寄り添うための一歩 (一華side)
第24話 calm down
一華の腕をぎゅっと挟み込むと、「ちょっと移動してもいいですか?」と龍輝が尋ねてきた。
「はい」
そう言って頷けば、子どものように嬉しそうな顔になる。
つられて一華も満面の笑みになる。
一体どこへ連れて行ってくれるのかしら?
もしかして、海! まさか、今からダイビングはあり得ないわよね。
でも、都内のプール講習だったらあり得るか……
龍輝が連れて行きたいところと言ったら、海しか想像できないのは、まだ知り合ったばかりで互いのことを知らないからだと思った。
海以外のキーワードを探さないといけないわね。
『どこへ?』の言葉は飲み込んだ。龍輝のいたずらっ子のような瞳を見たら、『お楽しみってことなのね』と理解する。
二人して大きな紙袋を抱えながら電車を乗り継ぐ。颯爽と乗り込んで寄り添い合って立てば、周囲が一瞬こちらを振り向くのを感じた。
うふふ。素敵でしょう。私の横の男性!
一華はいつも以上に姿勢を正して、横の龍輝と周りの視線をキャッチする。
背の高い龍輝は、他の乗客より頭一つ抜き出ていた。ヒールの高い靴を履いても見上げる位置を確保することができて、ゾクゾクする。
そう、これこれ。この角度。
綺麗な顎のラインがセクシーだわ。シャツジャケットの紺襟とのコントラストでシャープさが増している。それなのに、その上に広がる笑い皺はキュート。
相反する魅力が混在しているのだ。
でもそれが、龍輝そのもののような気がして、一華は一人感慨深く思う。
老成した落ち着きと少年のような無垢な好奇心。
龍輝が醸し出す雰囲気は両極を示しながらも調和がとれている。
不思議な魅力に溢れていて、とても刺激的だった。
もっと知りたい!
そうしたら、彼の魅力をもっと引き出してあげられるわ。
うずうずとそんなことを考えていたら、目的地に着いたようだ。
臨海地域に作られたテクノエリア。産官学推進のために様々な知恵を集結した研究所がいくつも建っている。
目の前に聳え立つ建物の一角に作られたミニ水族館の前に来ていた。
やっぱり海!
クラゲ馬鹿に海オタク。
今までの私だったら、避けていたようなオタクぶり。
そう思ったけれど、不思議と呆れるような気持ちにはならなかった。
寧ろ、愛おしい気持ちが沸き上がる。
彼らしい……
やっぱり一華は龍輝には甘々だった。
「ここに俺の勤めている会社が入っているんです」
その言葉に、一華はハッとして龍輝の顔を見上げる。横顔がとても真剣だった。
そういうことだったのね!
ここに連れて来てくれたのは、海オタぶりを発揮しようとしたわけじゃ無くて、自分が勤めている会社を教えるため。
龍輝の誠実さに、胸の奥が熱くなる。
そして、一方的な見方をしていた自分を恥じた。
一華が考えているよりもずっと深く、龍輝は一華との今後を考えてくれていたのだと気づいた。
「龍輝さん、毎日ここでお仕事されているんですね」
並んで見上げれば、知らない建物にも親近感が湧くから不思議だ。
「一華さんとはまだ会ったばかりだから、お互いに知らないことばかりですよね。だから、少しずつ知り合っていかれたらいいなって思うんです。俺のこと知って欲しいし、俺も一華さんのこと、知りたい。だからこれからたくさん教えてください」
優しい眼差しに包まれて、体の芯が震えた。
なんて、ストレートなの!
こんな風に自分の気持ちを語ってくれた男性、今までいなかったわ。
こんな言葉で『好き』を伝えてくれた男性もいなかった。
嬉し過ぎる……
「あれ? 一華さん、大丈夫ですか? 深呼吸、深呼吸!」
慌てたような龍輝が、一華の背を優しくなでながら、自身も横で大きく息をする。自分でも知らないうちに興奮が漏れ出ていたことに、一華は軽いショックを受けていた。
いつも冷静沈着な私が、なんてこと!
「大丈夫です。ごめんなさい。驚かせてしまいました」
「いえ、すみません。急にあなたのこと知りたいなんて言われたら驚きますよね。気持ち悪かったですか? それとも気障だったかな?」
反省会を繰り広げる龍輝に、落ち着きを取り戻した一華は笑いかけた。
「いいえ、その反対です。あまりにも率直な言葉に、私、感動しちゃったんです」
「え? 感動! いや、それは嬉しいな」
照れたように頭を掻いた。
ああ、その顔。またまたツボ!
必死で自分に『
「私のこと、知りたいって思っていただけてとっても嬉しいです。それから、私も龍輝さんのこと、もっと知りたいです」
「ああ、良かった~」
心の底から安心したようにほうっと息を吐いた龍輝。キュートな笑い皺を復活させて言葉を継いだ。
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