第6話
突如話に割り込んできた星詠みの巫女の付き人。
その少女の言葉の不穏な響きに思わず訊ねる。
「なんだ、星詠み、……殿。帝と仲が悪いのか?」
巫女があまりに砕けた口調で話すためついついそれに合わせた会話だったが、よくよく考えればあまりに巫女と姫が普通に会話をしていては不思議がられる。
ある程度場を弁えねばならない。
「いいえ、帝は星詠み様にぞっこんです。皇子への輿入れを懇願するほどですから」
「ほう。星詠み殿は皇子殿下といい仲なのか。そうなると、果ては
侍女の言葉に驚きつつもその話は興味深い。
女三人寄ればそう言う話になり、姦しくなるのも仕方がない。
いや、この場に少女は四人。
幼子は色恋には興味はない様子で嬉しそうに団子を頬ばっている。
「ちょ、ちょっと。
私が侍女に話を急かすとそのことに巫女は慌てだした。
「ひ、姫様。誤解です。私は后になどなる気はありません。皇子も私のことが大嫌いですからありえません。あの方は私がこの国を巫女の力で牛耳り、奪うのではないかと心配しているのですよ?」
「そうなのです。帝を差し置いていろいろと政に口出しするせいで側付きの方々にもいい顔をされてはいないのです。大きな声では言えませんが、官職にも派閥があり、あからさまな脅しも受けています」
「脅し、か。どういったものかはわからないが……」
私は星詠みの巫女をまじまじと見る。
思わず、巫女を秘密裏に亡き者にといった陰謀を想像をしたのはしかたない。
現にこの私も巫女の力を邪魔に思い暗殺に来ているのだ
この国にも巫女の力を恐れ疎ましく思う者がいるのは容易に想像できた。
「ご想像になるような心配はあり得ません。普通の巫女にならまだしも、流石に
私の考えが顔に出ていたのか侍女はそのようなことを言いだした。
そして、きっと私を睨みつける。
祟りは迷信に過ぎないらしいが思い当たることがありすぎる。
「そ、そうか。流石にそれなら余程の考えなしでない限りは大丈夫そうだな……」
「流石に、絶対とは言えません。祟られてもいい、それこそ咎人にでも命じれば済む話ですから。もしくは、死なば諸共ということも……」
じっと私を射る侍女の視線から思わず顔を背ける。
思い当たることだらけで冷や汗が止まらない。
巫女を殺そうとして巫女にされてしまった。
今は運命共同体、死なば諸共。洒落にもならない。
その様子をみて巫女は笑いながら言う。
「まあ、私を殺しても得はありません。巫女の任期はそう長くはありません。長くても数年。私より若くて神力の強い巫女は他に大勢いますからね。私がいなくなったところで、新たな星詠みが任じられるだけです」
「冗談でもそのようなこと、言わないでください。歴代最高の巫女とも言われる貴女に何かあれば国が傾きます」
「もう、刹。そんなに煽てても、私の分のおだんごはあげませんよ?」
その横ですでに五本目のだんごに手を付けようとしていた幼子は何かと葛藤しつつ唸りながらも、そっと手にした団子を離した。
「それに私は貴女に死んでほしくはありません。つい先日も他の巫女様一行が任の途中に全員、行方不明となったばかりではないですか。おそらく、その方達は……」
侍女は巫女に苦言を述べる。
侍女は万が一のことを考えてかとても悲しそうな顔をした。
「ごめんね、刹。心配は嬉しいけど、巫女である限りはたとえ私でなくともその危険はいつも付きまとうものだから……」
侍女の少女、刹は巫女の手を握り今にも泣き出しそうになっている。
巫女は少し困ったような顔で私の顔を見つめてくる。
おそらく、この少女は私が巫女を殺そうとしたことを知っているのだ。
いや、すべて巫女から知らされていてこの女に協力している。
現に私を監禁していた櫓の地下にこの巫女一人で私を運べるはずもない。
敬愛する巫女を殺めようとした私が憎くて仕方ない。
それこそ、殺したいほどに。だが、それをすれば巫女が困る。
彼女の視線の正体はそれなのだ。
「私は心配です。貴女は優しすぎる」
「そうかな? 別にそんなことはないよ」
巫女は相も変わらず作り物の笑顔を浮かべていた。
巫女の言葉は絶対、疑ってはいけない。
信じぬ者には恐ろしい災いが訪れる。
この国の者は巫女のその言動を疑わない。
きっと今の巫女を見ても誰もがただ宴を楽しんでいるようにしか思わない。
だが、武国の人間である私は信じない。この巫女は嘘つきだ。
「そして、自身の無力が憎い。巫女様は大変お強い。ですが、その周りの者は違う。私がそばに侍ることで巫女様に危険が及ぶかもしれないのがひどく怖いのです」
その言葉にも巫女は変わらず笑顔のままだったが、その瞳の奥に一瞬の揺らぎが見えた。それが何なのかは出会って間もない私にはさすがにわからない。
「姫様、脅しとはそういう事なのです」
巫女はその予知の力と恐ろしいほどの武術の腕でいくらでも自身の身は守れるだろう。しかし、周りの者は違う。
例えば、すぐ近くで団子を頬張る幼子。
この子が巫女の代わりに賊に襲われればどうなるか。
知れたこと、抵抗の余地など無い。そう、巫女達の弱点。
それは身近な大切な者たちだ。その者たちを盾にされれば巫女達は何もできない。
未来を視てどんなに備えようとも守れる範囲は限りがある。親しいもの大切なものが多ければ多いほど危険が増す。
目の前で親しいものが危険にさらされれば、巫女はその者の命か自身の命を選ばざるを得なくなるのだ。恐らく、行方知れずの巫女というのも周囲の者が危険にさらされた時、自身の命を選べずにその命を散らしたのだろう。
「なぜ、それを私に言う。まだ裏切るかもしれない私に、それを言うな……」
侍女の少女、刹。この娘は敵かもしれない私に巫女の弱点をわざわざ教えたのだ。
私がそう呟くと、刹は私に初めて笑顔を見せた。
それは巫女とは違ってひどく歪で明らかに無理をしているのがわかるものだった。
「その言葉が出てしまう貴女も相当に甘すぎます。くれぐれもお気をつけて」
三者の間には、しばしの沈黙。
それを余所に宴の間では他の者たちは興が乗ってきたのか飲めや踊れや騒いでいる。
「でも、巫女様たち甘いの好きでしょ?」
幼子がそう言いながら刹の口に団子を突き付ける。
この子は、おそらく私たちの話の内容は何も理解してはいない。
その無邪気な笑顔に刹は毒気を抜かれたかのようにその串の先の団子を口に入れた。
「流石、ババ様のおだんごです。餡の甘さが程よくて大変美味しゅうございますよ」
「そうね、私たちは甘いものが好き。そうでしょう?」
「ああ、まったく。そう言えばまだせっかくの団子をいただいていなかったな」
幼子の笑顔に私たちはつられて各々笑い声をあげる。
「まあ、この子ったら。一人でほとんどのおだんごを食べてしまって。この里の者ならいつでも食べられるでしょう?」
そこへ茶の用意ができた女の子の母親が戻ってきた。
その前に置かれていた食べ終わった串の数を見て呆れている。
「ババ様はまだまだお元気だけどもう足が悪い。都にはもう気軽に行けないから巫女様方に是非食べてほしいと言っていたのに」
気付くと重箱の中の団子はもう一つしか残っていなかった。
「仕方ありません。ババ様の団子はこの国の者なら皆が我を忘れて求める味ですもの」
「それはそれで恐ろしい話だな。まあ、一本もあれば十分だ。星詠み殿、それ一つ」
私は串を持つとその先端を巫女の口元に持っていく。巫女はそれを笑顔で一つ口に入れた。串にはまだ三つの団子が刺さっている。
「では姫様。私も一つ」
重箱に私が戻した串を今度は巫女が私の口元に差し出した。
その串の団子の一つに喰らいつく。
「うん、なんて旨さだ。これほどの味なら皆が夢中になるのも頷ける」
ほのかな甘みの中に少しの塩味。
それがより甘みを引き出すことで団子の柔らかさと相まって夢中にさせる。
「さあ、刹も」
「巫女様、侍女の私にまで恐れ多い」
今度は巫女の手から侍女の少女、刹が団子を口にした。
「じゃあ、あたしのからも。ひめちゃん、どうぞ」
幼子が自身の持つ串を私の前に差し出した。そこから一つ口に含む。
「うん旨い。いくらでも食べられそうだ」
「巫女様もたべて」
同じように巫女も幼子の団子を口に入れ、幸せそうに笑顔を見せた。
「刹ねえもどうぞ」
刹も幼子の団子を口に入れた。
そして、最後に団子の玉が二つ残る。
重箱の中に一つだけ団子の残った串が一本。
幼子の手に同じく一玉残った串一つ。
「さあ、ここに二つの団子。どうするべきだと思う?」
巫女が少し意地の悪い顔を見せた。当然、ここでとるべき答えは一つしかない。
「とても美味しかったよ。これはお礼だ。食べるといい」
重箱に残った串を幼子に渡す。その串から幸せそうに女の子は団子を口にした。
「いい笑顔ね、もう一度見せて?」
今度は巫女が女の子の串を手で示しながら食べるようにすすめる。
嬉しそうに女の子は口にして、また可愛い笑顔を咲かせるのだった。
「まったく、巫女というのは……」
隣から何やら呟き声が聞こえ振り返る。
そこには何やら複雑そうな顔を浮かべつつも笑う刹の姿があった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます