完璧上司の完璧じゃない一時 (一華side)

第29話 詳しく聞かせなさいよ

 月曜日。

 一華はいつもと変わらない時間に起きて、いつもと変わらない完璧笑顔を張り付けて、素早く的確に仕事をこなしていた。


 勤務先は食品を扱う商社で、チョコレート製品の輸入に携わっている。他国とのやり取りでは日本の常識が通用しない時もあるので、常に勉強が欠かせない。また業務内容も納期に関することから、通関関連、輸送中の温度管理など多岐に渡っているが、入社以来手掛けてきているので、多少のトラブルでは動じなくなっていた。


 焦る部下たちに笑顔で指示しながら、今日も無事一日が終了。


 午後七時半。今日は打ち合わせも早く終わり部長も外に出ている。これ以上の残業は部下の迷惑になるので、早々に退社することにした。

 Lineを確認するも、予想通り龍輝からはまだ連絡が無い。


 きっと今日も残業なのだろうなと思いつつ、『お疲れ様』の言葉を送っておいた。


 その時、あるアカウントからの久しぶりの連絡を見つけて、ちょっと口の端を引きつらせた。


 石橋燈子いしばしとうこ。高校時代からの親友。寧ろ腐れ縁とでもいうべきか。

 燈子も、一華に負けず劣らずの完璧ぶりを発揮している女性で、なんとなく馬が合ってつるむようになった。同時に良きライバルでもある。

 

 女性らしく柔らかい雰囲気の一華とは違って、ベリーショートの髪が似合う姉御肌的な燈子。


 彼女も恋愛方面は苦労していたが、半年ほど前に見事ゴールイン。

 年下彼氏に程よく束縛されて、ご満悦のウキウキ新婚生活を送っている。


 そんな彼女からのLine。

 いったい今度はどんな惚気を聞かされるのかと思えば、旦那が出張で泊まりでいないから、久しぶりに一緒に呑もうと言うお誘い。


 そうだわ。今までは惚気を聞かされるだけに甘んじてきたけれど、今日はさりげなーく龍輝のことを自慢しちゃおう!


 仕事時の冷静キャラはどこへやら。負けず嫌いで見栄っ張りな一面が顔をもたげた。

 

 ふふふ。今日は私がマウントとるわよ!



『酒と魚の上手い店』と言うキャッチコピーのお店『酩粋亭めいすいてい』で待ち合わせする。

 燈子とうこご指定のお店。

 ディナーと飲み放題のセットにすれば、新鮮な魚介料理を食べながら、日本全国の銘酒の飲み比べが楽しめるので、蟒蛇級二人にとっては最高のお店。

 お店にとっては、お断りしたい客かもしれないけれど。


 訪れると、既に燈子は席を取って注文もし終わっていた。


「久しぶり。元気だった?」

「ええ、元気よ。燈子のほうこそ、結婚したらパッタリとお誘いが来なくなって寂しかったわよ」

「だって、れん君マメ男だから、夜遅くなってもササっと美味しい夕食作ってくれるんだよねー。それを食べないって選択肢は無くってさ。仕事以外で飲みに行くことがめっきりなくなったかも」


 早速燈子の旦那自慢が始まったと、一華はちくわ耳モードに切り替える。


「ご主人が毎晩お夕飯作ってくれるの?」

「まあね。燈子さんの健康は俺が守るってね。私よりも上手なんだよ」

「へえ。燈子だって結構料理上手じゃない。それよりも上手なんだ」

「そう。簡単で時間かからないのに美味しいの。あれはセンスだね」

「そっかぁ。良かったねぇ」

「そのお礼に、私はいっぱい可愛がってあげるんだ」


 姉御肌な燈子にとって、三つ年下の旦那が甘えてくるのが嬉しくて仕方ない様子。


 でも、本当は反対なんだろうな。


 サバサバとして細かいことに拘らない性格の燈子は、カッコイイ系女性。周りから頼りにされることが多かった。

 その反面、本人は誰かに甘えるのが下手なタイプ。

 

 今までだって後輩から頼られることは多かったのだけれど、深入りを避ける彼女が一線を引き続けていたことを一華は知っている。

 それなのに······

 年下とは恋愛しないと言っていた燈子が、蓮にだけはほだされた。


『蓮だけなの。私が元気ない時に気づいてくれるのは』


 結婚前そう言って飲みながら泣いていた燈子を思い出して、一華の胸が熱くなった。


 順調そうで何より。



 まず最初に運ばれてきたのは鯛のカルパッチョ他三種の前菜に、三種の色ガラスお猪口。

 味わいの違うお酒と、味わいの違う前菜を組み合わせることができる、贅沢な始まり。


「じゃあ、まずは乾杯」

 お猪口一つ選んで掲げ合ってから、一気に飲み干した。


「ぷはーっ。美味しい!」

「ああ~。美味しい」


 二人で同時に言い合った。


「一華の方はどうなの? そろそろ新しい出会いはあったかな?」


 海老の生春巻きを噛み締めながら、一華は意味深な笑みを浮かべる。


「おお、その顔はもしかして?」


 香り爽やかな二口目の酒を口に運びながら、燈子の目がきらりと光った。


「まあね。大人と少年が同居しているような男性ひとと出会っちゃった」

「何それ。ねえ、詳しく聞かせなさいよ」


 ふふふ。もちろん。

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