プロデュース第二弾 胃袋を掴んで目指せシックスパック! (一華side)
第31話 会社で学ぶ叙述トリック
次の日の朝。
一華は人生初となる二日酔いによる偏頭痛と、浮腫んだ己の顔にショックを受けていた。
昨日はとても楽しいお酒だった。どの酒も料理も美味しかったのに。
今までだったら、どうって事無かったのに。
『アラサー』の文字が現実感を伴って脳裏に浮かぶ。
これからは羽目を外しちゃいけないってことね。でも、まだ出勤までには時間があるから大丈夫。
冷凍しじみを取り出して、素早く味噌汁を用意した。
飲んだ次の日の朝は、これが一番効くのよね。亜鉛もタンパク質も採れて一石二鳥。
口の中に広がる海の恵みに、ほわーっと顔を綻ばせた。
顔を洗った後は、温冷タオルを交互に当てて浮腫み取り。
最後にクリームを塗りながらマッサージをすれば、なんとか目立たないレベルにまで回復させることができた。
ぎりぎりセーフって感じね。
いつもより丁寧に自分のことをケアしてからの出勤となってしまった。
今度のデートはどこがいいかな?
そんなことを考えながら通勤電車に乗り込めば、フィットネスクラブの宣伝が目に入ってきた。
そうだわ! 細マッチョ計画を始めてもいいわよね。
頭の中の龍輝を裸にして、細い体にほどよく筋肉を盛り付ける。そうすると、正に一華の理想の体形になった。
やっぱり、元々の骨格がいいのよね。だからちょっと筋肉をつけただけで最高にセクシーだわ。
ちょっと興奮気味に、妄想と言う名の計画を膨らませていく。
一緒に運動して、その後高たんぱく低糖質の手料理を用意してあげるって言うのはどうかしら。
つまり、お家に呼んじゃうってこと。
うふふと一人笑いが漏れて、慌てて周囲を見回した。
まずい! これじゃ完全に怪しい人だわ。
静かに深呼吸をして冷静さを取り戻す。
でも、結構いい案かもしれないわね。龍輝に提案してみようっと。
こうして、本人のあずかり知らぬところで、『龍輝肉体改造計画』が着々と出来上がっていたのだった。
始業開始直後、一華は昨夜連絡のあった
「草間さん、すまないね。山瀬取締役に直接説明すると言ってくれて助かるよ」
また無理難題を突き付けられて困っているだろう田戸倉課長が気の毒になって、一華は快諾メールを送っておいたのだ。本当は嫌々だけれど。
「もちろん、ご同行させていただきます」
実質、『パーフェクト上司』の異名を持つ一華に拒否権など無いのだ。
田戸倉課長と一緒に赴けば、強烈なポマードの香りを放つ山瀬取締役が渋い顔をして待っていた。
「この間の販促計画についてだが」
ほら、来た!
一華は田戸倉と共に笑顔を張り付けて拝聴する。
社長と共にこの会社の一時代を作り上げた元敏腕営業マンの山瀬は、会社へ貢献したと言う自負がある分、時に強引に自分のやり方を押し付けてくることがある。
「売り上げが落ちる夏の商戦にテコ入れするために、ヘルシー志向を前面に打ち出した
『ヘルシー』と『質素・摂生』を同義語のように言っている時点で短絡的思考だと思ってしまうが、そんなことを言い返せるはずも無い。
「そうですか……夏は溶けやすくて敬遠されるチョコレートを、それでも食べた方が良いと思ってもらうためには、思い切って違う切り口から攻めてみるのも必要かと思ったのですが」
汗をかきかき田戸倉課長が答える。
「ダイエットを意識しながらチョコレートを食べるなんて、美味しくないだろう」
ダイエットした方がいいのは山瀬取締役のお腹周りねっとツッコミたくなったが、完璧なイメージを壊したくない一華は、にこやかに笑って田戸倉に目配せすると、丁寧に説明を始めた。
「すみません、山瀬取締役。説明が言葉足らずでした。ヘルシー志向とダイエットをイコールで結びつけて宣伝するつもりはありません。寧ろ楽しみながら体に良いことを実践する『おしゃれな生活』と言うイメージを演出できたらと思っております」
「どういう意味かね?」
今の一華の頭の中は『龍輝肉体改造モード』になっているので、ついつい熱が入ってしまう。
「チョコレートに含まれるカカオには体に良い成分がたくさん含まれています」
「例えば?」
「ポリフェノールの抗酸化作用や食物繊維が豊富です。ダークチョコレートなら糖質も少ないですし、テオブロミンという苦味成分は脂肪分解作用があるとも言われています。これは正に美味しさと健康美の両立。これぞ『究極の贅沢』だと思います」
「ふむ。究極の贅沢」
「はい! おっしゃる通りです。それをお客様にわかりやすくお伝えできたらと思っております」
「つまり、方向性は今までと変わっていないと言うことだね」
「はい」
「ふむ、まあいいだろう」
田戸倉がほっとしたように静かに息を吐く。なんとか丸め込めたようだと一華も胸を撫でおろした。
「「ありがとうございます!」」
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