第2話 神杖の儀式 ⑴
リン(凜)は前世では世界的に人気なプロ棋士だった。そして「悪魔の左手を持つ」と周りから言われていた。リンは右利きでありながら、たまあに左手で将棋を指すことがあった。そして、左手で指した対局の相手は全員負け、その後将棋界から姿を消した。
リンはインタビューでどうして左手で将棋を指すことがあるかと質問されたとき「妾が左手で?妾は右利きでありんすよ、なんで左手で指さなければいけないのでありんすか。」と不思議そうに答えたというのは、世界的に知られた名言だった。
リンは自分の部屋のベッドで目を覚ました。
今日は4月1日、
ついに来た、今日でこの異世界でゼータとして過ごせるか決まる。昨日は外に出かけ、気を紛らわせたがやっぱり緊張するなぁ。
ふと昨日のことを思い出す。
そういえば昨日のあれはゼータになりきれていたな。我ながら素晴らしかった。男達が私にびびって一歩後ずさるところなんて気持ち良すぎた。
そういえばなんであの男はあんなに騒いでいたのだろうか?こんなに細い私の腕でつかんだだけなのに。
リンは普通の女の子よりも細い自分の腕を見ながら考える。
もしかしたら私の演技に乗っかってくれたのだろうか。いや、それはないな。あんなクズたちが。いや、私が貴族だからびびったのか。それなら一応納得できるような……うーん、……。
「リン、そろそろ起きてきなさーい。」
下の階からミステの声が聞こえ、思考を切り替える。
「わ、分かったで、ありんす。」
ぎこちなく答えた。
やっぱりゼータの衣装じゃないとゼータのまねは無理だね。
ベッドから起き上がり、すぐにいつものゴスロリ衣装に着替える。鏡で自分の格好を確認する。ゼータと同じ衣装を着てることを改めて確認する。いつもこの時間は楽しい。自分が大好きなゼータになれていると実感できるから。
でも、いつも思うけどこれで扇子があれば完璧なんだけどなぁ。
町の中をどれだけ探しても扇子は見つけられなかった。
もう、いっそ作ろうかな。でもそんな技術ないしな。本当にどうしようかな。ゼータになりきるには扇子は必須なんだけどなぁ。
部屋の中で一度大きなため息を吐き、部屋を出る。
リンはゼータになる。
さあ、今日もやりたいようにいくでありんすか。妾はゼータでありんすからね。
いつも通り、階段を音も立てることなく、優雅に堂々と歩いて行く。
「おはようでありんす、ミステ殿。今日もご飯がおいしそうでありんすね。」
「おはよう、リン。昨日はよく眠れた?」
「バッチリでありんす。今日は神杖の儀式でありんすもん。体調は完璧でありんす。」
ほんの少しミステの顔に影が差す。ミステは自分の腰に提げている20センチくらいの銅色の模様の付いた杖を見る。
「今日は最強の杖を貰ってくるでありんす。妾は妾でロコー・リンなのでありんすからこれは確定事項でありんすよ、ミ、母上殿。だから心配しないで家で夜ご飯でも作って待っててほしいでありんす。」
「そうね、リンならきっといい杖を神様からもらえるわよね。今日はごちそうを準備しとくわね。」
ミステはいつもの元気な笑みを浮かべている。もう心配してる様子はない。そんなミステの表情を見て、リンも微笑む。
やっぱりミステさんには元気で居てもらわないとね。これも私が望んでいることだから、決してミステを心配してるわけではない、私の望んだ状態にするために結果的にミステを元気づけようとしただけ。これが妾でありんすもんね。
「楽しみにしてるでありんす、ミステ殿」
昨日合ったことをミステに話しながら朝ご飯を食べた。
「さすが、リンね。でもあんまり危ないことをしないでね。リンのことだから大丈夫だと思うけど。」
「一応頭の隅には入れておくでありんす。でも、人がいじめられていたら止めに入らずにはいられないでありんす。」
だって昨日かなり楽しかったもん。あんなにゼータっぽく強者を演じられると分かったからにはいじめを見つけ次第参戦していくわ。
もちろん、家族への被害が出る場合などは、家族に迷惑をかけたくないという気持ちと自分が参戦したい気持ちを天秤にかけてから行動するが。家族に迷惑をかけたくないと言うことも自分がしたいことだからね。
「リンは相変わらず優しいわね。私のことにも気を遣ってくれるし。」
「何のことでありんすか。ミステ殿には気を遣ってないでありんすよ。いつも甘えてばかりでありんす。」
実際、私は自分がやりたいことだけをやってるだけ。それをミステさんは文句も言わないで自由にやらせてくれているのだから、この言葉は間違ってはない。
「ええ、そうだったわね。」
「それに妾が優しいのは妾が妾であることと、妾がミステ殿の子供でありんすから当然でありんす。ごちそうさまでありんす、ミステ殿。そろそろ時間なので教会に行くでありんすね。」
ミステはリンの顔から下に視線を動かし、尋ねる。
「あら、もうこんな時間。話しすぎたわね。一応聞くけどその格好で行くのよね?」
「当たり前でありんす。妾は妾でありんすから。」
ミステは少し顔を引きつらせているが、申し訳ないがこれに関しては譲れない。まあ今までも譲ったことなんかないけど。
「行ってくるでありんす。」
「いってらっしゃい。」
私は玄関を開け、外に出た。
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