第34話 食洗器が無くて良かった
筋トレの後三十分以内に、疲労を回復させるための食事をとることが効果的と言われている。
そして、特にたんぱく質を取ることが大切なのだ。
一華の用意したメニューは、そんな筋肉モリモリコースを後押しするもの。
鶏胸肉のハムを作っておいたので、ゆで卵やブロッコリー、ミニトマトやレタスを添えてサラダ風に。
メインは豆腐ハンバーグ。スープは赤身牛肉と野菜たっぷりのポトフ。
きのこと野菜のフレッシュピクルスを箸休めとして。
五穀米のおにぎり。バナナやキウイを乗せたフレッシュヨーグルト。
テーブル一杯に並べられた料理を見て、龍輝が目を丸くした。
「凄い! 一華さん、お料理上手ですね」
「お好きなモノから召し上がってみてください。お酒は筋トレとの相性はあまり良くないので、後ほどほんの少しだけにしましょう」
「何から何まで! ありがとう。一華さんも座って。一緒に食べよう」
龍輝に促されて向かい合わせに座る。
心配気な一華を見て、龍輝が「いただきます!」と早速鶏ハムサラダにかぶりついた。
「うまい! 柔らかい! ドレッシングがさっぱりしているのにコクがあって。本当に美味しいです」
「良かった」
胸を撫でおろした一華の口元ヘ、すぅーっと鶏ハムを差し出した龍輝。
「はい。口開けて」
「え、ええ!」
驚いて目をパチクリさせている一華に真面目な顔で言う。
「一華さん、俺が食べ終わるまでドキドキして食べない気がする。でも一緒に食べた方が楽しいから。一華さんも早く食べてください。俺も順番にゆっくり楽しませてもらうから」
「龍輝さん……」
心の底から感激してしまった一華。おずおずと口を開くと、キラリと瞳を輝かせた龍輝が鶏ハムをそーっと入れ込んだ。
なんだか、私の方が餌付けされている気分。
ゆっくりと噛みしめながら、一華はまたしても笑ってしまった。
「ね! 美味しいでしょ」
まるで自分の手柄のように自信たっぷりに言ってくる龍輝。
それ、私が作ったんですけれど、と思ってハッと気づく。
こんな褒め方をしてくるなんて……やっぱり、龍輝は無自覚たらしだわ。
でも、とっても嬉しい―――
照れくさくてどういう表情をすれば良いのか戸惑っている一華に微笑みかけながら、龍輝が次の料理に箸を伸ばした。
「うーん。このハンバーグ、優しい味がする。醤油ベースの味付けがまろやかで癒されますね」
「豆腐ハンバーグなんです」
「ああ、だからか」
もぐもぐと勢いよく口を動かしながら頷いた。
「このスープも深い味わい。五臓六腑に染み渡るー!」
一口スプーンを運ぶ度、「はぁー」と余韻を楽しんでいる。
「野菜の甘みが凄くて。どうやって作ったらこんなに甘くなるんですか?」
「どうって……ただ弱火でコトコトと」
「なるほど。弱火で」
ふむふむと頷きながら、止まっている一華の箸を一睨み。
「一華さんの筋肉も労わらないと」
「あ、はい」
先ほどのトレーナーの言葉を記憶しているのは、流石万年探求者と舌を巻く。
一華もスープを一口。我ながら美味しくできたなと自信をつけた。
「ピクルスの酸味って、疲れている時にいいですよね。うん、美味しい。ポリポリいけちゃう」
左手で五穀米のおにぎりを頬張りながら、右手でピクルスを放り込む。
合わせ技って美味しいのかしら? 疑問に思って同じように口に入れてみた一華。
おお、案外いけるのね。漬物感覚かな。口の中で合わさると酢飯みたいな感じになってさっぱり。
「美味しい」
「でしょ」
またしても自信たっぷりに笑った。
ヨーグルトも食べ終えて、「ご馳走様」と手を合わせた龍輝。
「一華さん、どれも凄く美味しかったです。今日朝早くから作られて大変だったんじゃないですか? ありがとうございました」
テーブルにおでこをつける勢いで頭を下げた。
「いえ、私料理作るの好きだし、美味しいって言っていただけてほっとしました」
「最高でしたよ」
「ありがとうございます」
二人で見つめ合ってニコリと笑みを交わし合う。
ちゃんと過程に気づいて労ってくれるって、こんなに嬉しいことなんだわ。
ああ、なんて幸せなの……
「一華さん、洗い物手伝います。さっさと終わらせてしまいましょう」
「え、いいですよ、そんな」
「一緒に洗った方が楽しいですよ」
龍輝の基準って、いつだって『楽しい』なんだなと思ったら、『こうあるべき』なんて言葉がチープに感じられてくる。
「はい。お願いします!」
食器の収納場所がわからないからと言う理由で、龍輝が洗う担当、一華が拭いて仕舞う担当に。
「実験器具とか洗うから、洗い物慣れているんですよ」
そう言って手早く洗っていく様子は確かに手慣れている。
並んでの共同作業は、手と一緒に口も忙しく動く。楽しいおしゃべりが二人の垣根をまた一つ取り除いて行った。
食洗器が無くて良かったと思う日がくるなんて!
一華は心の中でクスリと笑った。
洗い物を終えてほっと一息。
「ねえ、龍輝さん。ソファでちょっと待っていていただけませんか。とっておきを用意するので」
「お、サプライズですね。了解!」
瞳を輝かせた龍輝、今度は大人しくソファへ腰を下ろした。
この後は、大人の時間の演出よ!
まあ、今日直ぐに、どうこうって話じゃ無くて……成り行きでそうなったら別にいいんだけれど……でも、ムードづくりくらいはねぇ。
色々言い訳しながら、一華はグラスワインの準備をする。
少しくらいは飲んでもいいよね。後、ちょっとだけ甘い物も。
手作りナッツ入りブラウニーはカカオ多めのビターな仕上がり。昨夜作って冷やしてあるので、しっとりと濃厚な味わいが深くなっている。
小さく切り分けて、マスカルポーネチーズを添えて、ミントの葉を飾る。
酸味の少ない赤ワインを合わせたら完璧よ。
部屋のライトを間接照明に切り替えようと覗いてみれば、ソファのクッションに頭を突っ込んでいる龍輝の姿。
あ、あれ?
慌てて近づいてみると、すやすやと眠っている。
え! 嘘!
あまりにも無防備な姿に面食らいつつも、チャンスとばかりにそうっと床に座って寝顔を覗いてみた。
クッションに顔半分埋もれさせながら、気持ち良さそうに寝息をたてている。
長い睫毛、筋の通った鼻。いつもはきゅっと引き締まっている口元が軽く緩んでいて、ピンクの唇が艶やかだ。
額に無造作にかかる髪、白い耳朶に繋がる骨ばった顎のラインが引き締まっていて美しい。
一つ一つに視線を移しながら、一華は心臓の音がどんどん大きくなるのを感じていた。
忙しいところ、必死で時間を作ってくれたのね。それなのに、ジムで体を動かして、皿洗いまで張り切ってやってくれて。
一華の家に来ても緊張していないように見えていた龍輝。実はとても気を張っていたのかもしれないと思った。
お疲れ様……
心の中で呟きながら、そんな龍輝の寝顔に触れたくて仕方ない。
体の芯から込み上げてくる衝動に抗いながらも、一華の顔は龍輝に近づいていく。
龍輝の唇……どんな味がするかしら……
【作者より】
お忙しい中、ここまで読み進めてくださり、ありがとうございました。
本年も大変お世話になりました。
皆様、お体お大事に、良いお年をお迎えくださいませ。
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