5話 帰宅

「ほんとにありがとう、君がいなかったら私今頃何されてたか…」

「いや、俺のほうこそ1人にしてごめん…」

気まずい沈黙が流れる。会話の糸口を探していると彼女が切り出した。

「そいえばさ、君名前なんていうの?すごく今更って感じだけど」

たしかに、今思えば名前とか聞かれたことなかったし、気にしたこともなかった。ほんと、俺自身が俺のことを理解していなさすぎる。

「えっと…俺もわかんないかな」

「そっか…じゃあ、私つけるよ名前!」

「え、ちなみに?」

「うーーーん、ウルアネルとか?」

「なんかの名前とか?」

「ううん、適当!」

そうか俺の名前、ウルアネルか。というより、ペットに名前つける感覚でつけてないか彼女。

「それより…あの人すごかったね」

「うん、あの人いなかったらたぶん…やばかったし」

あの2人がきていなかったら、そう考えただけでも怖くなる。

「それもそうだけど…あの人君のこと飲み友って」

「あ、いやその」

「君、私と同じ15でしょ、駄目だよ飲んじゃ」

「ち、ちがう。君を追いかけて行った時…」


そうやって色々話しているうちに彼女の家に着いた。

門の向こうを見ると、スリスさんが走ってきて門を開け彼女に抱きつく。

「クラミル様!よかった…、今から探しに行こうと…ってあなたどうしたんですか?ずいぶんとボロボロで」

「ちょ…ちょっと息しづらい…。そのことについても色々話さなきゃいけないから。いくよスリス。ウルアネルも」

スリスさんが肩を貸してくれながら、彼女に手を引かれ家に入る。家に入ると、

「クラミル!お帰り!」

俺の前に2人立っていた。女の人の顔がなんだか既視感…まさかこの人たち。

「パパ、ママ、ただいま」

やはりご両親だった。すごく母の方に似ている、彼女が少し歳をとったような人だ。

「えっと…この子は?」

「ママ、とパパ私の部屋にきてほしいの、言いたいことは多分ママ達が聞きたいことと同じだと思うから。

「俺も行かないと…いてて」

「ウルアネルさんはこっちに、怪我を処置するので」

俺はスリスさんと一緒に昨日泊まった部屋までいく。


「ありがとうございます、スリスさん」

「礼には及びません。こんなに傷をおって、おそらくですがクラミル様を助けてくれたのでしょう?少し私にも聞かせてください」

「はい…」

おれは今まで起こったことを話した。彼女とパン屋に行った話、その後彼女がさらわれてそれを追いかけたこと。手からツタのようなものが出た話はあえてしなかった。

「なるほど…そんなことが」

そういうとスリスさんは頭を下げた。

「ほんとうにありがとうございます、クラミル様を助けていただいて」

「いや、そんなこと…」

頭を上げたスリスさんは話し始めた。

「…わたしはクラミル様に助けてもらった身なのです」

「え、そうなんですか?」

「はい…」

そう言うとスリスさんは急に立ち上がった。

「身の上話失礼しました、私は夕食の支度をしに行くので失礼します」

足早に扉を開けてスリスさんは出て行った。1人になって気づくが、やはりこの部屋は広すぎる。

昨日は気づかなかったがベットの横に書物があった。

無作為に手に取ってみると、花言葉図鑑と書いてある。パラパラめくってみて少し目を通す。

「なんだこれ、フィローズ?バラみたいだな…。赤は愛情、美。ピンクは幸福、感謝、へぇ〜」

花言葉どんだけあるんだよと思いながら、少し興味がわき10〜20ページほど見てしまった。本を戻して、おれはベットに横たわる。

「あ〜、すげぇ疲れた。お、すげぇ…」

横たわったベットのすぐ横にある窓から満月が見える。立って窓の近くから見ると、さっきまでいた街が広がっているのが見え、戦った時のことを思い出し手からツタのようなものを出す。

「普通に出せるんだよな…これやっぱあの紙に書いてたのと似てるよな。もしかしたら花とかも出せるのか」

よし、やってみようと思った。がその時扉が開く音が聞こえ止めると、彼女が立っていた。

「何見てたの?」

「す、少し街の風景をね…」

「ふ〜ん、そか。あ、そうだ。ご飯できたらしいから行こ」

「あ、ありがとう…」

彼女の一歩後ろをついていき、昨日食事をした場所まできた。そこで彼女が立ち止まり俺に言う。

「パパとママが、話したいことがあるって」

そう言う彼女の顔は少し暗い。扉を開けた先の机に食事が並べられていた。そして、ご両親…


「えっと、ウルアネル君だね。そこに座ってくれ」

「は、はい」

おれはご両親の向かい側にすわり、彼女も俺の横に座った。えもいえぬ空気ととも食事が始まった。

「い、いただきます…」

食事に手をつける俺、対照的に手も動かさないご両親と彼女、扉の近くで立っているスミスさん。なんなんだ、なんで誰も喋らないんだ。空気に耐えられない俺が食事を続けると、ご両親が口を開く。

「自己紹介がまだだったね、私はクラミルの父のポーメだ、こっちは、」

「はじめまして、母のパーネルです」

「で、わたしはクラミルね」

「いや、知ってます」

食事の手を止めたおれはポーメさんとパーネルさんに挨拶をする。そして少し沈黙が流れたあと、再度ポーメさんが喋り始めた。

「クラミルから話は色々聞いたよ。まずは感謝を言わせてくれ、ほんとにありがとう」

そういうとポーメさんたちは頭を下げた。

「私からも、ほんとにありがとうね」

パーネルさんも頭を下げた。

「いや、そんな大したことは…」

俺は嘘をついた。全然大したことあったし、なんなら今も少し体のあちこちが痛い。

「それでだウルアネル君、単刀直入に言おう。うちに住まないか」

突然の申し出におれは固まった。その言葉にパーネルさんも続いて言う。

「この子からウルアネルくんと会った時のことも聞いたの。それで、違かったら申し訳ないんだけど、ウルアネルくん…帰る場所がないんじゃないかしらって」

彼女のご両親は俺の身を案じてくれているようだ。だが、それはあまりにも的をえていた。俺自身が俺が誰かわかっていないだけでなく、帰る場所はおろか親のような存在すらも知らない、そんな俺には願ってもない幸運だ。だが…

「で、でもおれは彼女に助けられて、家にも泊めてもらって、ご飯までもらって…その上に家にもらってもらうなんてあまりにも…」

さすがにおれはあまりにももらいすぎていた。この申し出に、はい!と言えるほどの図太さはおれにはない。そうすると彼女が立ち上がった。

「ウルアネル…確かに私は君にいろんなものをあげたかもね。限定のパンとかね」

「…ほんとにありがとうございます」

「でもね、君は実質私の命を助けてくれたの。あのまま私が連れ去られてたら、間違いなく私はいまここにいないしね」

そういう彼女の声は少し怒っている?ように聞こえる

「君が私に助けてもらったって思っているのと同じくらい、私も君に助けてもらったの。だから…」

そう言うと彼女はわかりやすく息を吸って僕に言う。

「遠慮しないでほしいの」

おれは彼女の顔をずっと見ていた俺は、彼女のまっすぐな瞳に引き込まれていた。

「まあ、君を家に迎えたいと最初に言ったのはクラミルだし。もちろん私たちも賛成さ、ね」

ポーメさんがパーネルさんを見て、互いに笑顔になっている。もう一度彼女の顔をみると、答えを待っている顔をしている。おれは息を深く吸って言う。

「はい、これから迷惑かけると思いますが、よろしくお願いします!」

俺は頭を深く下げた。顔をあげるとポーメさんが手を出している。おれはポーメさんと握手を交わして、

「これからよろしくね、ウルアネル君」

「はい!」

俺の隣で座っている彼女の顔は笑顔だった。

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