キスってとても難しい(龍輝side)
第36話 寝る前に筋トレ
三回目のデートは一つの分岐点。
マッチングアプリの大先輩である五十嵐からはそう言われた。
これから深まる付き合いとなるのか、それとももう未来はなくなるのか。
幸い、俺たちは二回目のデートで互いの気持ちを確かめ合えた……はず。
龍輝はそう思ってほうっと安堵の息を漏らした。
そうなると、三回目のデートは付き合いたてほやほやのカップルデートとなる。
互いをもっと知るために、今までとは違った一面を見せ合うために、趣向を変えたデートにするといい、とアドバイスされた。
でも、どうすればいいのかな?
と思っていたら、早速一華からナイスな提案があった。
スポーツジムって、流石だな、一華さん。
今までと全然違うから楽しそうだ。
そう言えば、ここのところ仕事にかまけて体をまともに動かしていなかったなと後悔する。学生時代とは違って、疲れて痩せて枯れている。
これはまずいなと思った。
よし、これからはちょっと筋トレもしよう!
そうは思っても、帰ればいつも日付が変わる日々は体力がギリギリだった。
こんな生活も、少しずつ見直して仕事の仕方も調整していかないといけないな。
今までは興味に任せて、あれもこれも手を出してきた仕事を、少し整理しようと思った。
五十嵐さんは結婚してから、ちゃんと仕事の配分をしている。もちろん、どうしても残業しないといけない時も多いけれど、帰れるときはスパッと帰って、ちゃんと奥さんとの時間も大切にしているよな。見習わないと。
頼れる先輩の背を、感謝と尊敬の念を込めて見つめたのだった。
「な、なんか視線を感じる」
ぞわっとして振り向いた五十嵐。にっこり微笑み返す龍輝。
「なんだ、お前か。その意味深な笑みはなんだ?」
「いえ、五十嵐さんと会えて良かったなって、つくづく感謝していたところです」
「……それ、なんか使いどころ間違ってないか? そう言うのは彼女に言うもんだろうが」
「一華さんにも……いつかちゃんと伝えます」
「うおーっと、さらりと惚気やがって」
「でも今は、五十嵐さんに感謝しています。一華さんと出会えたのだって、五十嵐さんのお陰だし」
「おう。じゃあ、いつか倍返ししてもらうからな」
「はい!」
ふっと笑った五十嵐。早速お節介心が疼く。
「で、三回目のデートはどうするんだよ」
「スポーツジムに行くことになりました」
「おお、いいじゃん。二人で一緒に体を動かして、汗をかいて楽しむのはいいな。で、筋肉痛になって翌日撃沈。歳を感じて早く結婚しようと思う」
「アハハ!」
「笑いごとじゃ無いぞ。いつまでも若くないからな。彼女に情けないところ見せたく無かったら、少しずつ体を慣らしていった方がいいぞ」
「そうですね。そうします」
今夜から寝る前に筋トレだ! と龍輝は密かに決意したのだが……結局、その夜は筋トレ系の動画を見ながら寝落ち。
次の日から少しずつ、腕立て伏せやスクワットなど、簡単な運動から始めることにした。
五十嵐が言っていたような筋肉痛にはならずに済んだので、まだまだ俺も捨てたもんじゃ無いなと自画自賛。
調子に乗って回数を増やしていったら、睡眠時間を削ってしまった。
またやってしまった!
これはまずいと、前日は早く寝る事を最優先に意識した。
そう言えば……
ベッドの中で思い出す。
男の嗜み用品を買うとか、イメージトレーニングをしておくとか、五十嵐さんから色々準備しておくべきことを教えてもらっていたんだけれど……筋トレにハマって何もしていなかった。ヤバイ。
ま、いいや。明日行く前にやろう。
アッと言う間に夢の中へ。
夢の中の一華は、紅子の頭に座って可愛く手を振りながら微笑んでいた―――
土曜日の午後、一華が会員になっているスポーツジム『カロス・クラブ』の入口へ。
佇む一華の姿は、今までの大人の装いから一転、軽やかなスポーツモードだった。
可愛いな。
素直に思ったままを口にすれば、真っ赤になって俯く一華。
いつもの女性らしい色気や落ち着きもいいけれど、こんな一華さんもいいな。
早速新たな発見ができたとワクワクしながら体験ジムに臨んだ。
室内は様々なタイプの機器が並んでいて、どれを使って何を鍛えれば良いのか、トレーナーがついて教えてくれた。
動画で予習はしていたものの、実際に説明を受けながら動かしてみると、知らなかった世界が広がっていく。
面白くなって、あれやこれや聞いてしまった。
「人体って面白いですね」
しみじみと言えば、一華も目を輝かせて頷いてくれた。
このやり取りが心地いいんだよな。
俺に合わせようとして、無理に頷いているわけでは無いと思う。
俺が夢中になる気持ちをちゃんと理解してくれているんだ。
本能のような感覚で、龍輝はそう感じ取っていた。
こんな
絶対に逃すな!
五十嵐の言葉が頭に響く。
俺も、逃したくない―――
今まで誰かを追ったことは無かった。
誰かを捕えたいと思ったことも。
自分の中の狩猟本能が目覚めたような気がした。初めての感覚に戸惑う。
濛々と白い熱が揺らめくシャワー室で、頭上からの水流に打たれながら己を見下ろす。
俺にも、こんな感情があったんだな。
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