4話

 

「ワゥ!」


 先頭を歩いていたルーヴァルが一声吠える。木々の間差し込む光が徐々に強くなり、出口が近いことを知らせている。


「森を抜けるのだわ!」


 やがて開けた空間が視界に広がった。森から出て初めて見る光景は圧巻だった。巨大な山脈が両側にそびえ立ち、切り立った崖に挟まれ、大きな谷が形成されている。


 そこには城壁とも呼べるような圧倒的なスケールを持った関門が、いかなる魔獣の侵入も拒絶すると言わんばかりに、そびえたっている。


「これは壮観だな。これがソットリス関門か」


「すごーいすごーい!!!とーーーーっても大きいのだわ!!!人間もやるわね!!」


「僕もこんなに近くで見るのは初めてです。これが魔獣と戦うための最前線なんですね」


「こんなに大きな門だなんて思っていませんでした。この先にお父様たちが…」


「ワフッ!!!」


 ゆっくり進みながら観察していると、これまでにも激しい戦いが繰り返されているのであろう、最前線の重みのようなものを感じる。


 ソットリス関門は魔獣の侵攻を抑えるために構えられているものだけあって、その威容はなかなかのものだ。


「「そこの者たち!止まれ!」」


 突如、大きな声が谷中に響く。すると関門が開き、中から大勢の兵士が出てきて取り囲まれた。


「あら?何かあったのだわ!?」


「シャノン、サーシャ、一旦伏せて」


 荷車の2人はこくりと頷き、荷車に身を伏せ、布をかぶって様子をうかがう。


 立ち並ぶ兵士たちの後ろからゆっくりと、非常に大きな盾を背負い、黒い甲冑をまとった壮年の戦士が現れた。


 壮年の戦士はゆっくりと歩をを進め、兵士たちの前にでる。その気配は、正に一騎当千の強者の風格を感じる。


「お前は何者だ、少年。なぜ、お主のような年の頃の者があの森から出てくるのか。その魔獣の子と、惑わしの妖精の類と一緒にいる説明をしてもらおう」


 ビリビリと痺れるるような覇気を叩きつけてくる。


「あんたこそ何なのだわ。このわたしをそんな風に言うなんて許さないのだわ!!」


「ヴゥゥゥゥゥ…!!!」


 ウルが男に憤慨し、とルーヴァルが威嚇する。ウルがしゃべったのがよほど驚いたのか、取り囲んでいる兵士たちにどよめきが広がる。


「なんだ?しゃべる妖精?」

「まさか、見たことないぞ。そんなもの居るのか?」


「おい、あの子狼は雷牙狼じゃないか?あんな危険な魔獣がこんなところまで出てくるなんて…」


 取り囲んでいる兵士たちの声がさざ波のように広がって一気に騒がしくなる。


「静まれぇい!!」


 男の力溢れる一言によって再度沈黙が訪れる。そして敵を隠しもしない目をしながら語りかけてくる。


「俺はオズヴィン。この関門を任されている。そして、俺が聞いたのはそこの少年に、だ。魔獣どもは黙っておれ。どうした少年。人語が解せぬか?魔性のものであれば、お前を斬り捨てねばならん」


 オズヴィンは剣を抜き、盾を構える。殺気を込めた視線と切っ先を儂に強く向ける。誰も帰ってこないと言われる最果ての森の中から出てきたのだから警戒するのも無理はない。


 儂たちはこの関門を超えて森に入ったわけではない。


 …先ほど儂たちを偵察していたのはこの者たちの一派ではないのか?


 とりあえず、相手の不信感を払わなければここは切り抜けることは難しいか。現時点で敵対するのも悪手だろう。ひとまず子供たちの安全は確保せねば。


 ウルとルーヴァルには手を出さないように伝え、儂は手を上にあげて抵抗の意思がないことを示す。


「儂の名はシノ。信じてもらえるかはわからないが…移動に使った船が難破してね。流されて漂着したのがこの森の近くだったんだ。そこにいるウルという妖精に助けられて森に入ったのはいいんだけど、右も左もわからなくてね。人が居るところを探してたんだ」


 現状で正直に話をして受け入れらるはずもないだろうと思ったので、ある程度辻褄が合いそうな話を作って伝える。ウルが言うには大森林は実際に海と接している。


 ただ、砂浜など、上がれる場所はなく、断罪絶壁であるらしいのだが。シャノンもは『前人未踏の地』といっていた。本当のことがわかる者はいないだろう。


「そして、森の案内人であるウルの先導のもと、人が居る場所を目指して森を抜けてきた」


 これで納得してくれるか?ウルがジトっとした目でこっちを見ている。すまん。一時的な設定だから許してほしい。


「ばかな、この森に案内人などいるのか?」


「だが、あの不思議な妖精は今まで見たことがない。それに言葉を話すぞ。本当かもしれん」


「いやまて、あの森には人に化ける魔獣や、人に幻を見せる植物もいる。油断はできんぞ」


 再び周囲の兵士がざわつき始めた。1つ1つの声は小さいが、幾人もが囁けばそれなりに大きな音になる。オズヴィンは何も言わない。


「あと、旅の途中で魔獣に襲われていた子供たちを助けることになった。その子達の護衛をしながらここまで連れてきたんだが、ロヴァネ公爵の子息と息女と言えばわかるかな?」


「ロヴァネ家のご子息、ご息女だと?」


 オズヴィンの眉間に皴が寄り、周りの兵士は「まさか!」「そんなことがあるのか!?」など思い思いに口にしている。


「ご子息とご息女はどこにいらっしゃる」


「荷車に。シャノン、サーシャ、出ておいで」


 荷車からシャノンとサーシャが下りてそれぞれ挨拶をすると、堰を切ったように騒がしくなった。


「ロヴァネ家の兄妹だ!無事だったのか!」


「魔獣が化けている…というようには見えないな。あいつらはあんな優雅な動きはできない」


「俺はあの子たちを見たことある!確かにそうだ!」


 どうやら兵士たちはロヴァネ家の子供たちについては話を聞いているように見える。

 安堵の声、疑いの声はあるものの、見つかってよかったとの声が多く聞こえてくる。


「オズヴィンさん!この方たちの素性は僕が保証します!危ないところを助けてくれた恩人なんです!」


「ここにくるまでわたくし達にとてもやさしく接してくれました!決して悪い魔獣や、魔性の者などではないと誓います!」


「お願いです!この包囲をどうか解いていただけませんか?」


 シャノンとサーシャが儂たちを怪しいものではないと弁護してくれている。


 オズヴィンは一旦剣を収め、盾を置き、近くの兵士に何やら話をしている。話しかけられた兵士は走って関門へ向かい、扉の向こう側へ消えていった。


「とりあえず2人の身柄をこちらに渡してもらおう」


 警戒を隠さない声でオズヴィンが求める、シャノンとサーシャが不安そうに儂の顔を見ているが、儂はウルに意見を求めた。


「あいつに任せていいと思うか?」


「うーん…大丈夫だとは思うのだわっ。あの真っ黒人間はこの2人に敵意はなさそう。わたし達だけしか見ていないのだわっ。本当気に入らないけどッ!!悪い妖精だなんて失礼しちゃうのだわ!!」


 ウルは腕を組んでプンプンと頬を膨らませている。「そうか」と返事し、2人を安心させるようににっこりと微笑み、それぞれの肩に手を当て囁く。


「大丈夫。関門から出てきたということは駐留部隊だと思う。兵士もお主達のことを知っているみたいだから悪いようにはしないだろう。何かあれば助けに行くから安心して」


 2人はお互いに顔を合わせ、意を決したようにこくりと頷き、オズヴィンの元へ向かう。途中心配そうにこちらを振り返っていたが、安心させるために手を振ってあげる。


「どうするのだわ?あの人間、わたし達に敵意ビンビンね。森の出口で感じた視線と全然違うのだわ」


「ここで人と敵対するのはできるだけ避けたい。ひとまず、シャノンとサーシャを安全な場所に送ることはできそうだから問題はないと思う。いざとなれば儂らだけなら何とかなるだろ?」


「そうね~。そうなったらこの谷ごと吹っ飛ばしちゃう?」


「ワウ!」


 ウルが非常に物騒な返事をする。ルーヴァルもやる気に満ちた声を出す。この子達が本気を出してしまえば実現してしいそうだ。このまま、うまくまとまってくれればいいのだが。


 シャノンとサーシャがオズヴィンの元にたどり着く。一言二言かわしてオズヴィンの指示により、数人の兵士を護衛をつけ、門の中へと案内されている。


「さて、儂たちはどうすればいいのかな?オズヴィン殿」


 子供たちが門の中に消えていくことを見届けたオズヴィンは、こちらへ振り返る。その表情は変わらず敵意に満ちたものだ。

 何か違和感があり、あたりを見回すと想像しかった兵士たちの姿がなく、いつの間にか包囲も解かれている。ウルは何もいわなかったが…誤解は解けたのか?と思ったその時。


「「魔法隊、放て!」」


『『煉獄火炎弾インフェルノブレッド』』


 号令にあわせて大人数の詠唱が響いたかと思うと、 門の上から多数の灼熱の火球がこちらに向かって飛んできた。


「おっと、そう来たか。ウル、任せていいかな?」


「お任せあれ~なのだわ!」


 多数の火球が着弾し、轟音が谷中に響いた。ウルの障壁のおかげで儂たちは無傷だが、あたりには土煙が充満して視界が悪くなる。


「シノ!!!」


「ワウ!!」


 ウルとルーヴァルが叫ぶ。土煙の中からオズヴィンが突進してきた。盾を構えて体当たりを行うシールドバッシュだ。「剛身功!」と唱え、体をぶつけ突進を止める。


「なるほど。森を抜けてきたと作り話をするだけのことはあるよう…だ!」


 オズヴィンが盾を巧みにずらして剣を突き出してくるのをかわし、盾を踏み台にして後ろへ飛ぶ。


「どういうつもりだ。オズヴィン殿。儂らにはお主達と戦う理由はないんだが」


「何を言う。お前達があの兄妹を攫ったのだろう?『黒手の亡者』の者よ」


 言っていることが理解できず、思わず眉を顰めた。『黒手の亡者』とは?


「言った通り儂はここの森に流れついたばかりでそんなものは知らない。ここに来る途中で、魔獣に襲われていた彼らを保護して連れてきたことに何の間違いもないのだが?」


「ふん。しらじらしいことを。そういうのは誘拐犯の手口の1つだ。自ら攫っておいて別のものが助け出したと連れてくる。そして恩賞などをもらった上で、貴族に恩を売り、取り入ったり強請ろうとする。よくあることだ。森を抜けてきたというのもよく考えられた設定だろう」


 なるほど、儂たちは彼らを誘拐した傭兵団の一員で、自作自演をしていると主張したいのか。さっきの話自体はまぁ…作り話であることは間違いなのだがどうすれば聞いてもらえるのか。


「お前はその年の頃にしては身体能力や魔力操作も秀でているようだ。魔獣を従える力も強いのはそこの妖精もどきと雷牙狼の子狼を見ればわかる。『黒手の亡者』が才能もあり、ターゲットと年も近いお前を『救出者』として指定するのは必然だろう」


 オズヴィンは自分の考えをわざわざ大きな声で解説し、改めて盾と剣を構え、強い殺気を向けてくる。魔力操作…ね。どうやら剛身功を魔法による身体強化のようなものと誤解したようだ。


「本来であれば捕らえるべきだと思うが、お前のように未知の存在を門の向こう側に通すわけにはいかない。ここで処分する」


 やはり何かおかしい。儂は必要なら捕らえられた上で事情聴取を受けても良いとは思っている。だが、森から出てきて得体が知れないからといってここまで問答無用で命を奪いに来る必要があるのか?


 …いや、儂ら自身が怪しいのものであることに間違いないからどういえばいいのか。だが、オズヴィンのこの物言いには違和感を感じる。


 そういえば、前の世界で功を焦りすぎて自身で魔獣を街に放ち、討伐しようとして失敗した者がいたな。


 弁明をしていた時の、何かを隠したいような、自分の正当性を知らせておいてごまかしたいような…そんな焦りを言葉の端々から感じる。そうか、ひょっとして…


「オズヴィン殿、お主まさか…」


「問答無用!ここで死ね!」


 壮年の重騎士、オズヴィンとの闘いは避けられそうになかった。


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