イケメンの変わらぬ日常(龍輝side)

第28話 教えてください

「うおわぉ!」

 かなりオーバーなリアクションで驚いて見せる五十嵐に、当の龍輝は難しい顔のまま視線を向けた。


「すっげー。誰かと思った」

「五十嵐さん、おはようございます」

「お前、本当に水島? 本物? いやー、恋すると人間変わるって言うけどさ、こんなイケメンになるとは驚きだわ」

 その言葉に、ふにゃりと笑った龍輝。


「五十嵐さん、ヘアサロンで髪を切ってもらうと、寝癖がオシャレに変わるんですね」

 新発見をしたように目をキラキラさせている。


「ほー。水島がヘアサロン。色気づきやがって。で、彼女はその髪型見て何て言ったんだよ」

「あ、彼女ご推薦のスタイリストさんに切ってもらいましたから、もう完璧ですよ」

「え。つまり、彼女に連れて行ってもらったってことか、良かったな」

 内心で、世話好きな女性のようで良かったと安堵する。


「でもさ、その顔でその恰好じゃあ、イケメンが台無しだよな」


 そう言われて白衣からはみ出たヨレヨレの上下を見下ろした龍輝。

「会社は別にこれで十分ですから」

「全くぶれねえ奴だな。まあいいや。で、どうだったんだよ。その様子だと上手くいってそうだな」

「はい。全部五十嵐さんのお陰です。ありがとうございました」


 素直に頭を下げる龍輝に、五十嵐はこそばゆくなる。照れ隠しに慌てて言葉を継いだ。

「そう言ってもらえると、アプリや秘伝を伝授した甲斐があったぜ。で、何処行ったんだよ」


 龍輝は昨日の出来事を掻い摘んで語ったが、最後は会社の水族館と言う話を聞いて、五十嵐の口がポカンと開きっぱなしになった。


「子供向け水族館でクラゲ講座。それでも嫌な顔せず付き合ってくれたんだ。その女性。えっと草間さんだっけ?」

「ええ。一華さん、喜んでくれましたよ」

「一華さん。もう名前呼び! いやー、運命の出会いってのはあるんだな。そんな奇特な女性はいないから、ガッチリ掴んどけよ」

「はい」


 満面の笑みで首肯いた後、直ぐに龍輝が真剣な表情になった。

 何を相談されるかと身構えた五十嵐は見事に肩透かしを食らう羽目になる。


「五十嵐さん、このデータの数値なんですけど」

 

 切り替わりの速さに唖然としつつ、五十嵐も無理矢理仕事モードに引っ張り込まれてしまった。


 やっぱり、水島はぶれない奴だ……



 午後九時。

 社内に人はまばらだが、龍輝と五十嵐の長い一日はまだまだ終わらなそうなので、一緒に仕出し弁当を食べていた。

 奥さんにLineする五十嵐の横で、龍輝も嬉しそうにLineを覗いている。

 思わず五十嵐のお節介心が疼いた。


「次、三回目のデートも行けそうだな。彼女の方も、そろそろ告白が欲しい頃だと思うし、ビシッと決めるといいと思うよ」

「告白?」

 唐揚げに齧り付いていた龍輝が、キョトンとした顔になる。

「もうしましたよ」

「うぇ。マジか。『好き』って伝えたんだ」

「『好き』って言葉は使ってないけど、一華さんの事色々知りたくてしょうがないからたくさん教えてくださいってお願いしました」

「うーん」


 五十嵐は思わず考えこんだ。

 果たしてそれでちゃんと伝わったのだろうか?

 単に『もう少しデートして様子見しましょう』と言ってるようにしか聞こえてないのでは?

 あるいは変態男認定されているか……


 一抹の不安を感じながら確認する。


「で、彼女の答えはなんて?」

「感動したって。自分のこと知りたいって言ってくれて嬉しいって。一華さんも俺のこと知りたいって」

 

 なんと! 既にこいつの性格を読み解いているらしい。

 素晴らしい女性だ。完璧だな!

 水島にはやっぱり、この女性しかいない気がするぞ。

 

「そうか。良かったな」

「はい」

 無邪気に幸せそうな笑みを浮かべている龍輝を見ながら、五十嵐はまた不安になる。


「水島。その……ちゃんと分かっているんだろうな。キスとかその先のこととか」


 予想通り。龍輝の目が真ん丸になった。


「え! 早すぎませんか?」


 真ん丸の目のまま返す龍輝。


「いや、その辺はちゃんと考えておかないといけないと思うぞ。恋愛において、実は一番繊細で難しいところだからな」

「……そう、ですよね」


 突きつけられた現実に、龍輝はぼうっとした顔をしている。


 そうだ……恋を極めるためには、避けては通れない道。

 そして、俺にとっては未知なる領域だ!


「長く付き合っていくには、そう言うところの相性も重要だったりするからな」

「なるほど……流石、五十嵐さん」

「と言っても、強引にいくとドン引かれるし、期待しているのにキスもしないと冷められてしまう。タイミングを計るだけでも難しい」


「確かに。難しいですね。実は昨日も俺ちょっとわからなくて」

「何を?」

「夜道は危ないから送って行った方が良いかなって思ったんですけど、それって家を教えろって意味にもなってしまうと思って言えなかったんですよね」

「おお、ちゃんと考えているじゃん」

「まあ、一応」

「単刀直入に言えばいいんじゃね。『送っていこうか?』って。下心があるかどうかは女性が敏感に判断するだろうよ。『また今度』って言われたら引き下がればいいし、『お願いします』って言われたら、送っていってそのまま送りオオカミになる手もある」

「だから、送りオオカミはまだ早いですって」


 そう言いつつも、龍輝の心臓がドクンと鳴った。


 あれ? なんだろう? 

 俺の心臓、またうるさいな。


 デートの先……今まで進もうと思ってもみなかった先へ。

 一華とだったら、踏み出してみたいと思っている自分に驚く。


 そっか……恋すると、やっぱり気持ちも変わるんだな。

 

 もっともっとは、心だけじゃなくて、体で感じるようになるんだ―――


「いや、だからな、せめて知識くらいは。後、頭の中で練習くらいはゴニョゴニョ……」


 尻すぼみに呟いた五十嵐へ顔を向けると、真剣な顔で懇願した。


「そうですよね。五十嵐さん教えてください!」

「へ?」

「その先について。色々教えてください!」


 龍輝が急にやる気になったことに驚きつつも、ニヤリとした五十嵐。周りを見回して人が居ないことを再確認すると、龍輝の隣へと移動してきた。


「おう。じゃ、耳かせ」

「はい!」


 こうして、男二人のセンシティブ講座は、仕事後回しで夜も遅くまで続いたのだった。



『イケメンの変わらぬ日常(龍輝side)』 了

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