第3話
死を迎え、真っ暗闇に落ちた世界から目を覚ます。
幸い、その日は『今』ではない。そう、これは未来を見た夢。
その日はまだやっては来ない。
「もう、やめて……」
鎖につながれたままの姫君はなおも悲鳴を上げるとそう呟いた。
目はうつろで瞳の奥からは光が消えかけている。もう限界は近い。
「ごめんなさい。でも、これは必要なことだから。諦めて?」
巫女は姫君に、それでもきっぱりと拒絶の言葉を突き付ける。
「やめて、もう死にたくない。もう、殺して。早く楽にして……」
隣国から視察名目で滞在中の姫君。
彼女はそう答えると脱力し、気を失ってしまった。
「あはは、面白いこと言うよね。死にたくないのに、殺してだなんて」
確かに衰弱はひどい。
このままだと廃人になるのが先か本当に死んでしまうのが先か。
「まったく、だらしないなぁ。ちょっと、自分の死の光景を疑似体験するぐらいで」
そうは言っても、この二日で彼女は優に数十もの死を迎えている。
巫女の異能が一つ、死の予知夢。彼女が苦しんでいる原因だ。
未来に向かえうる、自らの最期の瞬間を姫はこの数日に幾度も体験していた。
実際に死ぬわけではないとはいえ、その恐怖や絶望は確かに相当に堪えるものがある。
「いや、わかるよ。痛いし、苦しいし、あの絶望感。だからなおさら、頑張ってよ」
しかもその時の痛みや苦しさも実際と同じように感じるのだから堪ったものじゃない。
かく言う巫女も修業時代にはかなり苦しめられたのだ。修業時代は軽く千は超える死を体験しただろう。
まあ、途中で数えるのは止めたからはっきりとはわからない。
今もまだ生きているのだから死んでいた可能性の数など数えても意味はない。
「姫様も大変よね。暗殺とか、なにかと命の危険は多いでしょうから。まあ、私もそうは変わらないのだけど」
星詠みは最高位の巫女。それだけになにかとしがらみも多い。
政に関わる官職にもいろいろな派閥があるし、その思惑に反すれば秘密裏に亡き者に、なんてことはよくある話だ。巫女の同期にもそう言ったことで命を散らした娘もいるのだ。
国の彼方此方へ出掛けることも多く、死の危険は他の巫女の比ではない。
事実、最近も暗殺されかけている。
目の前の姫君に殺されかけたのだ。
そして、あっさりと返り討ちにした。
簡単なことだ、最高位の巫女が普通の女の子でいられるはずもない。
未来を見て、その伝え方一つでも国を傾けかねない。恨まれもする。
だから、他の巫女でも皆最低限の護身のすべは心得ている。
相手が武官でもなければそうは遅れはとらない。
この姫も流石は武国の生まれ、いい線はいっていた。
けれど、それでも巫女にはわずかに敵わなかった。
「そもそも、巫女は予知の力があるのに殺せるとか本気で思ってたの? 普通自分が暗殺されるのを知ってて、何もしないとかあり得ないでしょ? 貴女、嵌められたんだよ」
巫女は自身の死を予見していたのだ。当たり前の話である。
どうやらこのお姫様、国ではかなり肩身が狭いらしい。
隣国はかなりの武力国家で、強さこそ正義という考えで全てが回っている。
強者の言葉を疑ってはいけない。
その命に反してはいけない。王はその最強の者。
その中で、末娘のこの姫君は立場が弱い。巫女暗殺の命が下ったのも仕方がない。
「最初から貴女を帝国内で殺して、戦の大義名分を作る手はずだったんだろうね。帝国に姫様が殺されたって。攻め込まれても報復だと言われれば帝国も下手に手出しできなくなるから」
巫女殺しは祟りがあると信じられている。
祟られても困らない人物が暗殺には用いられたのだ。
孤児とか犯罪者だ。つまり、死んでも困らない人物。この姫もそうだった。
他の兄弟たちは姫の年には数々の武勲を上げていたにもかかわらずそれがない。
まだ、人を斬ったことがなかったのだから当然だ。
「帝国の巫女。我が軍の戦の手はずをことごとく邪魔するはその者らしい。斥候を捕らえられるは、物資の移送を阻まれるは忌々しい。直ちに彼の地に赴きその首を絶て」
弱く役立たずの姫などは不要と、王自ら娘である姫君に暗殺を命じたのだ。
さらには、失敗しても殺されれば戦の口実にと非常に都合が良い。
良すぎてしまった。
その情報を商人のふりをさせ隣国に送っていた間者から聞いた巫女は、なんとも複雑な気持ちになった。
我が子や肉親を捨て駒にするなどとは気がしれないと思うがその土地により思想は変わる。
「そんなことわかっている。暗殺に成功し、祟られるもよし。失敗し、殺されるもよし。虐げられるものの気持ちがわかるか。ただ弱いというだけで奪われ、犯され、死んでいく。戦となれば職も増える。食い扶持があれば少しは助かる命もある。だからこそ、私は弱い民のためここで死なねばならん」
全て覚悟の上で姫はやってきていた。悲壮な表情で切りかかられ、武器を取り上げ投げ飛ばしても仕込み銃まで取り出して暴れだした。
馬鹿である。銃を使えばその音で敵が増え、逃げおおせるのは難しくなるのだから。
最初から自分が殺されるつもりだったのだ。この姫は、やさしすぎたのだ。
人を傷つけられないせいで弱かっただけで、本当なら巫女を殺し得るほどの武術の才はあったのだ。事実巫女が自身の死を予見していたのだから。
「ふ~ん。自国の民は守りたくて、他の国の民は死んでもいいんだね」
戦となれば犠牲になる民の数は計り知れない。
立場が違えば、守りたいものは変わる。だから、巫女も別に非難する気はない。
だが、うっかり死なれでもしたら面倒だ。
実際、放っておいたら今すぐにでも自害しかねない。そうなれば戦になるのは避けられない。
殺されたがる姫に困り果てた巫女は、当初の目的通りに姫を巫女にすることにした。
「やっとあの日まで来られる可能性ができても、未来視の制御ができてくれないと話にならないよ?」。
巫女は心を鬼にして姫を叩き起こす。頭から水を浴びた姫は呻き声をあげて目を覚ました。
姫はその身に宿った巫女の力の暴走で苦しんでいる。
もう時間がない。このままだと本当に死んでしまう。
前日は無理矢理に食事をさせていたのだが、すぐに戻してしまって駄目だった。
「もう、仕方ない。無理にでも未来視を覚えてもらうよ」
「やめて…… もう痛いのも、苦しいのもいや……」
武人国家の姫だけに普段は男勝りな言葉遣いなのに、今はすっかり見た目通りの少女のようになっている。目にはいっぱいに涙をためていやいやと首を振る。
あるいはこれが、姫本来の性格なのだろう。
「いい? 私の目をよく見なさい」
がしりと姫の頭を掴むと額に強く頭をぶつける。
「今度は貴女は死ななくていい。私が死ぬところを見せてあげる」
先ほどしたのは姫の未来視を盗み見るものだ。今度は反対に巫女の最期の瞬間を姫に見せる。
巫女が普段している力の制御法を体感させ、無理やりに体に覚えさせるのだ。
その分、巫女は死の苦しみを味わうことになるのだが……
星降る日。人の世の終わり。
巫女はその日までは、生きられない。その数日前に、殺されるのだから。
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