第1話 神杖の儀式前日 ⑵

 私は朝ご飯を食べて、自分の部屋に戻った。

 部屋の扉を閉めて、一呼吸置き、ベッドにダイブした。


「ああー、気持ちいい。」


 リンは自分のお気に入りの服にしわが入ることを気にすることもなく、数分間ベッドの上でゴロゴロと転がった。


 気が済んだところでベッドから立ち上がり、乱れた髪を整えて、服のしわを伸ばし、机の前の椅子に座った。机に置いてあるカレンダーに目が向く。

 明日の4月1日には何重にも丸がつけられている。明日は神から杖が送られる神杖しんぐの儀式の日だ。これでこの異世界での自分の力が決まるといってもいい。

 手に力がこもる。ついに明日か。今のリンはゼータではなくただのリンである。これからの人生を決める前日はさすがに緊張する。今世では完全にゼータになりきって生活すると決めたからには、強い杖をもらえないと話にならない。もし、弱い杖を授かったなら、自分のやりたいことを貫くこともできない。それにミステがミステ自身の力のなさを気に病むことになってしまう。もちろんこれも私が嫌なだけで、ミステを心配してるわけではない。


 こんなことを考えてもしょうがないと自分に言い聞かせるが、それでも悪いことばかり考えてしまう。


 もし私が魔法の才能がない杖を授けられたら、私はゼータになりきることができない。この異世界でできる私の唯一のオタ活であるコスプレができなくなる。つまり私は生きる理由がなくなる。もう死ぬしかなくなる?でも死んだらミステさんとか育ててくれた人たちに迷惑をかけるし、でも生きる理由がないのに頑張って生活するなんて多分無理だし。それで引きこもりになったらまた迷惑かけるし、やっぱり死ぬしか、いやそれだと……


 気づくと、胸が張り裂けそうになるくらい心臓の鼓動が早くなっていた。もうこんな緊張状態を半日以上もづけていたら今日中に死んでしまう。


 そんなことを考え、部屋の外に出た。ゼータの振りをすれば問題はなくなる。


 自分の部屋でゼータの振りをすればいいのだが、自分の部屋ではどうしても気が抜けてしまう。

 前世でも自分の部屋では素の自分に戻っていた、前世の母の前でもたまあに気が抜けていたが。あと親友の前でも。


 部屋のドアを開けて自分の部屋から出た。もうリンはゼータになりきっていた。

 足音をたてることなく階段を降りた。


「母上殿、少し外に行ってくるでありんす。」

「暗くなる前に帰ってくるのよ。リンは分かってると思うけど。」


 ミステはいつものように元気に話しかけてくる。


 5歳の少女が一人で外に出るのは一般的には危険だが、普段のリンがしっかりしていることで特にミステから止められることもない。4歳の頃は止められたが。


 ミステがいつも通りになってると思い、頬が少し緩んでしまう。それでも優雅に行動する。


「分かったでありんす。いってきますでありんす。」

「いってらしゃい」


 家から出る間際にミステの日傘が目に入った。ほんの少しの罪悪感を覚えながら日傘を持って外に出た。

 だってしょうがないじゃん。ゼータ、時々、日傘をさしている場面あったし。正確には部下に日傘を差してもらっていたけど。私はゼータとして生きていかなくてはいけないんだから。これは使命だから。

 リンはまるで「ゼータ」のコスプレを自分がしたいからしているということを遠い前世に置いてきたとでもいいたいような言い訳を構築した。


「だって妾は妾でゼータでありんすもん。やりたいことを突き通すでありんすよ。」


 小声で自分に言い聞かせるようにして町に出た。


 私たちロコー家は一応貴族だが平民の住宅街に建っている。周りの家と比べると豪華な家。庭もあり、周りの家からは私たちが貴族であることは一目瞭然ではある。

 しかし、中流貴族以上は王都の真ん中あたりにある貴族街に集まってる。家の大きさも庭の広さもロコー家の三倍以上はある。完全に私たちのような下級貴族は下に見られている。


 私にとっては貴族での立ち位置など関係ないが、ミステや私の家族を辱めている国のトップは許さない。いつか破壊することは確定しているが、さすがに今は無理だ。今やっても失敗するだろう。それでも私に何もしがらみがなかったら平気で攻めていただろう。まあ今のところ、私は住んでいる場所とかに興味がないから、家族という関係がなかったら攻め込む理由もないんだけど。

 しかし、私が失敗して死んだらミステなど家族に迷惑がかかる。それを私は許さない。それを考慮すると、家族に迷惑をかけたくない気持ちの方が若干強いからまだ攻めない。


 そんなことを考えながら住宅街を歩いていた。特に目的もなく歩いていた。

 明日行く教会でも行ってみるか、と考え方向転換しようとすると叫び声が聞こえてきた。

 リンは一度立ち止まり叫び声が聞こえた方向を振り向いた。

 どうしようかな、助けに行こうかな。あんまりそそられないなぁ。


 そんなことを思いながら、足は叫び声の元に進んでいく。少し進み、家と家の間の狭い道を覗くと私くらいの少女が少し大きい男子二人と壁に挟まれていた。

 少女はおびえているようだが、必死に大きな声で助けを呼んでいた。


「おい、黙れよ。黙ってついてこいっていってんだよ」

「やめて!はなして!」

「おい黙れよ!」


 一人の男が手を振り上げる。

 少女はとっさに顔を手で覆う。


「やぁっ!」


 はぁ、本当に煩わしいなぁ。こういうのを見るのは。私、妾以外が残虐なことをするのは見ていて面白くない。面白くない、本当に面白くない、つまらない。本当に醜い。醜い、醜い。なんでこんな少女によってたかってできるんだ。はぁー、本当にいらつかせてくれる。


 いや、悪くないか。


 ああ、興味がわいてきた。あの男達を排除したい。少女を助けたい。楽しくなったきた。ああ、気分が揚がってく。むしろこんな状況を作ってくれた男達に感謝すら生まれてきた。

 リンは少女がいじめられているのを見て、ずっと真顔だったが笑みがあふれ出してきた。優雅に振り舞おうと我慢するがにやけが止まらない。

 さあ、始めようか。この感じは久しぶりだ。思う存分ゼータとして楽しもうか!


 すでにリンの足は動いていた。


「何してるでありんすか。お二人とも。楽しそうでありんすね。私も混ぜてほしいのでありんすが。」

「「!!」」


 二人の男は全く音もなく突然現われたリンに驚き、一歩後ずさった。

 少女もいつまで経っても殴られないのと、聞いたことのない少女の声で顔を上げ、驚いているようだった。

 ああ、いい。この反応を待っていた。顔がさらに緩むのが分かるけど抑えられない。


 だけどここからどうしようかな。べつに私、力があるとかではないんだけどなぁ。まあなんとかなるでしょ。だって妾は妾で世界の中心のゼータなんだから。

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