第21話 陽キャ
文化祭で変わった事と言えば、一年生の海斗ファンが増えた事。そしてもう一つ、生徒会長の白石真帆のファンも増えた事だ。白石は演劇部の舞台で男役を演じ、それがとてもかっこよかったとかで、主に女子の間で人気が増していた。
だが、相変わらず白石は、ちょくちょく山岳部の部室に現れた。
「こんなに重い荷物をしょって歩いているんだねえ。だから岳斗君は足腰が強いんだね。」
岳斗たちがトレーニングする時に背負っていたリュックを持ち上げて、白石はそんな事を言った。
「え?俺、足腰強いですか?」
岳斗が聞くと、
「ほら、あの時。建築資材が倒れてきた時、私を助けてくれたじゃないか。こう、がしっと持って。」
白石は、その時の岳斗の恰好を再現しながら言った。
「あ、真帆さんこんにちは!演劇部、観ましたよー!真帆さん、かっこよかったです。」
萌が部室に入ってきて、そう言った。
「ああ、ありがとう。」
と、白石は言って、岳斗を見る。
「あー、すみません。俺はちょうどクラスの当番だったので、観られなかったんです。」
岳斗が頭を搔きながら言うと、
「いいんだ、いいんだ。あんなの見ない方が……。」
最後の方はごにょごにょと言っていて、岳斗には良く聞こえなかった。部長の広瀬が、
「会長、何か用ですか?」
と言うと、白石はハッとしたようだった。会長と呼ばれて急に気を張ったのかもしれない。
「あー、いや。そのほら、三年生が引退して、今山岳部には女子部員が一人しかいないでしょ。女子一人で大丈夫かなーと、ちょっと心配になってね。」
広瀬はああ、と頷いた。本当に納得したのか?と岳斗は驚いた。今の説明で?
すると、入り口の方を向いていた萌が、
「キャッ!あ、あの、こんにちは!」
と言った。その反応を見れば何が起こったのかが分かるというもの。海斗が現れたのだ。なぜここへ?と岳斗は思った。
「し、ら、い、し。また岳斗にちょっかい出してるのかー?」
と、すごんでいる海斗。
「お前には関係ないだろ。」
白石もすごむ。
「関係なくないね。岳斗は俺の弟なんだから。」
「お前さ、弟にかまい過ぎじゃないのか?これじゃ、弟に彼女なんかできそうもないじゃないか。」
(白石さん、よくぞ言ってくれました、その通り!)
と、岳斗は心の中で手を打つ。
「あれだろ。弟に近寄って来る女がいると、お前はその女をけん制しようとする。だが、大抵の女はお前が目の前に現れると、岳斗君ではなくお前に惚れてしまう。それで終わりだ。いつもそうなんだろ。岳斗君可哀そう。」
白石にそう言われて、海斗は顎をぐっと引いた。言い返せないようだ。その通りだからな、と岳斗は大きく二、三回頷いた。見れば、二年生の部員三人も密かに頷いていた。
「海斗、なんでここにいるの?もう部活終わったの?」
岳斗が聞くと、
「ああ、さっき雨降って来たから、早めに終わった。一緒に帰ろうぜ。」
と、海斗が言った。
「俺、まだ着替えてないし、先に帰っていいよ。」
岳斗がそう言うと、海斗は一瞬黙ったが、
「俺、傘ないんだよ。昇降口で待ってるから。」
と言って、その場を去って行った。
「キャー、海斗さんかっこいい。」
萌がそう言った。
「じゃあ、私はこれで。」
と言って、白石も出て行った。それから、萌は女子更衣室へ行き、岳斗たち男子四人は部室で制服に着替えた。
「先輩たち、兄貴とは知り合いじゃないんですか?」
岳斗が、同じ学年でも知らない間柄なのかな、と思って聞くと、
「俺は同じクラスだけどね、話した事はないよ。」
と、近藤が言った。
「俺たちは陰キャだから。陽キャの人とは住む世界が違うのよ。君みたいな後輩が入ってくれて、俺たちにもちょっとだけスポットライトが当たったように錯覚してしまうけれどね。」
松本がそう言った。
「俺みたいな?」
岳斗が聞き返すと、
「君はどちらかと言うと陽キャでしょ。でも、山岳部員だから、それほどでもないか。」
広瀬がそう言って笑った。山岳部は確かに比較的地味ではあるが、部活の問題でもないような、と岳斗は思った。
「俺は陰キャですよ。いつも兄貴の日陰にいますから。」
と言うと、
「でもさ、君の所に城崎海斗と白石会長がちょくちょく訪れるんだよ?この学校で一番日の当たっている二人じゃないか。兄貴はともかく、生徒会長のお気に入りなのだからして、陰キャではないよ、もはや。」
近藤がそう言うと、他の二人も頷いた。
岳斗が昇降口へ行くと、海斗がドアにもたれかかって立っていた。その姿はもう、反則レベルだった。遠くから写真を撮っていく人があっちにもこっちにもいる。岳斗も撮りたくなった。インスタ映え間違いなし。岳斗は本当に写真を撮った。他の人とは違って、けっこう近くから。それで、流石の海斗も何事かと振り返った。
「なんだ、岳斗か。」
そう言って、海斗は笑った。
(くー、これも撮りたい!)
と思った岳斗だが、いやいや、もう止めようと思い直した。
「岳斗、傘持ってる?」
「それ今聞く?持ってるよ。一本だけどね。」
岳斗はそう言って、折り畳み傘を出した。それほど大きい傘ではないが、仕方なく二人で差した。おそらく後ろから写真を撮られているな、と岳斗は思った。
並んで歩きながら、
「海斗はさ、なんで白石さんにあんなに敵対心むき出しなの?」
と、岳斗は素朴な疑問を投げてみた。
「それはお前、あいつがお前を狙ってるからだよ。」
海斗があっさりと言う。
「そうかあ?そんなんじゃないでしょ。いや、そうだとしても、だからって海斗がめくじら立てる事でもなくない?」
「お前、白石の事が好きなのか?」
海斗がびっくりしてそう聞いた。
「いや、別に好きでも嫌いでもないよ。」
「でも、あいつはお前の事を間違いなく好きだね。」
「そうかなあ。なんで俺の事なんて。」
「そりゃ、お前があいつを助けたからだよ。あいつもああ見えて女の子なんだなあ。目の前でたくましいお前の姿を見て、ときめいちゃったんじゃないのか?」
そういえば、先ほど“がしっと”どうのこうのと、白石が言っていた。
「ダメだよ。」
岳斗が黙って考え込んでいたら、海斗が急にそんな風に言った。
「え?」
何がダメだって?
「いや、何でもない。」
海斗もそのまま黙ってしまった。
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