第5話

普通の家にこんな広い庭はない。



こんなでかい屋敷もない。





人目を気にすることなく、誰に会ってもどこに出掛けても良い。


いつだって自由に生活できる。





……そんな生活がどれほど貴重で輝いたものなのか。きっと人は誰も知らない。


俺にとってそれがどんなに羨ましいことだったか、知る由もない。







『いいか、幸二朗。

これから私が言うことを忘れずに守れ』


『……』


『私が帰るまで決してこの敷地の外へは出るな。例え外に出たくても庭の中まで、だ。もし怪しい人間を見つけたらすぐに誰かに知らせろ。……良いな?』


『…はい、父さん』







でも、だからこそ。


まだ小さかった俺の目にはこの家が、この庭が、親父が────俺を外の世界に出さんと強くそびえ立つ城壁のようだった。

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