第27話 人たらし

 次に連れて行きたいところを思い描いているらしい龍輝の顔に気づいて、一華は素直に同意する。


「良かった。じゃあ、俺がいつも残業している時に食べに行っているところでもいいですか?」


 そう言って案内されたのは小さな町中華のお店。

 暖簾をくぐってカラカラと引き戸を開けると、こぢんまりとした店内に五香粉ウーシャンフェンの香りが漂っていた。

 

 うーん。ちょっとベタベタしてる? 全身油っぽくなりそう……

 

 一華は一瞬入るのを躊躇ったが、親し気に店内へ声をかけた龍輝を見て、『今更逃げられないわ』と覚悟を決めた。

 

 真っ直ぐにカウンター席へ向かう龍輝の後に続く。

 ふくよかで陽気なおばちゃんが「いらっしゃいませ~」と声をあげ、斜め奥の厨房では厳ついおじさんが威勢良くフライパンを揺り動かしていた。


「ここのチャーハン定食が絶品なんですよ」

「じゃあ、お勧めで」

 勢いよく差し出された水のカップを受け取ると、おばちゃんがニマニマしながら龍輝に声をかけた。


「おやまあ、びっくり。誰かと思えば博士はかせ君じゃないのさ。すっごい小奇麗になっちゃって。誰だかわかんなかったわよ。本当はこんなイケメンだったんだ」

 照れくさそうに頭を掻いた龍輝に、畳みかけるように言う。


「しかもこんな別嬪さん連れてさ。あんたにも遂に春が来たんだね」

「おばちゃん、ありがとう」

 龍輝が屈託のない笑顔を見せると、おばちゃんが一華にウィンクしてきた。


「奥手で仕事の虫でさぁ。心配していたんだよ。良かった、良かった」

「えっ、おばちゃん、そんなこと心配してくれてたんだ」

「だって、いっつもうちで夕飯食べていて、誰かいい人いないのかと心配だったのよ。まあ、売り上げ貢献は有難いけどね」


 そう言って、わははと豪快に笑った。


「いや~、それにしても綺麗な彼女だね~」

「初めまして」

 一華が美しく微笑むと、おばちゃんがほーっと目を丸くした。


「美人な上に気立てが良さそうで。本当に良かったよ」

 我が事のように喜んでいる。

「博士君のこと、よろしくね」

 

 一華は驚きつつも納得していた。龍輝の『人たらし』の才能は、こんなところにも発揮されているのだと。


 アッと言う間に出来上がったチャーハン定食は、チャーハンにミニ回鍋肉、春雨サラダにわかめスープ付のボリュームたっぷりメニュー。

 思っていたよりも油っぽくなく、あっさりなのに素材の味が生きていて本当に美味しかった。

 一華は龍輝の味覚に驚く。


 確かに美味しいわ! 

 それに気づく彼は思った以上に繊細な味覚の持ち主なのね。


 手料理をご馳走する日は頑張ろうと、密かに気合を入れ直した。


 食べ終わった二人に、「これはおまけ」と言っておばちゃんがくれたのは、シロップ漬けの桃をのせた豆腐花トウファ


「うわぁ、これ、豆腐花トウファですよね。嬉しい。ありがとうございます」

 目を輝かせた一華を見ながら、龍輝もおばちゃんに礼を言う。

「おばちゃん、ありがとう。それにしても、こんなデザートもあるなんて知らなかったよ」

「当たり前だよ。これは美人限定品だからね」

 そう言ってまた、わははと豪快に笑った。


 口の中で蕩ける豆腐花トウファは、つるりとしていて甘くて美味しかった。


 

 食べ終わった後は、並んで海沿いの遊歩道を歩く。

「大満足」

 ご機嫌の龍輝は、一華の分と合わせて持つ大きな紙袋をリズミカルにゆすっている。途中でハッと気づいて、慌てて静かに袋を抱え直した。


「とっても美味しかったです」

「良かった」

 そう言って笑う龍輝の顔がよく見えるのは、外灯のせいだけでは無い。思った以上に光に囲まれた場所だった。


「ここ、夜景が綺麗ですね」

「そうでしょう。対岸の建物の光がたくさん見えて、実は隠れた夜景ポイントだと思います。海の風も涼しいですしね」


 龍輝は海に顔を向けて歩みを止めた。


「ここも一華さんに見せたかったんです。仕事で行き詰まると、いつもここに来てぼーっとするんです。でも、一人占めするのは申し訳ないなって思いながら見ていました」

「今日は二人ですね」

「申し訳ないなんて思わなくて良くなりました。二人ってやっぱり楽しいですね」


 いたずらっぽく笑う龍輝。

 

 美しい光の造形。反射で煌めく水面。涼しい海風。二人っきり。

 恋人たちに相応しいロマンティックな状況。


 でも、彼の頭の中に『キス』の二文字は無いだろうなぁと考えて、一華はそんな自分に驚く。


 私ったら。もう龍輝さんとキスしたいなんて。


 結局、期待したようなことは起こらずに、今夜も電車でさようならとなる。

『送っていきましょうか?』の一言を、言おうか言わまいかで迷って口をパクパクさせている龍輝の顔が面白くて、一華はわざと気づかないフリをしていた。


 次回は、バシッと言ってね……そう心の中で思いながら、にこやかに別れの言葉を口にする。


「龍輝さん、明日からお仕事ですから、ゆっくりお休みになってくださいね。今日はありがとうございました」

「一華さんも。今日はありがとう。すごく楽しかったです」

「私も」


 一駅先に降りた一華の目の前で、電車のドアが閉まった。


 バイバイと手を振ると、龍輝もはにかんだような笑みを浮かべながら、バイバイと手を振った。

 

 二回目のデート、無事終了。



 『寄り添うための一歩 (一華side)』 了


  次は翌日の二人の話です(笑)

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