5話

 重鎧を身に着けているとは思えないほどの速度でオズヴィンは突進してくる。剣を抜き、突き出された剣先を受け流しながら素早い動きで躱す。


「シノ!手伝いは必要なのだわ!?」


「大丈夫だ!問題ない!ルーヴァルと一緒に荷物を頼む!」


 ウルの問いにかけに答え、オズヴィンに相対する。彼の瞳はどこか濁った闇の炎が灯っているようにも見える。


「ほう、従魔の手助けは必要ないか。俺も舐められたものだ。その鼻っ柱をへし折ってやろう」


 オズヴィンは盾を前に構え、一歩一歩じっくりと距離を詰めてくる。その姿は最前線で戦ってきた歴戦の勇士であることを示している。次の瞬間、盾が目の前に迫る。


(盾は目隠し…本命はこっちか!)


 視界の外から剣の気配を感じ剣を突き出す。ギィンと剣がぶつかる音が聞こえる。突進は止まらず、勢いに押され儂は吹き飛ばされる。


 オズヴィンは隙を逃さず追撃を狙ってくる。タイミングを計ったように、着地点に突進の重さが乗った高速の突きが迫る。


(さすがこの関門を任されているにふさわしい相当な手練れだ。…だが!)


 空中で身を翻し着地のタイミングをずらすと、突きが空を切る。体の向きを変えた回転の勢いそのままにオズヴィンの剣を弾き飛ばし、落下の勢いを乗せて斬りつける。


 オズヴィンは態勢を崩しているが、大盾で防ぐ。ガチィと火花が散り、数合打ち合い、儂の動きが止まったところへオズヴィンが剣を切り上げる。


…が、体をひねりながら躱し、着地と同時に後ろへ飛んで距離を取った。


「ちょこまかとこざかしい小僧だ。だがお前の攻撃の強さは分かった。この盾も、剣も、鎧も全て特別製でな。大森林の魔獣の素材を使い、ドワーフによって鍛え上げられた。お前程度の力では切り裂くことができない。であれば、俺には勝てん。諦めることだ」


 確かに。あの盾を斬りつけた感じは通常の鉄や鋼ではない。フォレの湖で拝借している剣も業物には違いないが、すぐにどうにかするのは難しそうだ。


「森から生まれた魔性の者よ。大人しく死ぬがよい」


 不敵に笑うオズヴィン。やれやれだ…。こちらは彼の命を奪うつもりなんてないが、降りかかる火の粉は払わねば。

 いい機会だからあれを試すとしよう。少年の体の儂と、あの鎧なら、おそらく死にはしないだろう。


「霊迅強化・まとい


 ウルの魂の繋がりを通して精霊の力が体に満ち、淡い金の光が体からあふれ、右手から剣にも伝わっていく。


 前の世界では精霊を憑依させないと使えなかった技。刀と剣の違いはあるが、できるはずだ。ゆっくりと半身の構えを取り、腰を落として構える。


「お!あれを使っちゃうのだわ!?いいぞ~やっちゃうのだわ~!!」


 ウルが気づいて気楽な声で無責任なことを言っている。オズヴィンは警戒を強める


「何をするつもりなのかはしらんが、攻撃力、防御力、すべてにおいて俺が上!そして、俺の最大をもってお前を処分する!」


 オズヴィンは盾を前に出して体を隠し、ぐっと踏み込む。爆発的なエネルギーが体から吹き出し、オズヴィンは炎をまとう。


「俺の女神の加護は純粋な肉体の強化!それを魔法と組み合わせることで、人も、魔獣も、城壁さえも砕き、焼く!豪炎突撃フレイムチャージ!!!」


 彼は地面を轟音とともに蹴ると前に飛び出した、炎に包まれたオズヴィンが重鎧を身に着けているとは思えないほどの速さでこちらへ向かってくる。


「お主が何を隠したくてそんなに焦っているのかはわからないが、今この瞬間だけは、儂もその技に応えよう」


 冷静に息を整え迫る巨体を見据える。相手の動きを見極め、技を放つその瞬間を待つ。そして…。


「月華・桜吹雪」


 一呼吸のうちに全方位からの斬撃を浴びせる回避不可の剣技を放つ。この技を月華を使って放てば、刀身に月の光がきらめいて桜吹雪のように見えたということから、そう名付けた。


 突進を押しとどめるように、すべての報告から嵐のような斬撃がオズヴィンの全身を襲う。


 轟音が響き土煙が舞い、儂とオズヴィンの位置は入れ替わる。まるで時間が一瞬止まったかのように、静寂が訪れた。


「ば、か…な…」


 バギバギン!という鈍い音がして、盾は割れ、剣は折れ、鎧は砕けた。信じられないと驚愕の表情を見せ、苦しそうにオズヴィンは膝をつく。


「やったのだわ~!ざまー見なさい!なのだわ!!!よくやったのだわシノ~!!!」


「ワウワウワウ~!!!!」


 ウルとルーヴァルがこちらへ向かってくる。儂の息も荒く、体中に痛みが走っている。この技は1度訓練中に使ったが、その時は丸1日体が動かなくなった。


 精霊を憑依させた頃の消耗に比べればましだが、少年の体にはまだまだ負担が大きいようだ。自在に使いこなせるよう、さらに精進をせねば。


「ウル、すまない。回復の魔法をお願いできないか?」


「あら?ずいぶん無理したのだわ?そんなに力が必要だった?」


「あぁ。思った以上にあの装備は厄介だったよ。魔獣を素材にしてドワーフに鍛えてもらったと言っていた。」


 儂の剣も粉々に崩れ落ちた。精霊の力を剣に込めていたが1度目もそうだった。この技自体が『絶対に折れない』と言われた月華に依存していたものだったことがわかったのも収穫か。


 今後、この力を使いこなすためには精霊の力に耐えうる、それこそ月華と同じような『壊れない剣』が必要かもしれない。


 狙い通りオズヴィンの装備を破壊することができたので、このまま彼が諦めてくれればいいのだが…と思っていたその時。


「「そこまで!!!」」


 ソットリス関門に到着した時と同じように、大きな声が谷に響く。すると、門が再度開かれ、3人の男性が大勢の兵士を連れてこちらに歩いてくる。


「シノさん!!」


「シノお兄様!ウルちゃん!ルーちゃん!」


 男たちの陰から、シャノンとサーシャが飛び出し、こちらに走ってくる。どうやら無事保護されていたようだ。


「おちびちゃんたちは無事だわね!よかったのだわっ!」


「ワウワウ~!!」


 子供たちの後ろから歩いてくる男たちの中で、中央にいる白髪の老齢の偉丈夫が周りの兵士にテキパキと指示を出している。


「急げ!オズヴィンを至急捕らえよ!地下牢へ収監した後、尋問を行う。魔力を封鎖するのを忘れるな!お前達はそこの兵士達を下がらせよ。邪魔だ!そちらは通常の警戒態勢に戻るように。魔獣どもはいつ現れるかわからんのだぞ!」


 その指示に合わせて兵士が流動的に動く。即座にオズヴィンを捕らえているということは、やはりそういうことなのだろう。


 彼らが目の前に到達すると一斉に跪く。シャノンとサーシャも慌ててその後ろに並んで跪く。そして、老齢の偉丈夫が言葉を発する。


「儂はこの関門を管理している、ギレー辺境伯領のバルフォード・ギレー。領主をやっている。君達がロヴァネの子供たちを窮地から救ってくれたと聞いた。また、こうして無事に送り届けてくれたこと、心より感謝する。そして、我が配下が危害を加えようとしたこと、深くお詫びしたい」


 この老齢の男性が領主か。このように領主が供を伴って部下たちの面々で頭を下げるというのはなかなか考えられない。

 以前の世界でのことを考えても、こういった状況を見ることは少なかった。今回の事態はそれだけの出来事ということなのだろうか。


「こちらこそ、深く考えずにこの関門を訪れてしまいました。皆さんからみて、この森から出てくるということがどういうことかを理解できてませんでしたから。無事、ご子息、ご息女と合流できたようで安心いたしました」


 こちらもご迷惑をおかけしました、と答えを返し、気にせず接してほしいとお願いする。


 ウルは「わたしは許してないのだわ!ぷんぷんだわ!」と話をややこしくしようとしてるが気にしないようにしておこう。


 バルフォードが立ち上がり、他の面々も後に続く。


「君の言葉に甘えさせてもらおう。あらためて、儂はバルフォード・ギレー。君の来訪を歓迎する。大森林の使者よ」


 彼は右手を差し出す。こちらも手を差し出し「シノです」と答え握手をする。


 肉厚で傷も目立ち、剣ダコでとてもごつごつしている武人の手だ。握った手からは彼の力強さを感じる。


 それよりも、大森林の使者とは?


「はははは!いまだ前人未踏の地から人が現れたのだ。しかも、見たことのない精霊種と、上位魔獣、雷牙狼の子狼を従えているのだ。これが我々への何らかのメッセージを携えた使者だと考えてもおかしくあるまい?」


 闊達に笑い飛ばすバルフォード。妙な二つ名を急に与えられて思わず苦笑いが浮かんでしまう。


「父上、シノ殿がお困りですよ。申し訳ございません。父上は何かあると大層な二つ名をつけたがるのです。私はレグレイド・ギレー。こちらのバルフォードの息子で、ギレー辺境伯領の領主代行・補佐です」


 握手を交わす。バルフォードはかなり豪快で闊達だが、レグレイドは紺色の髪に眼鏡をかけており、知的で思慮深そうな雰囲気まとっている。


 最期に、金髪碧眼の男性が前に出る。シャノンとサーシャに雰囲気がとても良く似ている。


「君には感謝してもしきれないよ。我が子を救ってくれて、また、危険な旅路の中、ここまで無事に連れてくれて本当にありがとう。私はシェリダン・ロヴァネ。シャノンとサーシャの父だ」


 差し出された手を握ると、シェリダンは両手でしっかりと握り返し、感謝の意を込めてくれてた。「さぁ、君たちもきちんとお礼」を、とシャノンとサーシャにも促す。


「シノさん、ウルさん、ルー、改めて、僕たちを救ってくれてありがとうございました」


「シノお兄様とウルちゃん、ルーに助けていただき、こうしてお父様と合えました。御恩は一生忘れません」


 2人は再度跪き、両手を顔の前で組んでお礼の言葉を伝えてくれる。この姿勢は最上級の感謝を表すものだとシェリダンは言う。


 「私も領主なんてやっていなければ、2人と同じことをやっていたよ」と言ってくれたのは少し照れ臭かった。


 ウルは子供たちが大好きだから、このお礼は本当にうれしかったようだ。


「さて、シャノンとサーシャを助けてくれた君達とここで立ち話というのもなんだね。叔父上、よろしいですか?」


「無論だとも。ではついてきたまえ」


 シェリダンがバルフォードに促し、レグレイドがこちらへどうぞ、と促してくれる。儂たちは自分たちの荷物を回収しておいてくれるようお願いし、そのあとにつづく。


「ねぇシノ、やっとあの門の向こうに行けるのね?楽しみだわ?」


「あぁ。ずっと言っていたものな。人間の世界に触れたい、世界を見たいって。ウルの旅の目的の一つだからね。これはその一歩だな」


 ウルは非常に嬉しそうに宙を舞っている。その羽からはかすかに光の鱗粉が舞っているように見えた。まるで神の祝福のように。

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