第8話
花見の晩。あるいは鬼に出会った晩。
「なぜ鬼などが人里近くに出たのでしょうか?」
長をはじめとした村の顔役たちが一堂に会し話し合いがもたれた。
当然そこには国の官職でもある巫女もいる。
「儀式の済んだ直後にこれは今までないことです」
「儀式に何か問題が?」
「なるほど。星詠み様の儀式に何かケチをつけようというのですか?」
顔役からそんな言葉が出るが刹が殺気立つ。
これには皆が押し黙った。巫女の儀式に問題があるとはだれも思ってはいまい。
「そもそも鬼とは何だ? まあ、明らかに嫌な気配を纏っていたが」
「人を喰らう化け物です。ご存じの通り相手をするのは骨の折れる相手です」
「そうじゃない。現れる理由とやらがあるのだろう?」
「鬼は人を喰らったもののなれのはてと言われています。ですが、その素性をはっきりと知る者はいません。どこからともなく現れるのです」
「この村では死者の埋葬は適切に行われております。おそらく旅客が喰われたのでしょう」
刹が巫女に変わって私の質問に答える。その補足を村長がする。
「星詠みならどこに現れるか。なぜ現れるのかもわかるのではないのか?」
私が訊ねると巫女は重苦しい空気の中口を開く。
「儀式は問題ではありません。鬼は歪み。何か起きる時の前触れです。今回の花見は例年にはないこと。直前まで予定になかった。それが何か触ったのかもしれません」
「巫女の力でもそこまではわからないのか?」
「そうですね。直前に変わればどうしても見損なうこともあるでしょうから」
「常に未来を見てるわけでもなし、急な変化はわからないこともあるのか……」
「そういうことです。巫女も万能ではないのですよ?」
巫女は薄く笑いつつも話をつづけた。
「理由を探したほうがいいでしょう。山狩りです」
「なんとも不穏な言葉が聞こえた気がするが、今なんと?」
「山狩りをし、鬼が他にいないか探し、次いで瘴気の出所を見つけます」
「人の生業によって瘴気はたまる。普通の生活であれば払いの儀式で散らせます。おそらく山の中で何かあったのでしょう」
刹は巫女の言葉に補足をした。山狩り。
山に潜む獣や罪人を複数のもので追い立てて狩るといううものだ。今回は相手が鬼。
狩り手には手練れが求められる。
「そういうわけで私の護衛は不要です。山狩りに加わり鬼を探してください」
巫女の侍従たち。先の鬼を打倒した従士だ。
彼等なら仮にほかの鬼がいても問題なく打ち倒せるだろう。
彼らはその言葉にしかしと苦言を述べた。だが巫女の説得に渋々という形で山狩りに出ることとなった。そしてその晩。里の守人と従士数名とが山の中を鬼がいないか探し始めた。
巫女の護衛が不在となれば当然私の従者どもは巫女を襲う計画に出た。
「これより巫女をやる。姫、御覚悟を」
覆面をした従者たち。その中で最も手練れのものが私に言う。
だがしかし今巫女に死なれては私も困る。
当然私がそれを許すはずもない。矛の石突きで頭領のみぞおちを思い切りついた。
私の攻撃を喰らった頭領はふらつきそのまま倒れた。
「なぜだ。なぜ裏切る」
まあ死にはしまい。だいぶ加減した。私の突然の行動に従者連中は一瞬たじろいだ。
だが、私が不意打ちで頭領を倒すと従者たちは得物を抜き放ち私を取り囲む。
「悪いな。今巫女に死なれると面倒なのでな」
「巫女にくみするか。姫ともあろうものが国に背くか」
「ああ、王の命は聞けん。だが国に背く気はない。私が王になるのだからな」
「戯言を。もとより用が済めば殺せとの勅命よ。ここで始末してしまえ」
従者連中。賊は四人。残りは三人。多勢に無勢と思える。
されど同時には切りかかれない以上はこちらは一人ずつつぶしていくだけだ。
「いざ、参る」
私は自分に言い聞かせるようにそう言い放つと矛を手に地を打つ。
シャンシャンと鈴が鳴った。突如賊どもの体から五色の光の粒があふれ出す。
それは星のように瞬き五色の星が沸き立ちおぼろな人影をなす。
これは『先行き』と呼ばれるものらしい。
魂より出でた星たちは人の形をなしながら賊の数歩先をかけてくる。
あの陰につかまれば私に命はない。それを躱しつつその影が向かう先に矛先を置くように動く。
先行きは未来の姿。その影と重なった賊は面白いように私の穂先の餌食となる。
「く、なぜこれほど強い。出来損ないの末娘のはずだ」
「爪を隠していた、と言いたいところだがちょいと前に力を得たのでな」
「もしや、それは巫女の力か。きさま、悪魔に魂を売ったか」
「いいや、逆だ。魂を入れられたのさ」
私は今まで諦めていた。女の身であること。人を斬れないこと。
だから仕方ないのだと弱い自分に言い聞かせ何もかも諦めていた。
それをその考えを巫女によって変えられた。
「囲え、相手は小娘一人だぞ」
「ああ、だめだな。それでは私には勝てんよ」
賊の一人が私の後ろに回り込むがその顎先を矛で突く。
みえているから見なくてもどこに打てばいいのかわかってしまう。
「恐ろしいなこれが巫女の力か」
私はひとり呟く。
「なってないぞ貴様ら。巫女の従士を見習え。連携が取れてないではないか」
思わず私はそう罵った。今の私は力を得て図に乗っているただの子供だ。
わかっている。そして、この後のこともだ。
二人となった賊は左右から同時に私に切りかかる。
だが長柄の武器を持つ私のほうが圧倒的に優位。落ち着いて一人の頭を石突きで小突く。
残った一人。
正面から迎え撃つ。ところがそこで星たちは明滅し光を失い先行きも消えてしまった。
そう、巫女の力は長時間は使えない。
ましてはつい先日巫女になったばかりの私ではなおのことだ。
だが、浮足立った賊一人討てずに何が王になるだ。
実力でねじ伏せる。
「ま、参った……」
最後の一人の首もとに矛先を突き付ける。
「助けてくれ。何でも聞く」
命乞いをする賊だが私にそのつもりはない。最初からどうするかは決まっていた。
「ならば聞け。私はこれより王座を奪いに動く。王に伝えよ。首を洗って待っていろと」
その後賊をたたき起こし国に逃す。これであとには引けなくなった。
私はこれより王となるために動く。
「終わりましたね~」
巫女はつまらないものを見たという顔で現れた。少し眠そうに見える。
まあそうだろう日が変わる時刻だ。
「ああ、上手いこと監視の目を消すことができた。いま山狩りに駆り出された者たちには悪いことをしたな」
そうなのだこれはすべて巫女の策略。
鬼が出たのも従者連中が暗殺に動いたのもすべて巫女の掌の上の出来事だった。
巫女の最上位。その払いの儀式後に鬼が出ることなど本来考えられない。
そういう話であるのに鬼が現れた。なら原因は自然と知れる。巫女だ。
この女がすべて仕組んだことだとしか思えない。
「ここまではお前の思い通りかもしれないが、今後はそうはいかんぞ」
「あら、よくわかりましたね」
「当たり前だ。他にできるものが思いつかない」
鬼など使ってもし里のものに被害が出たらどうするつもりだっったのか。
「それにしてもどうやって鬼など用意した?」
「あら、それを聞いてどうするのです?」
「あの膂力。どこかで捕らえて連れてくるなど出来る筈がない」
「世の中には知らないほうがいいことも多いですよ?」
「姫様、知らないほうが身のためです。知ってから後悔しても知りませんよ」
刹もいつの間にやら起きだしてきて話に加わる。
ここまで勿体つけられるとさすがに怖くなってきた。
「鬼の正体。それは人の血肉を喰らったもののなれのはて。それは事実であり間違えでもある」
仕方ないというていを出しつつ巫女は笑顔で鬼の正体について語りだす。
「やめろ、もういい。私でも察しがついた」
「知りたいといったのは貴女ではないですか?」
「もういい。そうか、鬼とは獣が巫女になったものなのか……」
つまり我らも鬼なのだ。おぞましいことだ。聞かなければよかった。
「つまりは我らは下手に手傷をおってはまずいということだな」
「そうです。私たちは死ぬときも場所を考えねば鬼を生み出しかねません」
「ますます、死ねなくなったな」
巫女はどこか満足そうにうなずいた。
「では姫様。私と共に歩む覚悟は整いましたか?」
「ああ、王になる話だな。いいとも」
巫女の言葉に頷きその手を握る。
「我、巫女姫。国とりにいざ参らん」
私は覚悟を決めるとそう名乗りを上げたのだった。
星喰い悪魔は月に願う 氷垣イヌハ @yomisen061
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