第1話 神杖の儀式前日 ⑷

 私は家への近道である狭い道を歩いていた。日光が周りの家で遮られているせいで昼間なのに少し暗い。


 曲がり角を曲がると二人の男が立っていた。一人はしゃがみヤンキー座りをしていて、もう一人は壁に寄りかかりながら立っていた。どちらも腰から杖を提げているため、ツルニよりは間違いなく年上だと分かった。

 ツルニは曲がった瞬間、自分よりも大きい不良っぽい男達を見て、肩をふるわせた。隣を見るがもちろん姉のアサはいない。


 姉が居ないことが分かると同時に、姉に心配をかけないような強い女性になるんだと自分の目標を思い出し、後ろに引きそうになった左足を前に一歩踏み出す。そして、次は右足を前に出す。アサを思い出し気持ち程度、胸を張る。


 少しずつ男達との距離が詰まっていく。

 ツルニが歩いている道は狭いが、子供二人が並んで歩けるくらいには広いため、壁側に寄れば男達の脇を通り抜けられそうだった。

 ツルニはそっと歩いて行く。


 もうすぐ男達のところに達するというところで、男達は私の存在に気づき睨んでくる。

 ツルニもその視線に気づき、肩をふるわせ、顔をこわばらせる。猫背になり、いっそうと小さくなる。それでもなんとか足を前に進める。顔を上げる。

 男達を通り抜けて数メートル進んだところに出口がある。あと少しだ。男達の脇を通り抜けられればなんとかなる。あと少し。あと少しだけ、勇気を持って進めばいいだけ。私はアサお姉ちゃんみたいに強い女性になるんだ。


 自分に言い聞かせながら進んでいく。男達の脇へとたどり着いた。

 足が震える。心臓がすごい速度で振動してる。怖い。怖い。

 それでもアサを頭に思い浮かべながら進む。


「アサ、お姉ちゃん」


 小声で言いながら男達の脇を通り抜ける。

 心臓も徐々に通常の状態に戻ってく。

 やりきったと安堵した。後は数メートル進むだけ。もう明るくなってきている。


「おい」


 戻りつつあった、心臓がドクンと周りに聞こえるくらい大きく揺れる。逃げようとするが足が言うことをきいてくれない。声の方を振り向くこともできない。

 気のせいだ。空耳だ。心臓がうるさい。ドク、ドク、ドクドクドク……どんどん早くなってく。

 私はアサみたい……


「おまえ、アサの妹だよな。俺らさ、アサにはいつも面倒見てもらってたんだわ。なあ!」

「おーい、聞こえてないのか。話してる人のほう見ろや、そんなこともお姉ちゃんから習ってないのか、おい」


 いらついているのが分かる。殺気すら感じる。

 怖いよ、アサ。助けてよ、お姉ちゃん。


「な、なんですか?」


 体を反転し、地面を見ながら、かすり声を出した。


「いや、ちょっとな、お前の姉に優しくされた分を返そうと思ってな」

「そうそう、きっちりやられた分は返さないとな」

「あのくそ女の妹にな」

「それな。かわいそうだな、お前は、才能があるからって調子乗った姉のせいで、これから苦しむんだから。」


 ピキッ。

 私の中の何かが切れる音がした。自分の自慢の姉、憧れの姉、かっこいい姉、優しい姉…………を馬鹿にされるのは許せなかった。こんなクズたちに。


「おまえ……」


 手に力を入れる。足に力を入れる。

 私はかっこいいアサの妹だ。そして、アサみたいな女性になるんだ。力がわいてくる。

 精一杯胸を張る。顔を上げてにらみつける。


「どうした?言いたいことがあるなら言ってみろよ」

「お前達が私の姉を馬鹿にするな!クズが」


 思ってることを男達に叫んだ。

 男達の雰囲気が変わったのが分かった。明らかにさっきまでと違く、空気がピリピリしている。

 逃げるしかない。今なら走れる。

 反転して、出口を目指そうとしたが、足が動かない。さっきまでの精神的に動けないのとは違う。足下を見ると地面から手が出てきて、私の足首をつかんでいる。

 今の私じゃアサみたいに一人ではうまくできない。今はそれでもいい。いつかアサみたいになれればいい。それでも今の私はさっきまでの怖がりで何もできない私じゃない。


「助けてー!誰かー!」


 ここは住宅街だから、大声で助けを呼べば誰かが助けに来てくれるだろう。 


「おい、黙れよ。黙ってついてこいっていってんだよ」

「やめて!はなして!」

「おい黙れよ!」


 一人の男が杖を持った手を振り上げる。

 ヤバい、直接魔法で攻撃されたらどうしようもない。私はまた失敗をしてしまったの……。アサならうまくできていたのだろうな。……やっぱり、私じゃ、


「やぁっ!」


 ツルニはとっさに顔を手で覆う。 


「何してるでありんすか。お二人とも。楽しそうでありんすね。私も混ぜてほしいのでありんすが。」

「「!!」」


 何の衝撃も来ない。それに聞いたことない声が聞こえ、顔を上げた。

 そこにはゴスロリ衣装で日傘を差した笑顔の少女がいた。ツルニよりも小さい。


 年齢的に衣装は似合っているはずなのに、違和感があった。ただの可愛い少女には見えない。その少女の雰囲気とはその服装は合っていなかった。少女の纏う雰囲気はお嬢様みたいな気品がありながらどこかずっと深い深い負のオーラを漂わせていた。


 見た目に圧倒されて気づくのが遅れたが、その少女は杖を持っていなかった。

 男達もそれに気づいたのか、下げた一歩を少女に向けて踏み出す。

 「逃げて」と声を出そうとするが、とっさに口が動かない。


「近づくな!でありんす。ゴミたち殿。」


 男達に向かって言ったはずなのに、ツルニまで後ずさりしてしまうほどの圧があった。

 そんな圧を感じさせている少女はずっと笑顔のままだ。まったく登場したときから変化していない。むしろさらに笑ってるようにさえ見える。


「誰だよ、お、おまえ?」


 先ほどまでの威勢が完全に無くなっている男は尋ねた。少女はスカートの端を日傘を持っていない片手で持ち上げ、優雅にお辞儀しながら答える。


「妾は妾でロコー・リンでありんす。名を名乗ったのでありんすから、そこから消えてくれないでありんすか。目障りでありんす。」


 少女は貴族だと分かった。同じ地区に住んでいる貴族のファミリーネームくらいは子供でも知っている。

 一人の男は顔色を変えるが、もう一人は頭から湯気が出てるように見えるくらい気が立っている。


「はっ、なん、」

「いいから、目の前から消えろ、でありんす。」


 もう男達の声を聞くのも拒否するように声を上げる。そして、少女は大きく一歩前に足を出す。

 男達は一歩後ずさる。少女はさらに大きな一歩を出し、男達の顔の目の前まで詰める。


「ねえ?早く消えてくれないでありんすか。」


 一人の男は逃げだす。


「お、おい、待てよ。調子に乗るよな、貴族だからって!」


 残った男は逃げた仲間の方を一瞬でけ見て、一歩下がり、腰から杖を取り、振り上げ、詠唱を始める。


「神よ、力を貸し……」


 詠唱を始めても少女は逃げようとはしない。


「逃げて」


 やっと声を出すことができた。少女を助けなければ。でも私に何ができる。アサならどうする。

 必死に自分に何ができるか考えていたが、思考が止まる。目の前の光景が信じられなかった。

 私よりも小さい少女は目の前の魔法を今にも打ち出すであろう少年に近づく。無防備に。


「聞こえなかったでありんすか。妾の目の前から消えろと言ったでありんすよ。ねえ、妾の言うことは絶対でありんす。」


 少女は男の杖を持った腕を細い左手でつかんだ。

 男の顔は苦痛に満ち、詠唱を途中でやめてしまう。


「わ、分かったから。消えるから離し、」


 ボキッ。


「わー!う、ああ、うう……」


 男はその場で倒れ込み、自分の右腕をつかみ、うめきながら暴れた。


「申し訳ないでありんす。すこし強く握り過ぎてしまったようでありんすね。でも男なのでありんすからそんなに騒がなくていいでありんせんか。それではお嬢さん、気をつけて帰るでありんすよ。」


 少女は表情を変えることなく、まるで少し強く叩いてしまっただけかのように、あっさりと男に謝罪を済ませ、私に向かって声をかけ、去ってしまった。


「ありがとうございます。」


 私が感謝を述べたときには、もう居なくなっていた。


「かっこいい」


 勝手に口から出ていた。今までかっこいいと思った女性は姉のアサしかいなかったが、あの少女はアサ以上にかっこよく見えた。

 あ、名前も聞いてない。いや名前は聞いたか。それにしてもかっこよかったなぁ。

 などと男が騒いでる脇で数分間あの少女のことを考えていた。 


「大丈夫!ツルニ。」


 声を聞くだけで安心できた。声が聞こえた方向を見るとアサが居た。


「私は大丈夫だけど、あの人が」

「ヴィドがどうして、というか腕が折れてるじゃないか。リン、私は病院に運んでくるから、家に帰ってて。詳しい話は家で聞くから。」


 アサはヴィドという男をおんぶして病院の方に走っていった。

 私も寄り道することなく、すぐに家に帰った。

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