剣蛾

我社保

第1話 桃色の剣士(1)

 グリップを握る。マメだらけの手がじんと痛み、またすぐに痛みは引いた。アドレナリンの所為だろうか。

 剣を振るう、振るう、振るう。

 振るえど、到底敵わない。

 終いには、とぽん、と頭を叩かれる。


「ぎゃーっ! しっ、真剣で頭を叩く奴があるかーっ!」


 少年は涙目になりながら頭を押さえる。


魔空間まくうかんですよ。フレディ。魔力を剣に纏わせ、鞘にしてしまうのです。真剣であろうと人は斬れない。覚えなさい。チマモット流剣術対斬の型『魔空間』……大事ですよ」

「先に言えって!」

「緊張感がないでしょ~」


 赤い長髪の女。


 手には真剣。少年は木剣。


 どうやらふたりは先生と教え子という関係らしい。そばには、もう3人ほど少年がいた。銀髪の少年、頭髪の左右で青と赤に分けた少年、真ん中を銀色にして左右で赤と青に分けた少年。3人は兄弟だった。


「そもそも俺は剣士にはならないから剣術とか習っても意味ねーって……」

「そうとは限りませんよ、もしあなたに護りたい人が出来たとき……その人を奪われて……あなたは後悔せずに前へ進めますか」


 桃色の髪をした少年は目尻の涙を親指で拭って、剣を構えた。

 赤髪の女は微笑んで「そうです」と言った。


 穏やかに、時が流れる。

 どうやら隣の家ではシチューであるらしい。





「……さん……お客さん! おーきゃーくーさーん!」

「……ンォア? これはこれは車掌さん……付きましたかい」

「何回も呼んだんですよ、あと貴方が起きないと」

「いやあ、こりゃ悪ィ事をしちまったね。お代に上乗せしておくね。迷惑料」


 桃色の髪をした青年は黒い革スーツの端を直しながら、がま口の財布から1000タータ紙幣を出そうとしたところ、一緒に小銭も落ちて、バスの中に転がった。


「あーあーもー! お客さんあんたずっとこんな感じ」

「んにゃー、もう本当にすまないなァ」


 申し訳なさそうに眉を逆八の字にして、ぺこぺこと謝る青年。

 シートの下に転がった小銭を拾うために屈めば、ズボンの尻のところがビリリと破けた。


「ああっ、恥辱……!」

「あんた大丈夫か?」


 シートの下から顔を出すと、頭にガムがついていた。


「ああっ、汚辱……!」

「…………」


 車掌はバス車内の真ん中のシートに置いてあった剣に目を向ける。赤い薔薇の模様の入った黒い鞘。とすると、この桃色髪の青年は剣士なのだろうか、と疑る。


「あんたみたいな危険な不器用人が剣士とは、務まるんですか」

「剣士は副業でさァ。本業は『蛾』です」

「蛾ってエと……」


 蛾とは、いわば踊り屋の事である。踊り屋とはいえ、卑猥な物でも技術的な物でもなく、「蛾」と呼ばれる者は特に「夜儀」と呼ばれる、月を神と見立てたテレーテ教の儀式に使われる踊りを踊る者達の事である。かつて存在していた勇者の勇姿に見立てた踊りであり、「銀舞踊」と呼ばれている。


「テレーテ教の人か」

「はい。この国にある小さな街で夜儀があるってんで、蛾・兼・剣士としてちょっと断れないなと思ってね」

「ハハーなるほどなー」


 車掌は感心したように言った。

 そして、青年が降りる際、いままで様子を黙って見ていた運転手が口を開く。


「他の客が言ってたが……あんたホントに『ツルギダー』なのか? 破壊者ツルギダー……桃色の髪、黄色のマフラー、薔薇模様の鞘、ツルギダーにそっくりだってよ」

「俺がツルギダー……?」


 悪を斬りふせ正義を護る裏の剣聖。それが破壊者ツルギダー。子供達はみんな彼を「ヒーロー」と呼んでいた。


「そりゃアいい」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

剣蛾 我社保 @zero_sugar

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ