癌の友達を看取るとどうなるのか?

「ひとつ聞いて欲しいことがあるの、レイ」


ナオカがむすっとした顔でそういう。いつにも増して少し暗めの顔だった。


ナオカがこんなに落ち込んだ顔をしているのはなかなか見ないので、いつもだったらなんだかんだ嫌がるレイも、進んでナオカの面倒を見ることにした。


「なんだ、ナオカ?何か悲しいことでもあったのか?」


「皮肉は言わないんだね、レイ」


「ああ。なんか茶化してはいけない空気があるからな」


「ならよかった」


安堵したような声で言うが、ナオカの口元は変わらない。それを見て聞いたレイは、自分の直感が当たっていると思った。


「それで、お前は何があって俺に相談を持ちかけに来たんだ?」


「……私の友達が癌になっちゃって。もうじき死ぬから、最後に看取ってほしい」


「えっ!?」


急な発言に対し、レイは一瞬理解が追いつかなかった。


「あの……どう言うことだ?」


「私の友達の直仁じかに シニコちゃんが数週間前に発覚した末期の肝臓癌が原因で、もうすぐ心内第二病院にあるベッドの上でこの近くにある死ぬの。だからアパートのみんなに最後くらいは見届けて欲しい」


「いや詳細を言ってくれって言ったわけじゃ無くてな……てか直仁じかに シニコってなんだよ。まるで今回死ぬためだけに作られたような名前じゃねえか。シリアス展開ぶち壊すんじゃねえ」


そんなことを喋っていると、部屋の中にメリヤが入ってきた。


当然ながらナオカの友人が死ぬことなどメリヤは知らないため、鼻歌混じりで入ってきてとても楽しそうだった。


「あ、レイさん、ナオカさん!何かあったんですか?」


「ああ、あった。ナオカの友達が死ぬらしい」


「え、もう一度言ってもらっていいですか?」


メリヤがそういうと、レイは不機嫌そうに頭を掻きながら繰り返す。


「ナオカの友達が死ぬらしい」


「え?ナオカさんのお友達が、死ぬんですか?」


「ああ。だから他のみんなで見送ってほしいらしい。全くナオカってなんだかんだこういうところで情は大切にするよな——」


レイがため息をつきながらそう言っている最中に、メリヤは膝から崩れ落ちた。


「そんな……人間さんが死ぬところを目の当たりにしないといけないなんて……人間さんも生き物ですからいつかは死ぬのは知ってますけど……それでも……それでも……」


「ああ、悲しんでるところは悪いけど、なんとか付き合ってくれない?」


ナオカがそう言った瞬間メリヤは立ち上がり、涙を堪えながら言った。


「メリヤ、人間さんが死ぬところを……頑張って見届けようと思います!」


「その意気だよ」


こうして、メリヤたちはナオカの友達であるシニコがあの世に行くところを見送ることが決まった。


早速、ナオカはチユトにいつシニコが死ぬか特定してもらうことにする。


「あの、チユト。私の友達のシニコちゃんが死ぬのっていつになるの?」


「うーん……今から4日後ですね。ああ、わかってます。あなたが命日がいつか気になっているのは私たちが見送らないといけないからでしょう?」


「よくそんなことが聞けるな、ナオカ……」


当然ながらそれまでの4日間、お通夜状態の暗いムードが続く。


「本当に悲しいなぁ……人が死ぬところに立ち会わないといけないなんて……」


たった一人ケーイチだけがその例外だったが、ケーイチが明るいムードを抑えられないのはいつものことだったので、みんなは放っておいた。


そうして迎えた4日後、みんなはシニコのいる病室へと案内させてもらった。


「うぅ……やっぱり人が死ぬのを見るのって怖いです……死んだ人が化けて出たりしないんでしょうかね……?」


「安心してよキョウカちゃん!幽霊が化けて出るのを俺は小さい頃から何十回も見てきたけど!大体の幽霊はいい奴らだからさ!それに死んで無になるよりは幽霊になった方がいいでしょ?」


「なんでケーイチさんは幽霊が見えるのに平常心を保ってられるんですか?幽霊ですよ幽霊。よく平気でいられますね……」


「あはは、幼少期からいるとわかって普通に接してきたら怖くなくなるもんだよー?」


「こちらが直仁さんの病室です。もうそろそろ死ぬので最後の言葉でもかけてあげてください」


「こんにちは、ナオカだよ。シニコちゃん、覚えてる?」


「……ナオカちゃん?後ろにいる人たちは?」


「一人一人自己紹介すると間に合わないから省くけど……私のアパートに住んでる仲間、かな。私はシニコちゃんを失うのが怖くない。すでにこんなにもいい仲間がいるんだから」


「ありがとう。でも……それじゃあ私のことはもういらないの?ナオカが私を失うのが怖くないってことは……」


「いいや、違う。単純に、100から90くらいには減るかもしれないけど、ここにいるみんなのおかげで100から0にはならないかなってこと」


「そっか。ナオカちゃんは本当にいい人たちに恵まれたね。ほら、初対面なのに何人か泣いてるよ?」


シニコの言うとおり、ナオカの周りでは色々な人が泣いていた。


「本当に……いい女じゃねえか……いつも怒ってばかりの俺も……悲しくなっちまう……」

「えぇ……こんなにいい人が死んじゃうなんて信じられないわ」

「やっぱり僕なんかより価値がある人が死ぬのを見ると、心がとても痛む……僕が代わりに死ねるならそうしたい……」


メリヤはそんなシニコに近寄り、なんとかナオカに持ち上げてもらいながらシニコを励ます発言をした。


「シニコさん、とても可愛いですよ。メリヤは人間さんが大好きなんです。ですから、人間さんとして生まれてきて人間さんのお父さんとお母さんに育ててもらえて、人間さんのお友達に出会って、シニコさんはとても幸せだったと思います」


「本当?ありがとう!羽が生えた女の子……。もし来世があるんだったら、また人間に生まれ変わりたいな……」


メリヤはそう言われて少し照れてしまった。下げてもらうメリヤと交代するように、ケーイチが前に詰め寄ってくる。


「シニコちゃーん、死ぬのが怖いって思うでしょ?でも大丈夫だよ!死んだら無になるわけじゃないよ!」


急に馴れ馴れしく詰めてくるケーイチに戸惑いながらも、シニコはシニコなりに反応を返す。


「え?……そうなの?私、死んだらどうなるのかよくわからなかったけど、無になるのだけは怖いなって思ってて……」


「安心して!俺の家は霊媒師だからさー、俺は生まれつきオバケが見えんの!だからシニコちゃんがもしオバケになってお墓とかここの病院の前で徘徊してきてもさー、俺は定期的に会ってあげられるよ?」


シニコは急に涙を流す。その裏でチユトとレイは会話をしていた。


「なぁチユト、お前の力を使って人を生き返らせたりすることはできるのか?」


「あぁ、それですか。僕の力ではいくつかできないことがありましてね。そのうちの一つが『人を生き返らせたり、不死身にしたりすること』なんです。本当は僕もできるならそうしたかったけど、完全に仕方がないことなんです」


「そっか……なら、ケーイチのあの反応は俺たちが取れる中では一番いい方法なのかもしれないな」


「はい、それは否定できません」


裏でコソコソとそう言っていると、その間にシニコは息を引き取っていた。


「ピーーー!」


「心電図が平らになっちゃった……。まぁ、みんなにとっては初めて会った人だろうし、もう帰ろっか。私一人のわがままに付き合ってくれてありがとう」


そうしてナオカたちはお見舞いを終え、家に帰ることにした。みんな泣きながら歩いているが、ケーイチだけはいつも通りだった。


「やっぱりみんな優しいんだね。私のためだけにわざわざ来てくれて、見ず知らずの人が目の前で死んでるだけだって言うのに泣いてくれる。ケーイチが笑ってたのもケーイチなりの気遣いなんだろうね。幽霊が見える人にとって、死は別れじゃないから。そうなんでしょ?」


「まぁそうだね、あんまり意識してなかったけど。多分あれだけ若くして死んだらあんな感じで死んでも多少未練はあるだろうから、しばらく俺とはお別れしなくて済むよ!」


「ならよかったですね。メリヤたちにとっては1回しか合わない人ですが、ケーイチさんはこれから大切にしてくださいね!」


「うん!ああいう感じの幽霊の面倒を見る事を任せられることもあったから、安心してよ!」


ケーイチと話していると、自然とみんなの悲しみが取り除かれていった。


見えないけどそこに存在して見守っているというのが、どこかみんなの中で救いになったのだろう。


ちなみに、シニコの葬式が終わった後、ケーイチは定期的にどこかに行って、シニコの魂と会話しているらしい。


どこで会話しているのかは、他の誰も知らないのだった。

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