく子供達と遊びに来たのに途中で台無しにされてしまったものだから少し消化不良なんだ。それに、シャノンとサーシャも君達と別れるのが寂しそうにしているからね。どうだろう?シノ君、レグ」


 シャノンとサーシャはその年頃の子供とは思えないほど静かによく話を聞いていたが、アイゼラまで一緒できると聞いて目がキラキラしている。こちらとしては断る理由もない。


「もちろん問題ありませんよ。ウルも良いな?」


「当たり前だわ!」


 子供たちは嬉しそうに頷いた。その様子をみていたレグレイドがふぅとため息をつき、くいっと眼鏡を上げる。


「仕方ありませんね。あれだけの腕を持つシノ殿がいるのなら途中の護衛の心配はいらないでしょう。許可します」


 しぶしぶといった様子でレグレイドが言う。貴方達の移動には護衛の手配なども大変なんですよ、とシェリダンに苦情を言っている。


「よし、では決まりだな!儂はオズヴィンの件と、戦力低下を補うために関門からは動けん。あとはレグ、其方に任せるぞ」


「承知しました。父上」


 バルフォードとレグレイドは領主とその補佐らしいやり取りを行っていた。うまくバランスが取れている親子だ。


 この2人の隙をついてロヴァネ領との不和工作を仕掛けたのか…。かなりの策士が暗躍していた可能性もある。何か情報があれば、知らせてあげることにしよう。


「では別室に食事を用意させている。皆で一緒に食べよう。シノ殿はもちろん、ウル殿とルーヴァル殿の為に厳選したうまい肉を用意しておるので期待してくれてよいぞ!がっはっはっは」


「やったのだわー!!!」


「ワォン!!!」


 ルーヴァル、いつ起きた…。ひょっとして肉と聞いて起きた?現金な奴だ。

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