05

 軽快なメロディとともに車内のドアが開く。おじさんはそれを知っていたかのようにぱちりと目を開き、咳払いを一つして、二歩三歩ぐらいで出て行ってしまった。髪のない頭が雨に濡れて、その後は車窓の枠から途切れて終わり。見知らぬおじさんは見知らぬおじさんのまま見知らぬ街へ消えていった。

 僕にキスをされたほうのおじさんは、果たしてそのままのおじさんだったのだろうか。きっとまだ電車に乗っていて、僕のことを見つめはじめる。どうする? 視界の隅で僕をみて、そんなことを言う。僕は、どうでもいいよ、とだけ言い放つ。雨が止んだどこかの駅で、僕たちは二人揃って降りる。おじさんは僕の肩を抱き、僕に向かってこう告げる。

 ねぇ帰るところあるの?

 心憂う僕はさもありなんといった顔をして、駅から見える誰かの家、家、家、家、家へと、視線を移していく。

 

 

 踏切の前で、スマホが震えた。カンカンカンカン。遮断機が下りてきて、眩しく赤と赤が交互に点滅する。自転車のブレーキ、駅へ急ぐ人の舌打ち、車のエンジン音が僕の辺りでとどまる。スマホを取り出すと、光の中に叔父からメッセージがぼうっと現れている。

『日曜日、空いてるか?』

 日曜日、空いているか?

 そのメッセージの少し上には、また別の、日曜日、空いているか、がある。

 直接訊かれない日曜日の予定に手の動きを止めてしまう。これに対して、空いている、と素直に答えたことがなく、少しだけ申し訳ない気持ちになる。叔父はずっと歩み寄ってくれている。あの人は、不器用なだけなのかもしれない。

 遮断機が上がって、滞留していた空気が拡散していく。この流れにのって、前に進まないと、この狭い道は人でつまってしまう。僕は『空いてるよ』と打ち込み、街のペースに戻った。

 叔父や叔母は後悔していないだろうか。僕のために稼ぐことを、ごはんを作ることを、休みには僕と密にかかわるということを。

 たまには思春期の僕に頭を抱えることもあるかもしれない。たいして思春期らしさを出してはいないつもりだけど、かえってそれに頭を抱えていることもあるかもしれない。

 僕にはわからないことがたくさんある。叔父と叔母にとっても、僕はわからない存在なのだろう。例えば、それ自体が、喜びだということはあるだろうか。一体、親とはどういうものだろうか。そういうものだろうか。僕がそんなことを考えるのは驕りだろうか。

 来年、僕は十六になる。あの家を出るかどうか、ということを、頻繁に考えるようになった。この機会を逃すと、次の機会は三年後までやってこない。勿論、誰一人として頼る親族は他にはいない。あの時、受け入れてくれたのは、叔父夫婦だけだったから。だから、いざとなれば一人で生きていくしかない。

 きっと、僕はここにいるということが、ひどく下手くそなのだと思う。無邪気に過ごすことも、何も知らない顔でいることも、ただ狡く生き続けることも、どれも僕にとっては難しい。

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