第25話 ラッキー!
「実は俺、今まで誰かとお付き合いしたこと無いんです。友人は男女問わずいるんですけれど、特別な関係になったことなくて。だから、カッコイイ口説き文句も、男女の機微もわからない。それに、嘘つけないし」
「うふふ。嘘つけないんですか?」
「つけないですね。だから言っちゃいます。三十二歳にもなって誰とも付き合ったこと無いって言ったら引かれるから、絶対言うなって五十嵐さんに厳命されていたんですけど」
「五十嵐さん?」
「ああ、俺の先輩です。仕事もプライベートもお世話になっています。今度紹介したいです」
ああ、だから。と一華は納得する。
あきらかにデート慣れしていない彼の後ろに見え隠れするブレインの陰は、とっくに気づいていた。それが、この五十嵐さんなのか。
「そうだったんですか。でも、良い先輩に恵まれて良かったですね」
「ええ。マッチングアプリのことも、五十嵐さんが教えてくれました。その時色々教えてくれて。『三十二年彼女無し』って肩書は、相手の女性に不安やプレッシャーを与えるからわざわざ言わない方がいいって。でも俺、隠し事したくないんです。事実だし」
屈託のない笑顔でにっこり。
なんて誠実なの……いや、馬鹿正直と言うべきか。
ブレイン五十嵐が危惧していたのは、彼のこんなところなのだろうなと思う。
私だから良かったものの……
そしてついつい冷静に分析してしまう。
素敵な恋を男性に主導してもらいたい夢見る女子だったら、こんな明け透けな情報はいらないわね。
刺激的な恋を求めている女性だったら、邪鬼の無さは興ざめを生むし。
安定堅実な恋に安らぎを感じる女性なら……ぎりぎりいけるけど、とってもゆっくりな恋になりそう。
なにより婚活、恋愛アプリにおいて、『三十二年彼女無し』の情報は微妙だ。
だって……つい色々と勘繰ってしまうものでしょう。
実は性格に難ありなのかなとか、女性の気持ちに鈍感なのかなとか、性的不能なのかなとか……
良く知らない相手を推し量るためには、情報と常識を組み合わせて推理するしかないのだから。
そう思ったところで、一華は重大なことに気づいた。
なぜ、ブレイン五十嵐が『三十二年彼女無し』の事実をばらすなと釘を刺していたのか。
その真の意味を。
つまり、彼は……童て……
無邪気に笑っている龍輝を見て思う。
あ~あ。この恋は前途多難ね。
と思うと同時に、ふつふつとやる気が湧いてきた。
うふふ。最高の一夜をプロデュースできるなんて。
ラッキー!
そんなことを考えてワクワクしていたら、絡めた龍輝の腕に微細な力みを感じて驚いた。
何を告げられるのか、少しだけ身構える。
「それと、ちょっと心配だったんです。昔から何かに興味を持つと直ぐに夢中になってしまって、周りの人を置いてきぼりにしちゃうから。一華さんにもそんな思いをさせてしまうかもしれないって。だから俺は恋愛に向いていないって、無意識に思っていたのかも」
そっか……本当はわかっていたんだね。余所見しちゃう自分のこと。
恋愛においての
そして、漠然とした不安を抱えていたのね。
「でも……」
「でも?」
「今俺、一華さんのことを知りたいんです。知りたくて知りたくて仕方ない。正直、誰かにこんな気持ちになれるなんて思ってもみませんでした」
え! ちょっと待って!
今、物凄く嬉しいこと言ってくれたわ。
興味を持ったら夢中になってしまう
最上で、最高の告白の言葉!
「でも……」
「でも?」
「そんなこと言ったら『私とクラゲを一緒に語るなんて』って怒られちゃうかもしれないって思って、今スッゴク怖かった」
ああ! なんて可愛い
純粋過ぎて、オタク気質で馬鹿正直な人。
もう……自分が『無自覚たらし』って事に気づいていないなんて。罪な人……
あまりにも無防備な龍輝の言葉が、一華の琴線を揺らし続ける。
息絶え絶えになりかけて、ふと思った。
これだけのスペックを持っていながら、今まで彼女がいなかった本当の理由。
身だしなみを整えればイケメン。話せば天然で愛らしいけれど、今までの彼は本当に『恋』に興味が向いていなかったのだと思った。
だから、いつの間にか彼方へと遊びに行ってしまって、一人ぽつんと取り残されてしまう女性を大量に生み出してきたに違いない。
名付けて『がっかり女性製造機』
龍輝さんと出会えたのが、今で良かった―――
心からそう思った。
きっと、恋に目覚めた彼の愛は、一途で深いに違いないわ。
だから、私は期待してしまうの。
―――『君といると息が詰まる』
―――『完璧な君には俺なんか必要ないだろう』
なんでも器用にこなしてしまう一華は……そう言って去られてばかりだったから。
でも、彼なら……
龍輝さんなら笑いながら言ってくれる気がするの。
一華さんは俺と同じ。ただ、全力で楽しんでいるだけですよねって―――
「クラゲと一緒なんて光栄です。嬉しい」
そう言いながら、寄り添う腕に心を籠めれば、柔らかな温もりが肌から肌へと伝わっていく。
龍輝の体から力みが消えたように感じた。
「やっぱり。一華さんならそう言ってくれると思っていました」
重なる視線。
ああ、この笑顔。私の宝物!
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