第20話 本気の男子
文化祭の片づけと振替休日があり、学校の日常が戻った。しかし、元に戻っていない事がある。それは、一年生の海斗ファンが一気に増えた事だ。海斗の話がしたくて、もしくは海斗の事を聞きたくて、女子が岳斗に話しかけてくる事が増えた。ああ、またあの悪夢が始まるのか、と岳斗は思った。
そして、一人の男子がそういう目的で岳斗に近づいてきた。彼ははっきりとその目的を最初から告げた。
隣のクラスの本条護(ほんじょうまもる)だ。護は小さくて華奢で、色白な美少年だ。女装したら女子にしか見えないだろうと思うほど、本当に可愛らしい顔をしていた。目がパッチリしているし、頬もふっくらしていて、唇が艶のある赤紫色をしていた。
「城崎君、僕、君のお兄さんに惚れちゃったんだ。僕の事、応援してくれないかな?」
そう言って、護はニッコリと笑った。ものすごくオープンだ、と岳斗は面食らった。だが、護は顔に似合わず押しが強い性格で、岳斗はどうにも断る事ができない。数日後、海斗に会わせて欲しいとせがまれ、昼休みに海斗を呼び出すという暴挙に出た。まだ栗田にもしゃべらせてやっていないのに。
岳斗は海斗をLINEで呼び出した。理由も言わずここに来てくれと送ったら、疑いもせずOKだと返って来た。少々申し訳なさを感じる岳斗。岳斗と護が待っていると、海斗がやってきた。岳斗が護の方をチラッと見ると、ものすごく緊張している様子だった。目をウルウルさせ、両手を胸の前で握りしめている。岳斗は、そんな護を可愛いと思った。
「岳斗、どうしたんだ?何か用?」
海斗が岳斗に聞く。
「あー、えっと、こちら本条君。海斗と話したいんだって。じゃあ、俺は行くから。」
岳斗はそう言って、一歩下がってから、海斗にしか見えないように手で拝むポーズを取り、去った。
岳斗はしばらく行ってから、振り返った。声は聞こえないが、海斗が片手を頭の後ろに当てており、護が俯き加減でその前に立っているのが見える。いきなり告白しているのだろうか、と岳斗は考えた。このシチュエーションでそれ以外には考えられない。
(海斗、まさかOKしたりしないよな。でも、護君はかなり可愛い顔をしているし、いやいや、まさかそんな事で初対面の男子との交際を即決めたりなんか、しないようなあ、まさか。)
岳斗は、気づけば物陰に隠れてじっと二人を見守っていた。そのうち、護が手を出し、海斗も手を出し、握手をしていた。そして、海斗は去って行った。護はこちらを振り返り、ピューッと走って来た。
「わーん、緊張したよー!」
やっぱり可愛い、と岳斗は思った。
「兄貴、何て?」
岳斗が聞くと、護は目に涙さえ浮かべて、
「握手してくれたー!」
と言う。
「兄貴に、告白したの?」
岳斗が今度はそう尋ねると、
「告白って言うか、ファンになっちゃいましたって言った。」
と、護が言った。なるほど、と岳斗は納得。
「よかったね。」
岳斗はそう言いつつ、なんだか、むしろ羨ましいと思った。人から見たら羨ましがられるのは岳斗の方だろうが。
家に帰った時、岳斗はもやもやした気分で一杯だった。海斗が帰って来たので、部屋に入る前に捕まえた。
「海斗、今日の事だけど。」
「おお。お前、ああいう事しないんじゃなかったのか?」
「え、ああいう事って?」
「だから、俺のファンだとかいう奴に、俺を引き合わせるとか。」
そう言われて、それもそうだと岳斗は思った。
「ごめん、なんか、あまりに本気だったし、なんだか押されちゃって。」
いや、聞きたいのは俺の方なのに、と岳斗は思い、
「それでさ、どう思った?」
と聞いた。
「どうって?」
「あいつ、本条ってすっごい美少年じゃん?」
「そうか?」
「そう思わなかった?」
「あー、別に。お前の方が可愛いよ。」
海斗はさらっとそんな事を言う。二の句が継げないとはこの事。岳斗は、握手してもらっていた護の事が羨ましかったのに、なんだかこれでは……。だが、どうしても岳斗も握手をしてもらいたかった。ステージで歌っていた海斗と、握手がしたかったのだ。それで、岳斗は右手を差し出した。恥を忍んで。もう、どうにでもなれ、と。
「握手、して。」
海斗は、その手を見て、岳斗の顔を見た。そしてニヤッと笑うと、岳斗の手を右手で握った。更に、その手をぐいっと引いた。とっとっと、とバランスを崩した岳斗は、当然そのまま海斗の胸にドスン。海斗は岳斗の背中に腕を回した。沖縄以来のハグ。岳斗の顔はカーっと熱くなったが、やっぱり嬉しくて、岳斗も海斗の背中に腕を回し、そのまましばらくじっとしていた。
やばい、と岳斗は思った。自分は海斗を独り占めしたいと思い始めてしまった、と。あんなに人気者で、あんなにかっこよく、こんなに優しい海斗。だが、いつまでも自分の物ではいてくれないのだろう、とも思う。きっと、いつか海斗を本当に虜にする人が現れるだろう。そうなっても、海斗は自分を弟として可愛がってくれるだろうか。独り占めはできなくても、ずっと仲良く、兄弟として生きていけるだろうか。
すると、
「二人で何やってるの?」
と、洋子の声が。
「うわあっ!」
二人は同時声を上げ、パッと離れた。岳斗が階段の下を見ると、そこに洋子が立っていた。海斗は、なんと後ろ向きにひっくり返っていた。ビックリし過ぎではないか、と岳斗は思った。
「えっと、いや、別に何も。」
岳斗が作り笑いをして洋子に釈明しようとしていると、海斗はひっくり返った体を表に返し、そのまま四つん這いでダダダッと自分の部屋に駆け込んでしまった。
(ナニ?逃げた?)
岳斗が洋子の方を振り返ると、洋子はクククッと笑って去って行った。岳斗は、脇汗がどっと出た。恥ずかしくて。
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