第2話
単に未来と言ってもいつのことを指すかはわからない。
わずか数刻の先も未来だし、数日あるいは数年かもしれない。
しかして、その終わりは一体いつなのだろう。
人の一生で言えばそこはまさしく最期の時だ。
死はすべての人に平等にやってくる。
見渡す限り、世界は赤に染まっていた。
全てが等しく朱に染まる。
時は夕暮れ。陽は山の峰に消えていく。茜に染まる里。
ひび割れ赤々と燃える木の柱は、音を立てて崩れると火花を散らしながら横たわった。
大勢が暮らしていたであろう長屋はそれでも消えずに燃え続けている。
「何なんだ、これは? 何が起きている」
焦げた臭い。肌をひりつかせる熱のせいで首筋に汗がつたう。
干上がりそうなその熱の中を進むと、ぬめりのある水たまりに足を取られた。
顔から倒れるわけにもいかず、思わず着いた手にはべっとりと赤い液体が付く。
鉄さびの匂いが鼻を突く。
いまだ消えない家屋の炎に照らされたその小さな池もまた赤い。
「なんでこんなことになっているんだ!」
怒鳴るように質問を重ねるその女性の顔にはいくらかの幼さが残る。
炎に照らされたその表情には焦りと恐怖が見えた。
動かなくなった人がそこら中に寝転がっているのだ。
ろくに着物も身に着けておらず折り重なるように倒れているその体は、真っ黒なすすで汚れていて老いも若いも男か女かさえもわからない。
わかることはその者たちはもう、すでに生きてはいないことだけだ。
「陽の彼方より大岩迫り、夜の月に影を落とす。其、天より堕ちて大地を焦がす」
その声に驚き振り返るといつの間にか緋色の袴に純白の小袖を着た少女が立っていた。
幼くも美しい、誰もが見惚れそうな少女だった。
「なんだ、それは? 何を言っている? 知っていること、すべて話せ。星詠み」
武者鎧に身を包む少女は巫女に詰め寄った。
その巫女の美しさは実に妖しく映った。おかしい、明らかに怪しい。
この凄惨な光景の中にありながら巫女の体には一切の汚れはない。
里の燃える煙や周囲に舞う火花にもかかわらずだ。
「予言句だよ。巫女は未来を予見する。その情景を語る時、少なからず私見や先入観を含んでしまう。だから断片的な要素を抜き出して未来の可能性を語るんだよ。その予言の光景がこれ。大岩が大地に落ち、そのせいで村が燃えてるの」
説明する巫女の数歩先で周囲を見渡すのは隣国の姫君だ。
見える範囲に立っているのは巫女と姫のただ二人だけだった。
「何なんだこれは? 星詠み、貴様一体何をした」
隣国の姫は巫女の胸倉を掴もうと歩み寄る。しかし、その手は空を切った。
巫女の体は霞の様に朧でそこにいるのにいないかの様だ。
「私は、何もしていない。いいえ、出来なかった結果がこれ、というべきかな…… 貴女がこの日を迎えられて嬉しい。ずっと、待ってた。貴女ならここまで来てくれると思っていた」
巫女は今の光景をよく観察する。酷い。悲惨な光景である。
その光景に目を閉じるとしばらく顔を伏せた。
「姫様のさっきの質問。その答えは、もうわかっているのでしょ?」
姫は先ほど見た光景を思い出す。どれも信じがたいものだった。
最初は天に白い閃光が走った。皆が何事かと見上げるうちに突然の轟音と突風が吹く。
次いで地の底から突き上げるような揺れに見舞われた。その揺れにより村の中の家屋から火の手が上がる。
造りの悪い家が崩れ、ちょうど夕食時だった煮炊きの火が引火したのだ。
人々は逃げ惑い、袋小路で折り重なり倒れると火に巻かれた。
呻き声や泣き叫ぶ声がしばらく続いたが、それももう聞こえない。
「これがこの地の人々の最期だよ。私達はこれで御終い。見て、あの大岩を……」
大岩が落ちた衝撃で天高く巻き上げられた土砂が空を覆っていた。
紫電を纏い天を突く黒雲は傘を作り、その淵の方から岩の雨を降らせ始めた。
暗雲はこちらにどんどんと迫っていた。姫はその光景に声にならない悲鳴を上げている。
「あの岩の雨で全員死んじゃうね。仕方ないか……」
巫女がそう呟くと同時、周囲が黒に染まる。鼓膜を破る雷鳴の音と共に全身が砕かれる。
最初の衝撃に思わず悲鳴が出るものの、すぐに周囲を打つ岩の音で書き換えられた。
世界が赤と黒に塗りつぶされる。そうして、姫達は死を迎えた。
その日、この地は等しく死に染まる……
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